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世界で注目「ダークツーリズム」 取り入れ方を知り、いつもとちょっとちがう旅に

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アウシュビッツ強制収容所。ナチス・ドイツがユダヤ人から取り上げた旅行カバンが展示されている=水野梓撮影

――なぜ今ダークツーリズムが注目を集めているのでしょうか。

人間の悲しみや苦しみの記憶を巡る旅をダークツーリズムといいますが、戦争や災害、環境破壊、原発事故といった近代文明の「限界」をとらえなおす旅でもあります。私自身も、以前から、戦争や災害、そのほかにも強制労働や社会差別に関連した場所を訪れてきました。そのたびに「忘れずにいよう」と感じ、大学の講義などで若い人たちに伝えてきました。

いま、自分の研究分野である観光学ではなく、美術や土木・建築、歴史そして防災といった分野で「ダークツーリズム」の手法が注目されるようになってきました。「近代の反省」という視点に立つと、現代への示唆があります。自分たちの営みを振り返ったり反省したりするために、現地を訪れて考えるというダークツーリズムは非常に有効だと思います。

「ダークツーリズムの手法が注目されている」と語る井出さん=金沢市、水野梓撮影

――世界では広まってきているのでしょうか。

ダークツーリズムは1990年代にイギリスで提唱され始めました。

ダークツーリズムスポットとして有名なのは、ポーランドにあるナチス・ドイツの「アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所」です。多くの人が訪れるようになり、ここ2001年からの15年間でで入場者数が約3.5倍にも増えています。

ダークという言葉の響き 日本では

――日本人には「ダーク」という言葉がなかなかなじみにくいかもしれません。

ヨーロッパのキリスト教社会では、天国と地獄、光と影をセットで考えることが大原則となっています。「闇」の部分を残していくことに違和感がないんですね。

また、欧米は「石の文化」を持っていますので、隠そうとしても隠せないということも影響していると思います。建ててしまった教会や像はなかなか壊せませんから。

アジアは木や紙の文化で、残りづらいという点があります。それは権力者が歴史を消しやすいということでもあります。

不都合な歴史はときに隠されることもあります。たとえば、長崎に落とされた原爆では、日本に強制連行されていた中国人受刑者も亡くなりましたが、当初は公園内に記述がほとんどありませんでした。広島も、原爆の被害に遭った地でもあり、軍都として繁栄していた場所でもあります。そういった歴史の両面性を受け入れなければ、また戦争といった悲劇を繰り返してしまう可能性があります。

修復が完了した長崎の平和祈念像=2019年3月28日、長崎市松山町、田中瞳子撮影

ダークツーリズムは、権力者や地元の人たちが隠したり嫌がったりする歴史を掘り出す側面があります。ただ、負の歴史の被害者になった人など、少数者にとっては救いになることでもありますし、地域を多面的に見る契機になったりもします。

被災地でも、震災の遺構を残すかどうかが議論になっています。復興に向けた「明るく元気な被災地」というストーリーに対しては、遺構の存在は邪魔になるかもしれませんし、遺構を見て悲しい気持ちになる人もいるかもしれません。

ただ、「人類の教訓として残さないと」という意見も少なからずあります。しがらみのない外部の観光客だからこそ「ここは残した方がいいのでは」と、少数の意見にスポットライトが当てられるのだと思います。

――負の側面を「なかったこと」にしたり、「見たくない」と感じたりしてしまうのはなぜでしょうか。

日本では「怨親(おんしん)平等」の考え方が根付いているからでしょうか。「死んだらみんな仏になる。責任は追及しない」ので、死者の悪口は言わない。悪いことが起きたときには、誰か個人の責任として、その方が亡くなったら不問に付す。そうすれば、生き残った人にとっては楽でしょう。

ただ、ここまでグローバル化が進んでいる今、歴史を隠せば、国際的にどんな問題になるか分かりません。しっかり負の側面を洗い出し、後世の教訓とすることが、信頼という意味でも対外的に必要な時代になっていると思います。

その国や場所、多面的にとらえる

――ダークツーリズムを取り入れると、旅がどんな風に変わるのでしょうか。

ダークツーリズムは、楽しみながら少し学んで帰ってくるというのが重要だと思います。ダークツーリズムの要素を入れると、旅が豊かに、味わい深くなります。その国や場所を多面的にとらえることができます。

世界各地のダークツーリズムスポットをめぐる井出さん=金沢市、水野梓撮影

例えば、米国ロサンゼルスを訪れたとき、ハリウッドやビーチだけではなく、リトルトーキョーやチャイナタウンに足を伸ばせば、移民の歴史を感じられます。

リトルトーキョーには「全米日系人博物館」があり、アメリカの日系人社会の全体像が分かります。1941年の真珠湾攻撃で、日系人は財産を取り上げられ収容所に入れられることになりました。その収容所の小屋が移設・展示されており、当時の暮らしのつらさが垣間見えます。

また、アメリカに忠誠心を示すためあえて激戦地に赴いた「442連隊」が戦争を通じて受け入れられていったことが分かります。その一方で、「命がけで戦争に行かないと、アメリカのメンバーだと認めない」という多数派の圧力も感じ取れるわけで、日系人を通して、アメリカにおける移民やマイノリティの存在について深く考えさせられます。

――おすすめのダークツーリズムスポットはありますか?

オーストラリアといえば、コアラやカンガルーのイメージかもしれませんが、「囚人国家」としての成り立ちについては非常に興味深いです。もとをたどるとオーストラリアは、産業革命期のロンドンでの「犯罪者」を送り込んだ流刑地でした。

英国からオーストラリアへ送られた囚人のうち、さらに刑を重ねた者だけが集められたポートアーサー流刑場の跡地=タスマニア州南部、郷富佐子撮影

オーストラリアはその歴史に正面から向き合おうとしています。世界遺産となった「オーストラリアの囚人遺跡群」がその一例です。先住民アボリジニへの迫害の記憶も残そうとしています。ここでいう「囚人」は、ロンドンで貧困に苦しみ窃盗や売春をした、いわば近代資本主義の犠牲者でもあります。彼らが、ある意味「更生」してつくりあげたのがオーストラリアの礎でした。

また、「国境」という概念を考える意味では、アイルランドがおすすめです。過去に植民地支配を受けたり、北アイルランドを巡って血が流されたりしました。拠点都市には、「イギリスからどんなひどいことをされたか」を残す像が建っています。ブレグジットでイギリスがEUから離脱したら、現在の国境はどうなるのでしょうか。ゲートができるのかどうか。ダークツーリズムは「現在」ともつながっています。

現地を訪れたからこその「衝撃」

――「現地を訪れる」価値はどんなところにあるのでしょうか。

スペインのゲルニカでは、阪神・淡路大震災の被災地と共通項を見つけることができます。ゲルニカの街並みを眺めると、焼けてしまったところと焼け残ったところの境目がハッキリしているんです。

新しい部分は白く、焼け残ったところは茶色。残ったところを生かしつつ、新たな街をつくっていました。これは阪神・淡路大震災の被災地でも同じような境目を見つけることができます。時代も被災原因も異なるのに、残された構造物に共通性があることに気づくと、文明をこれまでとは異なった視点で考えられるようになります。

まさに、訪れたからこそ分かることや、感じる衝撃があるのです。これこそがダークツーリズムの醍醐味ではないでしょうか。