Greg Torode
今回の改正案が成立すれば、香港住人だけでなく、香港に住んだり渡航した外国人や中国人までもが、中国側からの要請があれば本土に引き渡されることになる。
国内外で圧力が強まる中、逃亡犯条例改正案は12日から立法会で審議が始まる予定。現立法会は体制派(親中派)が優勢で、法案は月内に可決されるとみられている。
6日には、弁護士ら数百人が異例の抗議活動に参加し反対を表明した。
大規模デモの火種となった香港の引渡し条例改正案について、以下にまとめた。
■逃亡犯条例改正案とは何か
香港特別行政府が2月に提案した改正案で、現在ケースバイケースで対応している刑事容疑者の身柄引き渡し手続きを簡略化し、香港が身柄引き渡し条約を結んでいる20カ国以外にも対象を広げるという内容だ。
改正案は、香港から中国本土や台湾、マカオへの身柄引き渡しも初めて明示的に認めている。香港当局は、これによって香港を本土からの犯罪人の逃避先にしていた「抜け穴」を塞ぐことができると主張する。
外国当局から引き渡しの要請を受けた香港当局は、引き渡し手続きを開始し、法廷での審理を経た上で、最終的に引き渡しを承認することができる。容疑者は、法廷での審理結果に不服があれば上訴することもできる。しかし、一方で、引き渡し手続きに対する立法会の監督権限はなくなる。
■香港行政府は、なぜ改正案を進めているのか
昨年、香港人の若い女性が旅行先の台湾で殺害された事件をきっかけに、香港当局は法改正に乗り出した。警察は、この女性の交際相手が香港に帰国後、自白したとしているが、この男は(殺人事件では訴追されず)現在マネーロンダリング関連の罪で服役している。
一方で、台湾当局は、改正案は香港にいる台湾人をリスクにさらすものだとして強く反対しており、もし改正案が成立した場合も、殺人犯としてこの男の引き渡しを求めることは拒否するとしている。
香港が1997年、「一国二制度」の下で英国から中国に返還される以前から、いずれ本土との間に身柄引き渡しについての取り決めが必要になるとの指摘が当局者や専門家から出ていた。
香港に広範な自治を認めた同制度では、中国本土とは異なる独立した司法システムの維持も認めている。
返還後、中国本土の司法や安全保障当局者との間で非公式協議が行われたが、ほとんど進展はみられなかった。中国本土では、共産党が司法制度をコントロールしている。
■改正案に対する反発の強さはどの程度か
改正案に対する懸念は最近になって急速に広がり、普段であれば香港や中国の当局と大っぴらに対立することを嫌うビジネス界や体制派にまで拡大している。
香港の裁判官も非公式に警戒感を表明しており、香港に拠点を持つ本土の弁護士でさえ、本土の司法システムでは最低限の公正さすら期待できないとして、これに同調している。香港の弁護士グループは、改正案の延期を求め、政府に詳細な要望書を提出した。
香港当局は、裁判官が引き渡し審査に際して、「番人」としての役割を果たすと強調している。だが、中国本土と香港との関係緊密化に加え、引き渡し審査内容が限定的であることから、裁判官が中国政府からの政治的圧力や批判にさらされる恐れがある、と一部の裁判官は非公式に懸念している。
学校や弁護士、そして教会グループが、人権擁護団体とともに改正案への抗議活動に参加している。
改正案を巡って立法会で乱闘騒ぎが起きたことを受け、行政府は通常の立法手続きを迂回して法案成立を急ぐことを決め、反対派を激怒させた。
人権への懸念を巡り、国外からの政治的、外交的圧力も強まっている。ポンペオ米国務長官や英独の外相が表立って発言し、欧州11カ国の総領事などが林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官に面会して正式に抗議している。
「法の支配や香港の安定と安全保障、偉大な国際貿易拠点としての地位に深刻な打撃を与えるものだ」。英国の最後の香港総督を務めたクリス・パッテン氏は6日、こう述べて懸念を表明した。
一部の野党政治家は、この問題は香港の独立的地位にとって転換点となるものだとしている。
■改正案を撤回又は延期する可能性は
林鄭氏や行政府幹部はこの改正案を強力に擁護しており、台湾で起きた殺人事件を巡って行動を起こし、「抜け穴」を閉じる必要があると強調している。
また、政治的、宗教的な訴追に直面していたり、拷問を受ける恐れがある容疑者の場合、引き渡しを阻止する「安全弁」が講じられているほか、死刑に処される恐れがある容疑者も引き渡しされないと主張する。
引き渡しの対象を重い犯罪に限定し、9件の経済犯罪については明示的に除外するなど、引き渡しの要件を厳しくしたものの、行政府が改正案そのものを撤回したり、より慎重な議論を行うために延期するような兆候はない。
外交圧力に直面する中国当局者も、この問題は主権問題だとして香港特別行政府を支持する立場を明確にしている。
(翻訳:山口香子、編集:下郡美紀)