マスクでも消毒液でも、トイレットペーパーでもなく
空っぽの地下鉄。犯罪現場のように黄色いテープが貼られた公園。椅子やテーブルを隅に追いやり、テイクアウトのみでひっそり経営するレストラン。。。新型コロナウィルスの感染が拡大する米国では、多くの施設や店舗が閉鎖を余儀なくされた。そんな中、アメリカで売り上げが急上昇しているビジネスがあるという。マスク? 消毒液? トイレットペーパー? なんと...銃だ。
さっそく私は、手袋、マスク、消毒スプレーをカメラバッグに詰め込み、バージニア州ロアノークにある銃のお店へ猛ダッシュした。
売り上げ倍増の銃ショップ
ワシントンから南東に車を走らせること3時間半。家族経営の銃専門店「セーフ・サイド」(「安全な側」の意味)に到着する。
コロナ対策として、一度に店内に入れる人数を10名に限定しているとはいえ、入り口には入店を待つ列ができていた。私もマスクと手袋を着用。ソーシャル・ディスタンスを守るよう神経を使いながら、望遠レンズを抱え店内に足を踏み入れる。約560平方メートルもある広いスペースに所狭しと並べられた銃器が目に飛び込んでくる。上下左右、どこを見ても銃。。。
新型コロナウィルスの感染拡大とともに店には注文が殺到し、3月の売り上げは「通常の倍以上だよ」と、オーナーのミッチェル・タイラーさんが語る。兄弟でこのビジネスに着手したのは2013年。前年の12月に起きたサンディ・フック小学校での銃撃事件直後だった。コネチカット州で起こったこの悲劇は、死者26人のうち20人が小さな子供たちだったということもあり、世界を震撼させた。ホワイトハウスでこの事件について演説するオバマ大統領が見せた涙を今も忘れない。
にもかかわらず、銃の業界は当時、売り上げが上昇。タイラーさんは「ビジネスとしては良いスタートだった」と振り返る。大きな銃撃事件が起きると、銃規制が厳しくなるのを懸念し、「今のうちに」と多くの人が銃を購入するためだ。ただ、新型コロナを受け、今の売り上げ高はサンディ・フック時を超えている。さらに今週は、経済対策として政府から支給された小切手(1人当たり最大1200ドル=約13万円)を受け取った人が店に足を運んだ。初めて銃を購入しに来る客も増えたという。
パンデミックで、なぜ銃が売れる?
私の周辺にも、最近銃を購入した人が複数いる。そのうちの一人、ソフトウェア会社の最高責任者を務める52歳の男性は、今回初めてショットガンをオーダーした。理由は強盗が住居侵入した際の「自衛」。新型コロナウィルスをめぐるトランプ政権の不適切な対策を見て、購入に踏み切ったという。それは「政治家が、国民を極端な経済的苦境や市民暴動に導きかねない状況を作っているからだ」。「でもね」と男性は付け加えた。「この銃を一度も使わないことを願っている。(もし強盗が来た時は)威嚇さえ出来ればいい」
銃器に関する分析を行うコンサルティング会社Small Arms Analytics & Forecastingによると、今年3月に全米で売られた銃の数は258万丁。昨年3月と比べて85.3%もの増加だ。米国で銃を購入する際に必要な、FBIの身元チェックの件数も370万を超え、過去20年の最高記録を更新した。
また、新型コロナウィルスの感染が中国から広まったことで、米国に住むアジア系に対する差別や暴力が増加。自己防衛のために銃を購入するアジア系米国人も増えているという。新型コロナを「チャイニーズ・ウィルス」と連呼したトランプ大統領の影響も大きいと言われている。「コロナをこの国に持ってきたのはお前たちだ!」などという誹謗中傷が増え、テキサスでは、食料品店で買い物をしていたアジア系の親子3人が刃物で刺されるという事件も発生。FBIは、コロナウィルスによるアジア系米国人へのヘイトクライム(憎悪犯罪)の増加を警告し注意を呼びかけている。タイラーさんも中国系の客の対応に追われる経験をした。英語が話せず通訳を連れて来店した客は、「今まで銃を持ったことはないが、攻撃された時に自分を守りたい」と伝えたという。
銃ビジネスは絶対不可欠?
多くのビジネスはシャッターを下ろしたままなのに、なぜ銃のお店が開いているのか?トランプ政権が3月末に発表した「不可欠」なビジネスのリストに、医療機関、警察、食料品店、薬局などと並んで「銃器、銃弾」と記載されたためだ。これはNRA(全米ライフル協会)のロビー活動の成果だと言われている。米国憲法の修正第2条に「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない」とある。これこそが米国の「銃を持つ権利」だ。
タイラーさんも「修正第2条」を口にした。「これがある限り、私たちが銃を保持する権利は守られている」。よって、コロナ対策で店の閉鎖を余儀なくされるという懸念はなかったという。
アメリカの銃文化
「今回はクリスマスとは比較にならないほど忙しいんだ」。銃の販売だけでなく組み立ても行うタイラーさんが、店の裏にある作業場に私を案内しながら何気なく言った。米国では、クリスマスが近づくと、両親が子供に、旦那さんが奥さんに、というように、愛する人へ銃をプレゼントすることが多いという。そういえば私の友人の50代のアメリカ人も「子供のころ両親から銃をプレゼントされた」と言っていたのをふと思い出した。その友人は、「家の芝生を刈ったら、お駄賃で銃をもらったことも。僕の幼少期はそんな時代だったんだよ」と。でも今も「そんな時代」は続いている。
2018年のSmall Arms調査によると、米国で所有されている銃の数は3億9300万丁。米国の人口は約3億2800万人だから、人より銃の方が多い。
銃の入手は非常に簡単だという。バージニア州在住であれば、免許証をお店に持参して、①欲しい銃を選ぶ。②身元チェックの用紙に記入する。③従業員が情報をオンラインシステムに入力して申請する。しめて20分間ほど。「通常なら、そのままお持ち帰りできます」とお店のスタッフはいう。
2007年に起きた銃乱射事件でも知られるバージニア工科大はタイラーさんのお店から車で40分。学生ビザでも銃の購入は可能なため、よく中国人学生も訪れるという。
それだけ簡単に銃を入手でき、社会に銃が氾濫すれば、銃によって失われる命が多いのは当然だろう。非営利団体Gun Violence Archiveによると、2019年に起きた銃乱射事件は417件で過去最高。米国では、自殺も含めて、年間約4万人が銃によって命を落としている。
今回初めて銃を購入したという友人は、最後にこう付け加えた。
「銃を持つというのは複雑なことだ。いざという時に自分たちを守ってくれるという安心感と同時に、人の命を奪う武器が家の中にあるという不安もついてくる。銃を買うまでは、この家で誰かが誰かの体に銃弾を撃ち込むという可能性はゼロに近かったわけだから」