デンマーク選挙の不思議なポスター場所取り合戦

6月5日に開催されたデンマーク総選挙。中道右派から中道左派へと政権交代となり、社会民主党のフレデリクセン党首はデンマーク最年少、そして2人目の女性首相となる。
ノルウェー、フィンランド、スウェーデンの総選挙を取材してきた私は、デンマークの選挙活動が北欧他国とはちょっと違うことに気が付いた。
まず、首都コペンハーゲンに着くと、目につくのは大量の選挙ポスター。
選挙ポスターはどこの国にもあるが、デンマークのポスターの数はその倍はあることは明らか。「どこにでも貼りたい放題」という印象だった。
同じ人のポスターが同じ場所に並んで貼られているのも当たり前。場所取り合戦が激しいのは容易に想像がつく。
北欧の他国では、大通りや街の中心部で、各党が一斉に集まり、スタンドを立てて、市民と交流するのが日常的な選挙期間中の風景だ。
しかし、コペンハーゲンでは各党が同じ場所に一斉に集まって、選挙活動をするということがない。
党が配布する選挙グッズを集めるのが好きな私だが、限られた時間で13政党も別々に訪問するのは大変なため、あきらめた。
「ノルウェーのような選挙スタンドがない代わりに、デンマークではポスターが市民とのコミュニケーションツール」と語るのは社会主義人民党のアンナ・スーレンセンさん。
ポスターはどこにでも貼っていいというわけではなく、緑のある公園、高速道路は禁止されている。
公園にある木にはポスターは貼ることはできないが、道路に単独で生えている木には貼っていいそうだ。
デンマークでは、首相が選挙日を突然発表する。発表後は、各党のポスターの場所取り合戦が始まり、次の日には街中がポスターで溢れるそうだ。
ポスターを貼っていいのは選挙日から3週間前の土曜日からだそうだが、その前からこっそり貼り、「警察にはがされるまでは」と賭けをする党員もいる。
「こんなにたくさんポスターがあって、イライラしないんですか?」
その私の質問に、多くのデンマークの市民は、一瞬ぽかんとしていた。
小さい頃から当たり前だった風景のため、疑問に思うことがないそうだ。
「……確かに、おかしいかも、私たちの国のポスターカルチャー。うん、言われてみたら、嫌かも」。
聞かれてみて、初めておかしさに気づく人が多いことが印象的だった。
私はコペンハーゲン郊外でAirbnbで地元の人の家に滞在していた。私の質問に、家族のお父さんはポスターについて初めて疑問に思ったらしく、「あさきに聞かれてから次の日、会社の同僚たちと話したんだ!『確かに、言われてみれば変かも!』って、すごく盛り上がったよ!」と面白がっていた。
デンマークに在住する現地の記者も、「あまりに当たり前で考えたことがなかった。言われてみると、確かにあれは記事のネタになる」と、国際プレス連盟の代表クラウスさんも言っていた。慣れすぎた日常では疑問さえ感じなくなる、典型的な例だ。
もうひとつ、気になることがある。あの大量のポスターは、「プラスチック製」だ。
ほんの一部はカーボンを使っていたが、どう見ても9割以上はプラスチック、木やフェンスにポスターを取り付けるための道具もプラスチックだ。
デンマークといえば、環境意識がとても高い国のはずなのだが、この矛盾はなんだろう?
出馬するカスパール・ノールボルグ・キアさん(社会主義人民党)と ダニー・マルコヴスキさん(自由同盟)は、自転車乗りをターゲットに選挙活動をしていた。
「そうです。ポスターはプラスチック製。環境にいいとはいえないが、無名の新人政治家の顔を市民に覚えてもらうには仕方がない」と二人は話す。
デンマーク版の「緑の党」といわれている「オルタナティブ」政党のニエルセンさん。ポスターが何で作られているか考えたことがなかったそうだ。
私からの質問で政党に問い合わせ、「残念ながら、プラスチックだということが分かりました」と返事がきた。「でも、ポスターは再利用します!」とのこと。再利用すればいいという考え方なら、世界でプラスチック廃止の動きにはならないと思うのだが。
デンマークのポリティッケン紙6日付けには、「デンマークの政治家のコミュニケーション方法は若者に素通りされている」ともコラムが記されていた。
若者がスマホやSNSを使い、プラスチックを減らそうという議論が活発になる現代。街の通りにあるデンマークのプラスチックポスター文化にも、いずれ変化の年が訪れるのかもしれない。