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ソレイマニ司令官殺害と米イラン関係の行方

国際ニュースの補助線 更新日: 公開日:
米国に殺害されたムハンディス氏(左)とソレイマニ氏=ロイター

2020年が始まって3日しか経っていないが、いきなり今年最大級のニュースが飛び込んできた。トランプ大統領の命令の下、バグダッド空港近くにいたイランの革命防衛隊クッズ部隊(Quds Force:コッズ部隊、クドス部隊、ゴドス部隊などとも表記する)司令官のソレイマニと、イラクの親イランシーア派民兵組織であるカタイブ・ヒズボラの指導者であり、イラクのシーア派民兵の連合体である人民動員隊(PMU)の副司令官であるムハンディスが殺害された。バグダッド空港には米軍の施設もあり、カタイブ・ヒズボラがミサイル攻撃を仕掛けている中で、ドローンによる攻撃でソレイマニとムハンディスが殺された。イランウォッチャーはもちろんのこと、欧米の国際政治の専門家たちは一斉にこのニュースに反応し、今後の中東情勢の見通しが立たなくなり、イランとアメリカの対立が急速にエスカレートしていくことの不安に包まれた状態にある。

現時点では、イランは3日間の喪に服した後、ソレイマニ司令官の復讐を行うと宣言しており、それに対抗するため、アメリカも中東への増派を検討している状況である。今後の米イラン関係や中東情勢がどうなるのかを予測するのは極めて難しい状況にあるが、今後の動きを考える上で重要と思われるポイントをいくつか解説しつつ、ニュースを理解する補助線を引いてみたい。

ソレイマニとは何者か

この事件が大きなインパクトを持つのは、殺害されたソレイマニ司令官がイランにとって極めて重要な人物であり、彼を標的にしたことがイランの反発を引き起こすことが明らかだからである。ソレイマニは元々農家の子として生まれ、血気盛んな20代前半でイランイスラム革命に身を投じた。革命直後にアメリカの支援を受けたイラクがイラン・イラク戦争を開始したことで、イランは革命体制を防衛するための民兵組織を立ち上げ、ソレイマニはこの民兵組織(イスラム革命防衛隊:IRGC)の若き下士官として志願し、イラク軍に対して犠牲を恐れず立ち向かう勇猛な戦士として名を挙げた。こうした戦績が評価され、革命防衛隊の中でも頭角を現し、クッズ部隊を任されるようになった。

彼は信心深い人物で、前線に赴いては兵士たちにゆっくりした口調で語りかけ、士気を上げるスタイルで多くの兵士に慕われた。クッズ部隊はいわゆる遠征軍であり、革命防衛隊の陸海空軍が主として領域防衛を任務としているのに対し、クッズ部隊は国外でシーア派民兵組織を立ち上げ、彼らを鍛え上げ、資金や武器の支援を行い、いわゆる「代理戦争」を闘うネットワークを作っていくだけでなく、シリア内戦やイラクにおけるイスラム国との戦いでは自らが指揮を執り、アサド政権の支配地域を拡大させ、イラクからイスラム国を排除した。中東における武装組織の指揮官としてはおそらく最も優秀で、輝かしい戦績を誇る人物である。

それゆえ、ソレイマニは国内ではカリスマ性を備えた英雄として国家の「強さ」の象徴として愛され、並みいる政治家を差し置いて最も人気のある人物として世論調査のトップに来るだけでなく、イランの各地で彼の写真が額装されていたり、Tシャツにプリントされたお土産が売られている。対外的には、彼は中東最強の野戦司令官として神格化され、とりわけアメリカからはイランの中東における覇権を得ようとする野心を持つ帝王としてみなされ、イラク戦争において米軍を苦しめた作戦を指揮した人物として見なしている(イラク戦争におけるソレイマニの役割に関しては様々な評価があり、どの程度イラクの武装勢力に関与していたかについては定かではないが何百、何千の米兵が殺されたのは彼のせいだとの言説がアメリカでは流布している)。

また、レバノンのヒズボラはソレイマニと兄弟のちぎりを結んだ関係にあり、イラクのシーア派民兵であるカタイブ・ヒズボラも彼を家族のように扱うなど、中東におけるシーア派民兵のネットワークの中心に存在し、イランのイスラム革命を国外に輸出し、イランからイラク、シリア、レバノンにまたがる「シーア派の弧」を取り仕切る人物でもある。

なお、しばしばイランとサウジの「代理戦争」と言われるイエメン内戦でイランが支援しているとされているフーシ派とソレイマニの関係は薄く、ソレイマニがイエメン内戦に関与したことは現在のところ確認されていない。フーシ派に対してイランは武器や資金の支援をしていることは確かだが、レバノンやイラクのような形でクッズ部隊やソレイマニが関与しているわけではない点は注意しておく必要があるだろう。

いずれにしても、ソレイマニは国内外で高く評価され、イランの最高指導者や大統領は知らなくてもソレイマニの名前は知っているという人が中東でもアメリカでも多数いる。そうしたカリスマ的な存在であり、かつ有能な野戦司令官であり、イラクやレバノンにおける政治的な影響力も持つ、中東における巨人であり、アメリカから見れば目の敵となる存在であった。

 なぜ「今」殺害したのか

ソレイマニはアメリカにとって不倶戴天の敵であるだけでなく、イスラエルにとっても脅威であった。クッズ部隊の「クッズ」とはエルサレムのことであり、イランの最終的な目標はエルサレムの奪還、イスラエルの排斥であると見られている。イランとイスラエルの対立はイスラエル建国から続くものだが、現在でもスポーツの大会でイラン代表選手はイスラエルの選手と戦ってはならないといったイランの政策があるほど、両国間の関係は悪い。ネタニヤフ首相はイランを敵視する姿勢を一貫しており、オバマ政権時代にアメリカがイランと交渉することすら毛嫌いし、当然ながらイラン核合意も強烈に批判している。

そのイスラエルの諜報機関であるモサドの長官は、当然ながらイランの遠征部隊であるクッズ部隊の司令官であるソレイマニを常にウォッチし、どこにいるかを把握していることを明らかにしている。つまり、ソレイマニを攻撃しようと思えば、いつでもそれを実行することは出来たと考えられている。実際、何度かソレイマニ殺害の噂が流れたが、そのたびかすり傷一つ負っていないソレイマニの写真がメディアに出てくるなど、ソレイマニ殺害の計画は常にあったと思われるが、イスラエルは彼にとどめを刺すことはしなかった。

また、ソレイマニは中東地域においてイランの影響力を拡大し、シリアやイラク、レバノン、イエメンの内戦や国内対立を激化させる人物として、またイランの核開発に密接に関連する革命防衛隊の幹部として国連の制裁対象となり、2015年の核合意後に国連のイラン制裁が解除された後も国連の制裁対象として残った人物である。また、アメリカはクッズ部隊を2007年から制裁対象としてきたが、2019年に革命防衛隊をテロ組織(Foreign Terrorist Organization: FTO)に指定した。通常、FTOはアルカイダやオウム真理教のような非国家主体が指定されるが、初めて国家機関である革命防衛隊が指定されたことで大きな話題となった。

というのも、2001年の同時多発テロの際に採択された「テロリストに対する武力行使権限(Authorization for Use of Military Force against Terrorist: AUMF)」が現在でも有効であり、FTOに指定されると議会の承認を得なくてもその組織を攻撃することが出来る。今回のソレイマニ殺害で米民主党は議会の主要メンバー(Gang of 8と呼ばれる上下両院のインテリジェンス委員長などの主要メンバー8人)に事前の相談をしなかったことを非難している。AUMFが有効であるため、革命防衛隊のメンバーであるソレイマニ殺害に議会の承認は不要だが、Gang of 8には事前に相談するのが慣例になっている。いずれにしても、AUMFがあることで、いつでも大統領の命令一つでソレイマニを殺害出来る状況にあった。

いつでも殺害出来るのにそれを実行しなかったのは、ひとえにソレイマニの存在がイランにとって大きすぎるものであり、もし殺害した場合、その後の対立のエスカレーションがコントロール出来なくなる怖れがあると見られていたからである。ソレイマニを除くことが出来れば、イランの対外的な戦闘能力は低下し、イランの対外的な拡張を止めることが可能となり、さらにはイランの軍事力のシンボルのような存在を消すことになるため、アメリカやイスラエルにとってソレイマニ殺害は得られるものが多いはずである。しかし、それでも今まで殺害しなかったのは、もしそれを実行すれば確実にイランが弔い合戦を始め、泥沼の戦争が始まると考えていたからである。イランはイスラム国やイラク戦争時のイラクとは比較にならないほど強力な軍事力を持ち、8000万人の人口を擁し、中東でもトルコと並ぶ水準の工業力を持つ国である。その国と正面から戦争することになれば、アメリカやイスラエルも無傷ではいられない。しかも、アメリカはアフガニスタンやイラクでの長期の戦争を続けており、これ以上戦線を拡大することは現実的ではなかった。

ところが、トランプ大統領はソレイマニ殺害を実行した。それは一方でバグダッドの米国大使館が襲撃され、さらにソレイマニが指揮するシーア派民兵がさらなる米国人や米軍施設などへの攻撃を計画しているという情報があったからである、というのが表向きの理由である。確かにソレイマニと関係の深いカタイブ・ヒズボラが2019年末に米軍施設をミサイルで攻撃し、それに対して、アメリカはカタイブ・ヒズボラの施設を5ヶ所攻撃した。その行為はイラクの主権を侵害したものとしてイラク国民の反米感情に火をつけ、米国大使館の襲撃となっていた。このようなエスカレーションが進む中で、アメリカはイラク側の暴動や攻撃を指揮しているソレイマニを排除しなければならないと考えるのは一応の合理性はある。

しかし、同時にトランプ大統領は11月の大統領選に向けてイラクのシーア派民兵やイランに対して弱腰であることを見せるわけにも行かず、強気の姿勢で押し切る必要性に駆られた行動という見方をすることも出来る。歴代の大統領がやろうと思えば出来たのに様々な配慮から実行してこなかったことを実行するというのはトランプ大統領の統治スタイルであり、そうした「オバマには出来ないことを自分は実現した」という姿を見せたいという思いもあったのだろう。また、トランプ大統領は下院で弾劾決議が可決し、上院の弾劾裁判で無罪を勝ち取る見込みとはいえ、この問題に対して激しく抵抗しており、この問題から国民の目をそらす必要があると考えた可能性もある。

いずれにせよ、理由はどうであれ、これまでイランの反撃とエスカレーションを恐れて実行してこなかったソレイマニ殺害をトランプ大統領は実行した。しかし、ソレイマニ殺害は間違いなく米イランの緊張関係を高め、最悪の場合全面戦争に突入する可能性もある。トランプ大統領は記者会見でソレイマニ殺害が「戦争を始めるのではなく、戦争を止めるために殺害した」と語っている。今後対立がエスカレートして全面戦争に行くのか、それともトランプ大統領に「戦争を止める」方策はあるのだろうか。

テヘランの国連事務所前で、米国によるソレイマニ氏とムハンディス氏の殺害に抗議する人たち=2020年1月3日、ロイター

イランの対応

国民的な英雄であり、「アイドル」とも言って良い存在であるソレイマニを失ったイラン国民は哀しみにくれている。ソレイマニをことのほか気に入っていた最高指導者のハメネイ師は全国民に3日間喪に服すよう求め、国旗は半旗となっている。ハメネイ師をはじめ、ロウハニ大統領や革命防衛隊のサラミ司令官などは、アメリカの責任を追及し、ソレイマニ殺害の復讐をすることを誓っている。

では、どのような復讐をするのであろうか。現在のところ、イラン側からは何も示唆するものはなく、イランもどのように対処していくのか、これから戦略を練り直す段階にあると考えられる。ゆえに、ここではあくまでも考えられるオプションを提示するが、必ずこのどれかになるとも言えないし、ここで論じたこと以外の対応をするかもしれないので、単なる推測に過ぎないが、可能な限り現実的なオプションを考えて見たい。

まず、イランはアメリカとの力の差を十分認識している。そのため、自国に累が及ぶようなことは避けたいと考えると思われる。ゆえにイランが反撃するとすれば、典型的な非対称戦、つまりゲリラ的な攻撃やテロ、サイバー攻撃などの様々な手段を使ったハイブリッド戦のようなスタイルの攻撃を仕掛けるのではないかと思われる。その際、イランの能力から考えて、第一の標的はイラク国内にいる米軍や米国関連施設への攻撃であろう。これまでカタイブ・ヒズボラが行ってきた軍事施設への攻撃や米国大使館への暴動への動員などに類する行動を強化していくのではないだろうか。

特に、ソレイマニと一緒に殺害されたカタイブ・ヒズボラの指導者のムハンディスはイラク国民であり、イラク国内で米軍がイラク国民に対して攻撃を仕掛けたことは、イラク戦争を経験した国としては認められるものではなく、国内での反米感情は高まっている。2019年末に行われたカタイブ・ヒズボラの施設への攻撃は、すでにイラクの主権に対する攻撃として見なされ、イラク国会では米軍を排除する法案が審議される予定であった。米軍がイラクに駐留するのはイスラム国と闘うことが前提となっており、イラク市民や国内の施設を標的にした攻撃をするために米軍が駐留しているわけではない。そのため、イラク国内では米軍の撤退を求める運動も強くなるため、イランはこれらの運動を活用してアメリカに対する圧力をかけていくであろう。

また、アメリカの同盟国であるサウジやUAEの石油や天然ガスの施設は、2019年9月のドローンや巡航ミサイルによる攻撃で示したように、脆弱である。こうした脆弱な施設を攻撃する可能性も否定出来ない。これは直接、ソレイマニの復讐とはいえないが、アメリカと正面から闘うよりは確実な成果を得られるものとして選択する可能性がある。

さらに、1月6日には核合意の部分的履行停止の第五弾を発表する予定であったが、ソレイマニ殺害に抗議する形で核合意からの離脱を宣言する可能性もあるだろう。それが即座に核兵器開発に直結するわけではないだろうが、このまま核合意を維持し続ける道理も見つけにくく、核合意に批判的な保守強硬派の圧力が高まれば核合意からの離脱も考えられる。とはいえ、核合意から離脱すれば、それ自体がアメリカによるイラン国内に対する武力攻撃を誘発する可能性もあるため、そうした選択は取りづらいと思われる。

米国内ではイランによるテロが実行される可能性に備えている。イランが何らかの形で米国内でテロを行う要員を送り込み、こうした事態に備えている可能性は否定出来ない。しかし、イランが果たしてアメリカの監視網をくぐり抜けてテロを実行することが出来るだけの能力があるとは考えにくい。もちろん可能性はゼロではないので、警戒しておく必要はあるだろうが、その可能性はそれほど高いとは思えない。

米イラン関係の緊張の高まりは自衛隊派遣に影響するか

米イラン関係の緊張が高まり、イランによる「復讐」がなされ、それに対してアメリカが反撃するということになれば、この対立が武力紛争へとエスカレートする可能性は高い。しかし、イランはアメリカと正面から戦争をすることは可能な限り避け、少なくともイランからアメリカの攻撃を誘発するようなことはしないと思われる。これまでもイランは何らかの挑発を受けた場合も、エスカレーションをコントロールしながら、受けた攻撃と同等の反撃をすることで釣り合いの取れた対応をしてきた。ソレイマニを失ったことはイランにとって大きな打撃ではあるが、元々野戦司令官であり、戦場で戦う兵士であるソレイマニが敵の攻撃によって命を落とすのはある程度織り込み済みである。実際、ソレイマニが殺害されたのは金曜の未明であり、多くの金曜礼拝(イスラム教では金曜が休日)では聖職者が彼を悼む弔辞を述べたが、そこではこれまでイラクやシリアで命を落とした兵士のうちの1人としてソレイマニを位置づけるような説教がなされたとの話もある。つまり、イランが失ったのは戦場での有能な司令官であり、アメリカに対する報復はそれと同等のものになると見ることが出来る。

となると、イランの「復讐」で最も可能性が高いのは、米軍の兵士や司令官に対する攻撃であり、主たる標的は米軍施設などとなるだろう。これは言い換えれば、イランの反撃はホルムズ海峡やオマーン湾を行き交うタンカーなどではない、ということを示唆する。もちろん、イランがこうした脆弱なソフトターゲットを標的にして紛争をエスカレートさせていく可能性はある。しかし、これまでのイランの行動パターンや思考パターンを考えていくと、「復讐」が海に向かっていく可能性は低いと考えられる。その意味ではいままで以上にイランの行動を監視し、紛争がエスカレートしないためにも紛争が拡大しそうな兆候を察知し、紛争の火種を消していくことが重要になる。日本の自衛隊派遣によってそうした監視が強化されるのであれば、紛争拡大の抑止に貢献することになるであろう。もっとも紛争の主たる舞台はイラク国内であり、自衛隊が活動する範囲ではそうした兆候を見つけ出すこともそれほどはないと思われるが。