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「複雑」な日本で、移民問題を考える 

GLOBE+編集長インタビュー
望月優大さん(左)と堀内隆・GLOBE+編集長=岡田晃奈撮影

「複雑」の響きに潜む日本のリアル

堀内:ウェブマガジン『ニッポン複雑紀行』が誕生して約1年半ですね。

望月:日本では、「移民」というテーマがあまり注目されてきませんでした。始める前はどれくらい読まれるのかなと不安でしたが、予想以上に読んでいていただいています。継続的に読んでいただける方も増えていて、小さな手ごたえを感じています。

堀内:サイトのコンセプトに、「ニッポンは複雑だ。複雑でいいし、複雑なほうがもっといい。」とあります。私自身、かつて記者としてイスラエルに駐在していたとき、イスラエルとパレスチナの激しい対立構図を限られた紙面のスペースでどう伝えるかにすごく苦悩していました。白黒はっきりさせて書かなければ伝わらないけれど、現実はもっと複雑で入り組んでいる。複雑な現実を複雑なまま伝える考え方には、とてもひかれました。『ニッポン複雑紀行』というタイトルにはどんな思いが込められていますか。

望月:「複雑」という言葉にはどこかネガティブな響きがあります。例えば「多様」という言葉に比べて少し影を感じさせる。だからこそ、この言葉をあえてポジティブに用いることで、日本のリアルな現状を伝えつつ、媒体としてのスタンスを表現できるんじゃないかとすごく腑に落ちたんです。「日本と移民」という組み合わせを考えるとき、私たちはこれまで、目の前にあるはずの複雑さをあまり見ないようにしてきた。むしろ複雑ではないということを誇りにしてきたようなところがあります。そうではなくて、複雑さをしっかり直視しようよ、と。「ニッポン」と「複雑」のあとにある「紀行」という言葉には、このサイトでは一人ひとりの人生をゆっくり描いていくという意味を込めています。

堀内:記事は月に1本ペースと、比較的ゆっくりですね。

望月:そうですね。一人ひとりに話を聞き、「その人から社会はどう見えているのか、どう感じているのか」などできるだけ丁寧に描いています。どうしても文章が長くなってしまうので、今のペースが限界です。ただ、記事が毎日出ても逆に多すぎて全部読み切れないとも思います。関心を持続してもらうためにも、一度読み忘れても後からキャッチアップできるスピードであることは肯定的に捉えています。早すぎると誰もついていけない。

望月優大さん=岡田晃奈撮影

「常識」が崩れた社会で共同体は作れるか

堀内:NPO団体の支援を手掛ける株式会社コモンセンスも立ち上げていらっしゃいます。

望月:今の社会では、コモンセンス、つまり人々の間で共通の感覚や良識をもつことが難しくなってきている。その変化の中で何ができるかという問いが、立ち上げのベースにあります。

堀内:何が原因で変化が起きていると思いますか。

望月:生き方も働き方も流動化し、別々の人たちが共通の認識を持つ基盤となってきた様々なプラットフォームの力が落ちてきている。学校や職場のような組織もそうですし、テレビ番組や新聞などのマスメディアもそうです。こうした変化にはいい面も悪い面もありますが、一人ひとりが別々の情報に触れ、興味関心の偏りも生まれてくる中で、共通の感覚をどうやったら作っていけるのだろうといつも考えています。

堀内:昔は、同じアニメ番組を見ていなければ翌日に学校で話題についていけなかったり、また新卒で就職した会社で定年まで勤め上げるのが当たり前だったりと、コモンセンスが一人一人の価値観と無関係のところで作られていた面があります。今はそれが崩れてバラバラだけれど、一人ひとりが問われている時代ですね。

望月:その変化には個人を自由にする部分もあり、私自身が家族や学校、企業など様々な組織やつながりに窮屈さや息苦しさを感じる方でもあったからこそメリットもよくわかります。「血がつながっているからって、なんで一緒に暮らさなくちゃいけないの」みたいなことを若い頃は考えたりもしたので。

ただそのメリットの裏側で、今は「何らかの共同性なくして人は生きていけるのか」ということも問われている時代だと思います。人と人とが互いに関心を持ったり、信頼したり、助け合ったりすること自体の基盤となる共同性をどこに見出せばいいのか、どう作っていくことができるのか。

堀内:自分が所属している共同体に、別の要素が入ってくる。日本において、その一つが外国人、移民という存在だと思います。

望月:『ニッポン複雑紀行』でも考えていきたいことなのですが、共同性の根っこにあるのは、「私たち」というものをどう理解するか、「私たち」の境界線をどうとらえるかということだと思っています。

これからの共同性は、血がつながっているとか、生まれた場所が同じといったこれまでのルールだけからは作れない。そこから出発してしまうと実際にはここにいるのに「私たち」の外側になってしまう人がたくさん出てきてしまうからです。ただ、かつての共同性が壊れかけている今だからこそ、新しい共同性を作り上げられる可能性もあると思っています。

『ニッポン複雑紀行』でいろんな人に話を聞いていくと、親との関係性に悩んでいたり、若いときに感じたアイデンティティの不安だったり、多くの人にとって共通するような「あるある」が見えてきます。外国人が異国で感じる不安や落ち着かなさは、東京にいる地方出身者が感じるものと全く別のものではない。国籍も宗教も母語も違うかもしれないけれど、そこにある違いを知るとともに、同時に「その気持ちわかるなぁ」ということも少しずつ深めていければいいんじゃないかと思うんです。自分がどういう人間であるかは、生まれ持った属性以外の様々な経験によっても大きく規定されます。日本人か外国人か、などと属性だけでずばっと線を引くのではない捉え方にシフトしていけたらいいなと思うのですが。

望月優大さん=岡田晃奈撮影

日本の自画像を提示したい

堀内:物事に常に疑問を持つマインドは、子どもの頃からあったのでしょうか。

望月:地域や学校や家族など、地元の「当たり前」に対する疑問はいつもありました。別の正解がある世界もあるんじゃないかと、埼玉の地元を離れて神奈川の高校に通ったり、大学時代にアメリカに留学したりもしました。

ただそれで分かったのが、どこに行ってもその場所に固有のコンテクスト(文脈)や振る舞いのコードはあるということ。そして、自分自身は元いた場所を離れて自由になる側面があったとしても、その同じ場所で生きづらさを抱えて生きている人もいる。考えてみれば当たり前のことなのですが、だからこそ、色々な場所が色々な人にとって少しでも生きやすくなった方がいい。そう思うようになったのは、10代~20代の葛藤からきているのかもしれません。

堀内:大学院を卒業されると経産省に行っていらっしゃいますよね。行政の側から社会を動かしたかった?

望月:いや、キャリアについては迷走していて(笑)、経産省の後に博報堂コンサルティング、グーグル、スマートニュースと色々な会社で働きました。大学院ではミシェル・フーコーによる自由主義的な統治についての講義録を研究していたこともあって、統治をその内側から見てみたかったというのはあったと思います。

堀内:移民問題に関わるようになったのはいつ頃から?

望月:大学時代にポストコロニアル研究にも触れていたので、各国の少数民族や植民地の問題、それにかかわる差別や迫害といったテーマにはずっと関心がありました。そして、冷戦後の世界を見ると、自由民主主義が勝利したと言われながら、各国で移民に対する排外主義が再度立ち上がってくるような動きが目立っている。だからこそ、過去の歴史認識の問題としてだけでなく、まさに現在の問題として移民や民族的な意味での少数者について考える必要があると思いました。日本でも在留外国人の数は急増し、外国人に対するヘイトスピーチも存在します。海外だけでなく、日本国内の移民というテーマについてちゃんと考えよう、現実をきちんと認識しようと思うようになりました。

堀内:著書『ふたつの日本 「移民国家」の建前と現実』でも、まずは現状認識をちゃんとしようよというメッセージを強く感じました。

望月:そうですね。移民というテーマに関して言うと日本の自画像は歪んでいる、現実と乖離しているという感覚があり、そのことを書きました。よく言われるようなイメージとは違って、現実にはこういうことが起きています、そういうファクトをフラットに提示するのが一番いいんじゃないかと考えました。移民に限らず、社会の仕組みを考えるためには一定の基礎知識が必要だと思いますが、まずはそれを多くの人と共有したかったんですね。

今いる場所を少しでも居心地のいい社会に

堀内:今の日本は、外国人にどんどん入ってきてもらいましょうといいながら、その後のフォローがあまりにも後手に回っている。学校教育はどうするのか、地域社会はどう対応するのかといった問題への対応が、政府でなく地域社会が背負っているのが現状です。

望月:国策で外国人労働者を多数受け入れながら、彼らへの生活面の支援は極めて脆弱なままです。「まだ何もできていない」というよりは、「何もやらないことをあえて選択している」という表現の方が現実に近いと思います。結果として、例えば海外にもルーツのある子どもたちが学習機会を逃してしまうなど、一人ひとりの人生に取り返しのつかない多大な影響が出ています。

移民のテーマの難しいところの一つは、そういう弱い立場に置かれた人たちに参政権がないということです。また、政治的な発言権が限られていることだけでなく、言葉の制約のために情報を得たり発信することが難しかったり、あるいは仕事や生活が忙しすぎて深く考えたり発信したりする余裕がなかなかないという場合もあると思います。そんな中で、誰がその問題について考え、発信していくか。少しでも理解者を増やして、然るべきところに人とお金が回る仕組みを作っていくということが必要です。

書くことで問題の理解者を増やすことはできる、そこに自分が果たせる役割が少しでもあるといいなと思います。例えば新しい政策など何らかの球が上がったときに、その良し悪しをちゃんと判断できるかどうか。ひどい球であればそれはまずいんじゃないかと自然に声が上がるように地ならしをする、そういうことが必要ではないかと思っています。

堀内:一定の知識がなければ、いいともおかしいとも、判断ができないですね。

望月:何らかのスタンスをとるためには、前提となる知識が必要です。だからこそ、大人になってもさまざまな問題について学んでいくというのは本当に重要なこと。自分の中には今いる環境が窮屈だとか、できることなら抜け出したい、今いる場所が変わってくれたらいいのに、と思っている人たちへのシンパシーがあります。移民というのは一つのテーマですけれど、学校でも職場でも家庭でも、今いる場所がしんどくてどこか別のところに行きたいという気持ちは誰にでもあるし理解できるはずです。そのしんどさが、少しでも小さくなる活動をしていきたい。そんな気持ちが強いですね。

文・構成:田中瑠子

インタビューを終えた望月優大さんと堀内隆・GLOBE+編集長=岡田晃奈撮影