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『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 トランプ氏が反対するもの全てがここに

シネマニア・リポート
『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』より © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』より © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

ニューヨークを訪れたことのある人は、マンハッタン中心部にあるブライアント・パークの東側、42丁目と5番街の交差する場所に、1対の獅子像に守られるようにそびえる大理石の建物を見たことがあるかもしれない。本や資料、映像など世界有数の収蔵数を誇るニューヨーク公共図書館の本館。数々の分館など計92館から成る知の殿堂だ。ニューヨーク市の出資と民間の寄付で運営、市内に住むか勤務する人なら誰でも会員になって原則無料で利用できる。開かれた図書館らしく、本館正面の階段に人々が座り込んでくつろいだり、昼時にはランチを食べたりしている。人気ドラマシリーズの映画版『セックス・アンド・ザ・シティ』で主人公キャリーが結婚式を計画したことでも知られる。

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』より © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

この図書館の内部にカメラを入れ、彼らが日々繰り出す文字通りさまざまな取り組みから舞台裏の議論までつまびらかにしたのが『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』だ。3時間以上の長尺ながら、見始めると、「え、図書館ってこんなところだったの?!」という驚きとともに、ぐいぐい引き込まれていく。

フレデリック・ワイズマン監督 © John Ewing

移民への英語講座からホームレスの住宅問題の議論、子どもたちの課外授業、ネット環境のない人たちへの機器の貸し出し、アフリカ系の描かれ方についての講義、高齢者住民のダンス講座……。映画には出てこないが、起業する人たちや芸術家のための資料や映像もふんだんにある。菅谷明子氏著『未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告―(岩波新書)』によると、世界初のゼロックスのコピー機はチェスター・カールソン氏がここに通って見つけた文献をもとに生まれたし、図書館で連日バレエの動画を見ていた移民男性は、のちにニューヨーク・シティ・バレエ団の専属振付師になったという。Libraryを「図書館」とだけ和訳することの限界とともに、彼我の差と羨望を感じる。

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』より © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

ワイズマン監督はボストン在住。イェール大学ロースクールを出て教鞭を取りながら、学生の校外見学のため精神障害犯罪者の刑務所を訪ねた経験をもとに初監督作『チチカット・フォーリーズ』(1967年)を撮った。地元で上映禁止となったこの第1作以来、アメリカ社会を記録しえぐり出す作品を毎年のように世に送り、ドキュメンタリー作家としての地位を築いてきた。それでもニューヨーク公共図書館との出会いは、意外と遅い。「2015年、トニー・マークス館長兼最高経営責任者(CEO)に撮影許可をもらいに行ったのが初めてだったんじゃないかな。それまでは行ったことがなかった」

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』より © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

「撮影前のリサーチはしない。私の場合、撮影自体がリサーチだ」というのがワイズマン監督の姿勢と手法だ。「図書館はアメリカ社会にとって重要な施設。中でもニューヨーク公共図書館は、世界で最も優れた図書館のひとつ」という思いは、今作のきっかけのひとつではあったが、撮影開始に「さほど大きな理由があったとは思わない」という。

フレデリック・ワイズマン監督=米ボストンの事務所

ところが撮影を始めると、「この図書館は広大。彼らから説明を受け、圧倒されるような感銘を受けた」とワイズマン監督。「彼らは今ある知識を、誰もが利用できるようにしている。本を貸すだけでなく、コミュニティーの主要な教育機関となっていて、教育や、民主主義の考え方を推し進める存在となっている。今何が起きているか人々に理解してもらい、知的な選択ができるようにしている」

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』より © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

ワイズマン監督は、ある人からこう言われたという。「図書館は民主主義のための偉大なる機関。恐らく、ある状況において最も民主的なのではないか」。ワイズマン監督は撮影を進めるにつれ、その言葉にますます頷いた。「図書館は誰もが利用できるし、社会のどんな階層の人たちもやって来る。非常にお金のある人たちもいれば、とても貧しい人たちも、また中間層もみんな、秩序を乱したりしない限り、この図書館を活用している。そのうえ司書も、誰しもに平等に接するよう訓練されている。金持ちだからって特別な注意が払われることはないし、貧しいからといって注意を払われないこともない」

撮影を始めたのは2015年秋。トランプ氏が大統領選への立候補を表明した後ではあるが、まだ米国内も世界中も多くが「まさか勝たないだろう」と考えていた時期だ。それがこの映画を完成させた2日後に、トランプ氏の大統領就任が決まったという。

フレデリック・ワイズマン監督=米ボストンの事務所

「撮影するにつれてわかったことだが、この図書館は、トランプ大統領が反対するすべての価値観を体現している。オープンさや民主主義、理解、学び、教育、あらゆる人種や民族、ジェンダーへの寛容を表している。この映画は暗示的に、トランプが異議を唱えるすべてを表すこととなった」

そうしてこの映画がある意味、政治的になったということか。「気づかないうちにね。図書館が表すすべての価値観の重要性が今、脅かされているからね」

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』より © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

ただ、当のトランプ大統領はなお高い支持率を享受している。「ニューヨーク公共図書館は、ただ自分たちができることをしているのだと思う。映画でも描いたように、この図書館の役割は、教育とアーカイブだ。ここで働く人たちは献身と使命感を持っている。他者を助けるために自分たちはいるのだと自覚し、実践している」

フレデリック・ワイズマン監督=米ボストンの事務所

結果として、分断するアメリカをある意味で統合しようという役割も果たしている。「そう。あらゆる人にオープンであるというのは、新たな移民にアメリカでの暮らしに溶け込んでもらう一つの方法だ。意欲的に大望を持ちながらも貧しい人たちが、新たに仕事を始めてよりよい職に就く機会を得られるよう、教育を進める方法は常にある」

ワイズマン監督自身、ロシア生まれのユダヤ系移民の父を持つ。それだけに、この映画でも移民やマイノリティーの視点がおのずと浮かび上がってくる。

フレデリック・ワイズマン監督の事務所=米ボストン

日本でも、地域の図書館が子どもたちや外国人向けのプログラムを工夫し提供したりしているが、多くは限られた予算の中で腐心。非正規が目立つ司書の待遇も問題になっている。そもそも日本は公文書をはじめ、記録の管理自体が危うくなっている。

ニューヨーク公共図書館も市の予算削減策に直面し、『セックス・アンド・ザ・シティ』で主人公キャリーを演じた俳優サラ・ジェシカ・パーカー氏(54)らが反対の署名運動に加わっている。だが、民間からの多額の寄付を含め、日本からはやはりうらやましく感じる。ワイズマン監督は言った。「日本にもし似たような図書館がないのであれば、まずこの映画を見て、映画で取り上げたいくつかのプログラムの導入を考えてみてほしい。日米で状況は違うと思う。でもいくつかは、日本の図書館にも適合するかもしれないから」