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転職してすぐ産休「わたし迷惑かな」コンプレックス抱えたクラスメートたち

育休ママの挑戦~赤ちゃん連れ留学体験記~
セブ島で唯一の親子留学専門学校「kredo kids(クレドキッズ)」。入り口から入るとすぐに、大人も子どももくつろげるフリースペースがある。休み時間になると、ここでフィリピン人スタッフと話したり、ママ友同士でおしゃべりしたり=kredo kids提供

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■15で自立、41で出産…「この一粒種に英才教育したろって」

お昼休み、「在校生」とのランチ会があった。1コマ50分のマンツーマンコースは、1時間ごとに10分の休憩時間しかなく、その間に生徒同士がじっくり話をすることは難しい。授業のコマ数も生徒によって違うため、下校時刻もまちまち。なので、新しい生徒が入ると、昼休みの時間を使って在校生が歓迎会を開いてくれるのだ。と言っても、みんなランチボックスをテイクアウトして学校の空いている部屋に集まって食べる、というものだが。

私が通うKredo kids(クレドキッズ)は親子留学専門学校なので、生徒は全員ママだ。短い人で2週間、長いと6カ月というツワモノも。私のように子どもと一緒に通学している人もいれば、親だけが学んで子はシッターとコンドミニアムでお留守番(その間にシッターさんは掃除や洗濯、料理をする)、というコースを選択した人もいたが、みんないろいろな思いでセブでの親子留学に臨んでいた。

カオリさん(42)の自己紹介はインパクト大だった。

「私、親と仲悪くて15で家を出たんです。そこからガソリンスタンドとかカラオケボックスでバイトして、スナックとかでも働いて。接客は天職だと思ってたんだけど、このままタダで酒飲む仕事していたら早死にするなって」

手に職つけようと一念発起して勉強し、大検に受かった。介護職についたことがきっかけで看護師を目指すように。35歳で看護専門学校を卒業。埼玉県の病院で働いた。

卵巣の病や離婚も経験した。39歳で再婚。不妊治療を経て41歳で出産したという。

「私、中学もまともに通っていなかったから、英語は謙遜とかじゃなくて本当にしゃべれないんです。英語なんて必要もないと思って生きてきた。でも、これからの世代は多様性じゃない?日本で暮らす外国人も多いし、英語やっぱり必要だなあって。自分の子どもが外国行きたいって言いだすこともあるだろうし。年も年だから一粒種だと思うと、この子に全部つぎ込んだろ、って」

長男ソウちゃん(8カ月)の「超英才教育」と、「私も日常会話くらいできたらなあって思って」留学を決めたという。

Kredo kidsの「赤ちゃんクラス」でレッスンを受けるシンシン(中央)。専属のAnn先生が英語の歌や踊りを教えてくれたり、絵本を読んだりしてくれる。カオリさんの長男ソウちゃん(8カ月)も一緒だ=セブ市、今村優莉撮影

■転職してすぐに妊娠発覚 罪悪感があった

私と同じ日にセブ入りした、エミさん(31)は、東京都内のIT企業のデザイナーだった。彼女はランチ会では自分のことを詳しく話さなかったが、「同期」ということもあり、話す機会は一番多かった。彼女は、セブに来た理由を

「今の会社に転職してすぐに妊娠が発覚して。わずか数カ月で産休に入ってしまった『罪悪感』があったんですよね」

と話してくれた。日本では、雇用された期間が1年未満だと、育児休業を取得することが出来ないと定めている企業が多いためで、エミさんの転職先の会社もそうだったという。

もともと、出産して3カ月で復帰する覚悟だった。誰かに何かを言われたわけではない。ただ「普通に迷惑だと思っていたから…」。

だが、母の一言がきっかけだった。
「仕事はいつでも出来るけど、この子の0歳は二度と来ないんだよ」

0歳の間だけ、お母さんでいる時間を優先したい。そう思うようになった。幸い、会社は理解を示してくれ、エミさんのために入社1年経っていなくても育休をとれる制度を新たに導入してくれたという。そんな経緯もあり、産後半年たって少し気持ちに余裕が出たころ、会社に還元するつもりで仕事の役に立つことを学びたいと思ったのだ。

「それが親子留学でした。子連れでも留学出来ると知って、申し込んで2カ月で来ました」

ママメートとのランチ会。右から3人目が筆者。みんな、滞在する期間も子どもの年齢もばらばらだが、セブで英語を学びたい!という志は同じだった=セブ市、kredokidsスタッフ撮影

親子留学に来ていたのは、育休中の人だけではなかった。

アキエさん(39)は大手人材派遣会社で新規事業担当をしていた。育休中もキャリアを積みたいと考えるワーキングマザーと、経験豊富な人材を必要とする法人をマッチングするサービスを立ち上げるなど、育休ママのボランティア活動を支援していた。2015年に出産し、1年後に復帰。フルタイムワーカーだった。

アキエさんの場合は、「英語アレルギーを直したい」という思いがあったという。「大学を出てからずっと使ってなかったから、英語を話すときに心理的な抵抗があったんです。それを直したいと思ってたんです」

もう一つ理由があった。2歳9カ月になった長女のことだ。

「最近言葉をたくさん話すようになって。自宅近くの公園には外国人の子どももいて、長女が話しかけたそうな雰囲気があったんです」。国際的な生活や交流を味わわせてあげたい。それが決め手だったという。

「二人目が出来たら育休を長めにとってゆっくり来ようと思ってたんだけど、もういつになるか分からないし、ガマンならないから短くてもいいやと思って」。有給と連休を組み合わせて2週間の休みを取って臨んだ親子留学だった。

英語圏の経験はないが中国の蘇州に1年語学留学していたという。「英語を話すとき、中国語から変換したほうが早いんだよね~」と笑う。私は、アキエさんのこんな話が印象的だった。

「今回本当に来て良かったな、と思ったのは、子どもとの時間の過ごし方を学んだことなんですよね。英語はすぐ忘れちゃうんだろうけど(笑)子どもと向き合う時間ってこうやって作るんだ、と思えたことはすごく大きいな、て」

アキエさんの言葉の意味を私がはっきりと知るのは、もう少し先のことだった。

***こんな楽しい「ママメート」たちに刺激をもらいながら、私は毎日楽しく学校に通いました。Broken Englishを直すため、私は気合をいれて9時から16時までレッスンをとりました。合間にルールーの授乳もしていたので、意外とハードでした。