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進む脱化石燃料、では失われる雇用はどうする? 高まる「公正な移行」の訴え

Behind the News ニュースの深層 更新日: 公開日:
黄色いベスト運動で気勢を上げる人たち=2019年1月、フランス西部アンジェ、石井徹撮影

フランスの反政府運動「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)」が、半年近くたっても終わらない。金持ち優遇政策に対する低所得者層や血気盛んな若者の反乱というイメージが強いが、元はといえば気候変動対策のための燃料税(炭素税)の引き上げがきっかけだった。

現在は二酸化炭素(CO2)の排出1トンあたり44.6ユーロ(約5600円)だが、これをさらに上げようとして騒ぎになった。日本の289円と比べると負担の大きさが分かる。だからと言って、デモの参加者の多くが温暖化対策に反対しているのかと言えば、そうでもない。

1月末にフランス西部の街アンジェでデモを取材した時、NGO代表の女性(33)は、こう話していた。「燃料税の税収のうち環境対策に使われるのは20%。私たち市民の税負担は重くて、環境を汚している大企業の負担は軽い。日本はカルロス・ゴーンを逮捕したのに、フランスには正義がない」。移行に伴うコストや痛みは、多くが納得できる公平なものでなければ、社会に混乱をもたらすことを示唆している。

■600万人の雇用減に目を向ける

昨年12月のCOP24では、パリ協定の実施にむけた運用ルールが採択された。

もう一つの重要なテーマが「公正な移行」だった。再生可能エネルギーの拡大など、温暖化対策によって打撃を受ける産業で働く人への悪影響を抑え、彼らの働き口を別の産業にうまく移行しようという考え方だ。

COP24が開かれたポーランド南部のカトビツェは、炭鉱地帯にある。かつてはドイツやオーストリアなどが石炭の所有権を争い、いまもいくつかの炭鉱が残る。ポーランドでは、石炭火力発電が電源の8割を占める。

だが、いまや石炭は目の敵にされている。パリ協定で合意した「産業革命前からの気温上昇を2度未満」にとどめるには、2070年ごろまでの「脱炭素」が必要だ。真っ先に退場を迫られているのが、CO2の排出が多い石炭である。

いまの世界を支える化石燃料からの離脱は、産業や経済の構造を根本から変える。移行がスムーズにいかず、不公平感が高まれば、フランスのような暴動も起きかねない。重要なのは「適切な仕事」の確保だろう。

COP24では、ポーランドから「連帯と公正な移行のためのシレジア宣言」が提示され、日本を含む約60の国や地域が署名した。パリ協定の実現には「適切な仕事」と「公正な移行」が必要で、そのための準備を国や地域社会、労使が一体となって、対話を通じて進めていく重要性をうたっている。

国際労働機関(ILO)は昨年5月、パリ協定の「2度未満」目標を追求することで、2030年までに2400万人の新たな雇用が生み出されるとの報告書を発表した。主な分野は、再生可能エネルギーや電気自動車、省エネルギー建築など。一方で、化石燃料分野などでは600万人の雇用が失われるとした。1800万人の純増になるが、仕事を失う人たちには厳しい。

温暖化防止に熱心で、「脱原発」を打ち出したドイツも、「脱石炭」には苦労している。質の悪い石炭である褐炭(リグナイト)の世界一の生産国で、通常の石炭を合わせると発電量の4割近くを占める。最大の問題は、労働者約3万5000人の雇用をどうするかだ。だが、業界、労働組合、NGO、地域などのステークホルダーからなる「石炭委員会」は今年1月、2038年までに石炭火力発電を全廃するという内容をまとめて政府に答申した。産炭地にはソフトランディングのための資金も投入される。約20年先と気の長い話だが、移行には時間がかかるのだ。

「解雇者は一人も出しませんでした」。2年ほど前、ノルトラインウェストファーレン(NRW)州にあるドイツで最後に残った坑内掘り炭鉱の二つのうち一つに入った時、広報担当者は誇らしげに言った。「炭鉱に将来性なし」と見込んだ経営側は、20年前から鉱山技師の養成をやめ、次の仕事のための職業訓練や転職指導を進めて、約8000人の労働者を段階的に減らしてきたという。

■見えぬ日本の姿勢

翻って日本はどうか。1982年に閉山した北海道夕張市の北炭夕張新鉱の閉山発表はわずか1カ月半前で、約2000人の従業員は全員解雇。97年に閉山した福岡県大牟田市の三井三池炭鉱も1カ月半前の通告で、1200人の全員が解雇された。限られた労使関係者以外には知らされず、多くの労働者や地域社会は蚊帳の外だった。その衝撃が地域社会に何をもたらしたのかは、各地の炭鉱地帯の没落ぶりを見れば分かる。

日本は電力の3割を輸入炭に頼り、2030年の電源構成でも石炭を26%と見積もっている。世界が「脱石炭」に向けて加速する中で、国内に多くの石炭火力発電の新設計画を持ち、途上国での建設に対する融資を続ける姿勢は海外から批判されている。それでも日本政府が真剣に動き出す気配はない。

炭鉱の閉山の時のように、政府や企業はある日突然、「今日から石炭火力発電を止める」と言うのではないか。そこには、崖が待っているように思えてならない。

日本政府は現在、6月に大阪市で開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議に向けて、パリ協定で求められている2050年までの長期戦略を策定中だ。案の中には「公正な移行」の項目が入り、国、地方自治体、企業が職業訓練や再就職支援などにとりくむ必要性をうたっている。これに、労働者や地域住民を加えたステークホルダー全体で、いますぐ対話を始めるべきだ。

時代を読み解く連載「ニュースの深層」は、月1回配信します。次回は6月4日(火)の予定です。