8月28日~30日に横浜市で、アフリカ諸国の首脳らが一堂に会する第7回アフリカ開発会議(TICADⅦ)が開催されている。多くの日本人にとってアフリカは今なお遠い大陸だろうが、3年に一度のTICAD開催時には、アフリカに関する報道や情報発信がわずかながら増える傾向にある。
人口が急増するサブサハラ・アフリカが「資本主義の最後のフロンティア」などと呼ばれるようになって10年ほどが経過したが、アフリカ経済の躍進ぶりが知られるようになったことに伴い、数年前から目立ち始めた新しい「アフリカの伝え方」がある。
それは、アフリカにおける中間層の増大を強調し、消費市場としての明るい未来を訴える論調である。こうした情報は、経営コンサルタントといった、元々はアフリカに関心があったようには見えない人々によって発信されることが多いと感じている。
アフリカ諸国では本当に中間層が増大しているのだろうか。増えているとすれば、どのような増え方をしているのだろうか。そもそも中間層とは、どのような人々のことを指すのか。これらの点が明らかになっていなければ、日本企業は的確なアフリカ向けビジネスの戦略を描くことができない。自社製品の「質の高さ」が売り物の日本企業にとって、中間層は最も重要な購買層だからである。
ところが、筆者が2016年、国内外で刊行されたアフリカの中間層に関する様々なレポート類を精査してみたところ、大きな問題があることが分かった。
最大の問題は、「中間層」という用語には国際社会共通の明確な定義が存在していないにもかかわらず、レポートや報告書の作成者が、しばしば自らに都合の良い結論を導くために、自らに好都合な「中間層」の定義を用いている可能性があることだった。
■「人口の3割が中間層」の不自然さ
アフリカの中間層に関する定義で近年、日本国内の経営コンサルティング企業や民間シンクタンクなどのレポートでしばしば引用されてきたのは、アフリカ開発銀行(AfDB)が2011年に刊行した報告書「The Middle of the Pyramid: Dynamics of the Middle Class in Africa」の中で使用した定義である。
AfDBはアフリカの人々を「1人の1日当たり消費額」に応じて次のように分類した。
- ①貧困層 2ドル未満
- ②流動層 2~4ドル未満
- ③下位中間層 4~10ドル未満
- ④上位中間層 10~20ドル未満
- ⑤富裕層 20ドル以上
AfDBは、②流動層を「経済の動向次第で貧困層に戻る可能性がある階層」と定義したうえで、②~④の「1人1日当たり2~20ドル消費する層」をまとめて「中間層」と定義。アフリカには2010年時点で約3億2600万人の中間層が存在すると結論付けた。
そして、アフリカの人口増加と経済成長によって中間層人口は今後増大の一途をたどるとし、アフリカにおける消費者向けビジネスが極めて有望であるとして、世界の企業にアフリカへの投資を呼びかけた。
しかし、AfDBの分類では、アフリカの総人口の実に3割以上が中間層ということになる。いくら経済が急成長したとはいえ、今なお貧困削減が一大課題のアフリカで総人口の3割以上の人々が中間層だと言い切るAfDBの結論には、強烈な違和感があったのを覚えている。
AfDBの中間層の定義に無理があることは、次のように考えると分かりやすい。世界銀行は衣食住や健康面で限界に直面している「極度貧困層」について「1人1日当たり消費額1.9ドル未満」の人々であると定義している。
世銀のデータベース分析システムPovcalNetによると、2015年時点で、「極度貧困層」に属する人は世界で7億3100万人おり、このうちサブサハラ・アフリカには人口の約41%に当たる4億1300万人が暮らしている。
つまり、AfDBが中間層の下限に設定した「1人1日2ドル」に近い人々とは、世銀に言わせれば「極度貧困層」に近い人々であり、中間層向け消費者ビジネスのターゲットとは到底言えない人々である。AfDBの定義や、この定義を引用した経営コンサルタントなどのレポートは、日本企業を含む世界の企業の対アフリカ投資を促すために、中間層の「分厚さ」を強調してアフリカ市場の有望性を誇張している感が否めなかった。
筆者が2016年当時に着目したのは、発展途上国の人々の生活実態に即して最も適切に定義していると思われる国際労働機関(ILO)の中間層の定義だ。
ILOは発展途上国の人々の生活水準を詳しく調査し、発展途上国の貧困層と中間層を1人1日当たり消費額をもとに次の5段階に分類している。
- ①極度の貧困層 1.25ドル未満
- ②通常の貧困層 1.25~2ドル
- ③脱貧困層 2~4ドル
- ④新興中間層 4~13ドル
- ⑤上位中間層 13ドル以上
この階層分類に従って、サブサハラ・アフリカの階層構成をPovcalNetを使って分析してみたところ、次のようなことが分かった。
サブサハラ・アフリカでは1981~2010年までの30年間に、④の新興中間層は3500万人から7470万人へと2.13倍に、⑤の上位中間層は560万人から1270万人へと2.27倍に増えていた。
ただし、この間にサブサハラ・アフリカの総人口も3億9830万人から8億5350万人へと2.14倍に増えた。したがって中間層は、人口増加率とほぼ同じペースで増加したと言える。④の新興中間層と⑤の上位中間層の合計がサブサハラ・アフリカ社会全体に占める割合は、1981年時点で8.8%であり、2010年時点でも8.8%であった。
つまりサブサハラ・アフリカでは、総人口の増加に比例して中間層の絶対数こそ増加したものの、中間層が総人口に占める割合は30年間変化していなかった。
数こそ増えたものの、中間層が社会の中心に位置する状況にはほど遠く、貧困層が圧倒的多数を占める階層構成に変化はみられなかったのである。
■貧困層にも届く商品を
では、その後はどうなっているだろうか。この中間層に関する分析から3年が経過したので、このほど再び世銀のPovcalNetの最新バージョンを使って2015年時点のサブサハラ・アフリカにおける④の新興中間層と⑤の上位中間層の合計を計算してみたところ、2億5102万人との結果が出た。総人口の約25%にあたる。
前回2016年の分析では2010年時点で8.8%だったことを思うと、サブサハラ・アフリカの社会がわずか5年で中間層中心の社会に急速に近づいたかに見える。だが、この点については解説が必要だ。
筆者が分析ツールとして用いている世銀のPovcalNetは、為替レートの変動に応じてバージョンを更新し続けている。アフリカの多くの国では2010年から2015年の間に為替レートが急変したので、その影響が出てしまう。
そこで現在のバージョンを用いて2010年時点の④新興中間層と⑤上位中間層の合計を改めて計算し直すと、総人口の約21%との結果が出た。つまりPovcalNet最新バージョンを用いたサブサハラ・アフリカの中間層は、2010年で約21%、5年後の2015年時点では総人口の約25%だ。
この数値を見る限り、サブサハラ・アフリカでは、中間層が社会全体に占める比率が若干ながら増加したと言えるだろう。貧困層の減少も進んでいると考えられる。しかし、日本企業が顧客として想定し得る中間層が社会の中核を占めるような状況には、まだ遠いと言わざるを得ない。人口の多数を占める階層が貧困層であることをふまえれば、日本企業がアフリカ市場に浸透していくためには、貧困層にも届く商品をもある程度開発していく努力が求められるだろう。
サブサハラ・アフリカの中間層に関しては、ケニアの首都ナイロビでスタートアップ企業「株式会社グラスルーツウォーカーズ」を立ち上げている長谷川将士氏が重要な問題を提起しているので下記に紹介しておきたい。
(参考)https://afri-quest.com/archives/16698
長谷川氏は上記URLの記事で、「アフリカは経済成長に伴い一人あたり所得が向上しており、中間層の人口増加も進み、市場としての存在感が増している」という日本国内で散見される主張に異議を唱えている。
関心のある読者は原文をお読みいただくのがよいと思うが、同氏は所得の増加を示す統計が、そのまま中間層人口の増加に繋がる訳ではないことを巧みに説明し、「経済指標を用いる場合は適切に、尚且つ適用する国の社会背景まで理解して用いなければ、誤解するリスクは跳ね上がるだろう」と警鐘を鳴らしている。
「アフリカの伝え方」の現状は、貧困や紛争にばかり焦点が当たっていた2000年代初頭までの状況とは隔世の感がある。アフリカの躍進ぶりや消費市場としての魅力を伝える情報発信の増加は歓迎すべきことだろう。だが、いたずらに企業の投資マインドを煽るような情報発信は慎むべきだ。必要なのは、正確な情報に基づく公正な分析だと思う。
■GLOBE+での連載などをもとに、現在のアフリカをめぐる論考をまとめた白戸圭一さんの新著『アフリカを見る アフリカから見る』(ちくま新書)が8月5日に刊行されました。
■短期集中連載「私の中のアフリカ」は、横浜で8月28日~30日に開かれる第7回アフリカ開発会議(TICAD7)に合わせて日本に住む人たちとアフリカとのバラエティに富んだ関わり方を紹介し、アフリカの開発と発展に私たちはどう伴走すればいいのかを考える企画です。