子どもは病気をするものだ。普段からどんなに予防や健康に気をつけていても、やっぱりなる。「そういうもんだ」と割り切るしかない。だが、それが海外滞在中に起きてしまったら。入院となってしまったら。今回は、セブの親子留学中に子どもが入院することになった家族の話だ。
福岡県北九州市の市役所職員の横川大信さん(46)と、市立学校の教職員みかさん(34)夫妻がセブでの親子留学に挑んだのは、2019年1月。職場で外国人とコミュニケーションを取る機会もあるみかさんと、「いずれ職場でも英語が大事になってくるだろう」と考えた大信さん。夫婦の育休がそろった期間に英語をブラッシュアップしたいと、長女ことはちゃん(当時1歳3カ月)とともに、筆者と同じセブ島で唯一の親子留学専門学校「kredo kids(クレドキッズ)」で4週間を過ごすつもりだった。
普段から元気いっぱいで、病気らしい病気をしたことがなかったことはちゃん。風邪をひいたことはあっても、高熱を出したこともなかった我が子に異変が起きたのは、セブにきて1週間が過ぎたころだった。
日曜日の夜10時ごろ、突然泣きだしたことはちゃんの額にみかさんが手を当てるとすでに熱い。日本から持ってきていた体温計で測ると39度と表示された。「熱さまシート」を背中に貼って様子を見るものの、熱はひかないどころか、翌朝には40度になってしまった。子ども用の風邪薬は持ってきていなかったので、すぐに病院に行くことにした。
事前に学校からもらっていたパンフレットで、セブ島の大手総合病院セブドクターズホスピタルに設置されている「ジャパニーズヘルプデスク(以下JHD)」サービス(詳しくは第17回参照)のLINEを登録していたみかさんは、JHDの日本人スタッフとすぐにLINEでやりとり。翌月曜の朝一番に診察の予約を入れた。
ことはちゃんは、熱に加えて、咳や鼻水も出ていた。医師からは、気管支炎の症状があると説明を受けた。排気ガスやセブ特有の砂埃、環境の変化によるものだという。「このまま帰宅しても良いけど、小さいから入院しますか?」と聞かれた夫妻は、「医療知識も薬も十分に持っていない私たちがみるよりも、病院のほうが安心だと思って」まよわず入院を選んだ。
37.8度くらいの状態が3日続き、点滴を繰り返して4日目にようやく熱がひいた。
入院用の個室は広く、ソファもあったため、夜は大信さんも一緒に3人で過ごした。
結局、ことはちゃんが退院出来たのは5日後だった。
この間、みかさん夫妻が苦労したのは、英語でのやりとりだった。日本語対応が可能なJHDスタッフは1日1回きてくれるが、医師や看護師とのやりとりはすべて英語だ。
「最初は検尿や体温計と言った言葉も分からず、電子辞書に単語をうってもらってようやくやりとりしている状態でした」
おかげで“Urine”(尿)という単語を一発で覚えました、とみかさんは苦笑する。
ただ、一番驚いたのは、点滴や注射をするたびに、病院側が「包帯持っていますか?」と聞いてきたことだ。「タオルならありますけど」と答えたところ、それを包帯代わりにぐるぐるとことはちゃんの手首に巻いて点滴した。注射の時に使うガーゼや、体温計も同じ。新品を渡され、使い終わって返そうとしたら「あなたのですからお持ち帰り下さい」。それらはすべて持参が基本で、持っていなかったら購入しないといけないものだったのだ。
5日間の入院でかかった費用は日本円で約10万円。
「日本では用意してもらって当たり前のものが、ここでは買わないとなりません。結局、保険内に入るので私たちは払わなかったのですが、驚きでした」
ことはちゃんが入院中は、みかさんはつきっきりで看病し、大信さんは着替えを持ち帰ったり洗濯したり。当然2人は学校に行けずじまい。しかも退院後、疲れが出たのか、今度はみかさんが体調を崩してしまった。じんましんが治まらず、午前中に授業を受けて、午後病院へ、の繰り返し。原因ははっきりしていないが、やはり排気ガスではないかと言われたという。
「北九州にも黄砂が来るので、その時期にはマスクをしていますが、セブではいらないと思って気を抜いていたせいかもしれません」と話す。
病院でもらった薬も効かず、横川夫妻は悩んだ末、予定を早めて帰国した。
4週間の滞在中、夫妻が学校へ行けたのは数えるほど。入院や通院で多くの時間をとられ、あげく早めに帰国をしたのだから、さぞかしセブ島への子連れ留学を後悔していることだろう。
ところが、みかさんは言う。
「全く後悔していません。楽しむ余裕はこれっぽっちもありませんでしたが、あれから1年たって、やっぱり行って良かったと思っています」
セブで撮った写真を見返すと、今もことはちゃんはキャッキャと笑い、シッターさんとの写真に「あいたーい」と話す。そんな娘を見ながら、みかさんは振り返る。「子どもがいても気を遣わずに過ごせたのは大きかった。私はセブで一度も『すみません』と言いませんでした」
日本では、買い物中や外食中、我が子が大声を出したり走ったりするたび必ず言っていた「すみません」。飛行機の国内線ではことはちゃんが声を出すたびシートの座席を後ろから蹴られた。「静かにする=行儀がいい」という価値観を子どもに求める空気が苦しかった。でもセブでは、子どもが泣いた時でさえ、周りの人は気にしないどころか「Hello! Baby~~」「可愛いね、何歳?」などと笑顔を向けてくれたのが今も心に残っているという。
「それに、子どもを生んでから、また勉強できる日が来るなんて20年くらいないと思っていました。わずかでしたが、昼間に学校に行き、授業が終わったあと1時間だけカフェに寄ってコーヒーを飲みながら復習して。自分の時間を取り戻せました」
英語が苦手な自分に対しても「OK, OK!」と笑顔でゆっくり聞いてくれた看護師やスーパーの店員たち。「機会があれば、また行きたいって、夫婦で話しています」と笑った。
東京都内の精密機器メーカーに勤めるアキコさん(仮名、36)は2018年12月から4週間、長女リコちゃん(同、当時3歳)と長男トモ君(同、当時1歳3カ月)を連れて、横川一家や筆者と同じ「kredo kids」に留学した。もともと、同年9月に職場復帰する予定だったが、長男の保育園に落選。育休が半年延びたため、親子留学に挑んだ。アキコさんは産休前までずっと総務部門で、「英語が出来たら、総務以外での仕事にもチャレンジできるかも」と思ったのが、留学を思い立ったきっかけだった。
セブに到着して1週間がたった12月30日の明け方。リコちゃんが39度の熱を出した。トモ君も水下痢の症状をみせ、ジャバジャバとしたウンチをしていた。
学校もセブドクの小児科も休みに入っていた。日本から持ってきていた薬は効かなかった。
大晦日。日本の保険会社に国際電話をかけた。保険会社から連絡を受け、セブドクのJHD担当者から折り返しがあった。
「緊急外来で5時間待ちます」と言われ、ちゅうちょした。「シッターさんも学校もお休みに入ってしまい、私1人で2人を連れて5時間は難しいと思った」
1月3日、アキコさんはシッターの助けを借りて2人を病院に連れて行った。リコちゃんの熱は37度まで下がったが、今度はトモ君も発熱してしまった。
血液検査の結果、リコちゃんの入院をすすめられた。「ウイルス性の風邪だけど、デング熱の症状にも似ているから検査が必要。弟さんも体調が悪いので、そろって入院しますか?」と病院側は言ったという。
ここでアキコさんの頭によぎったのは、「セブの病院はとにかく入院させられるから気をつけて」という日本人ママのアドバイスだ。治療費も入院費も保険会社が支払うため、日本人に対しては症状が軽くても入院を熱心にすすめるという話は、確かに筆者が滞在中もよく聞いた。
少し悩んだが、アキコさんは姉弟そろって入院させることを選んだ。個室にベッドが二つ運び込まれ、それから子どもと3人で4日間、病院で過ごした。困ったのは入院食だった。「これが病院食か、というくらい揚げ物やヘビーな食べ物が多かったですね。子ども用の食事もありませんでした」
ただ、アキコさんはそれ以上に、自責の念に駆られたという。「英語留学という自分のやりたいことのために子連れで来たけど、つらそうにしている子どもを見ていると申し訳なくて。子どもが小さい育休中にしか出来ないけど、もう少し大きくなってから連れてくれば良かったのかな、と胸が痛みました」
「でも、あんなに大変だったのに、不思議と私も娘ももう一度行きたいね、とよく話しているんです」とも話す。
親子留学は基本、「親がやりたいことに子どもを付き合わせている」。子どもが小さければなおさらで、育休中のママは多くが、記憶も残らない赤ちゃんを連れてきている。幼い我が子が現地で病気になった時、心を痛めてしまうのは当然だろう。だが、それでも私が取材したママはみな、「やっぱり行って良かった」と振り返った。そこには、「大変だった」こと以上に心に残る何かがあったに違いない。
***次回は、ママメートを誘って週末に楽しんだ「アイランドホッピング」(島巡り)についてです。