1. HOME
  2. World Now
  3. 中東におけるユニークな存在としてのカタール

中東におけるユニークな存在としてのカタール

国際ニュースの補助線
カタールの首都ドーハ

シリアで拘束されていたジャーナリストの安田さんが解放され、無事帰国されたことは大変喜ばしいことである。どのような交渉がなされたのか、解放された背景にはどのような事情があるのか、これから明らかになって行くであろうが、一つ注目すべきことは、今回の解放のプロセスでカタールが大きな役割を果たした点である。

カタールは世界最大の天然ガスの生産国であり、日本も天然ガスの多くをカタールから輸入しているので全く馴染みがないわけではないが、なぜカタールが人質解放で大きな役割を果たすのか、不思議に思うところもあるだろう。カタールは中東の中でもユニークな存在であり、そのユニークさが今回の解放につながったとも言えるので、少し解説しておきたい。

 湾岸諸国の中で独自路線を歩む

天然ガスに次いでカタールが知られるのはアルジャジーラの存在である。中東で初めて衛星放送を通じてアラブ世界から情報を発信し、これまでCNNBBCといった先進国メディアが独占的だったジャーナリズムの世界に大きな一石を投じた。このアルジャジーラは中東にありがちな、政府の発表をそのまま伝えるプロパガンダ機関のようになることなく、欧米のジャーナリズムの規範を基礎に独立した取材で他のアラブ諸国はもちろんカタール政府すらも批判するジャーナリズムを展開している。また、カタールは米軍の中東最大の空軍基地も提供しており、湾岸諸国の中でも独自外交を進めている国である。

外部から見るとペルシャ湾岸諸国はGCC(湾岸協力会議)の枠組みの下で、同じイスラム教スンニ派を主たる宗教とする国々であり、原油や天然ガスといった地下資源に依存した経済の国々(オマーンは若干異なるが)というイメージがあるだろう。クウェート、バーレーン、UAE、オマーン、カタールらの湾岸諸国は、世界最大の産油国であり、メッカとメディナというイスラム教の二大聖地の守護者であり、GCCの中では最大の軍事力を持つサウジアラビアのリーダーシップの下で一体となっているような印象がある。しかし、実態を見るとその限りではない。既に述べたようにカタールは欧米の規範を受け入れ、独自の外交を進める一方、オマーンはイランとの関係を維持し、中立的な立場を取っている。UAEはサウジとの関係が密接だが、クウェートとは若干の距離がある。

ムスリム同胞団との関係

このようにそれなりの多様性のある湾岸諸国の中でもカタールは突出してユニークな立場を取ってきた。その一つがムスリム同胞団との関係が良好という点である。ムスリム同胞団はエジプトで生まれた社会運動に源流があるが、アラブ諸国に広がりを持つ運動であり、大衆に向けた病院を運営したり、学校を経営するなど慈善事業を中心とした活動を行っている。

しかし、中東諸国では王族や独裁者による統治がなされており、それが大衆を抑圧しているということから政治的な活動も活発であり、体制転換を目指す運動でもある。イスラム過激派の思想的基盤となっているクトゥブなど生み出したこともあり、既存の体制からはテロ組織として指定されていることも多い。2011年の「アラブの春」ではエジプトで同胞団と関係の深いムルシー政権が誕生したが、その後クーデターによって政権が崩壊し、2013年からは軍出身のシーシが大統領となっている。

カタールの王族は、他のアラブ諸国とは異なり、ムスリム同胞団の活動に一定の理解を示し、支援してきた。それが結果としてカタールとイスラム過激派の間を結びつけるチャンネルともなっており、今回の解放劇につながっている。安田さんを拘束していた集団は旧ヌスラ戦線というアルカイダ系の過激派とも世俗派の反政府勢力とも言われ、カタールとどのような関係にある組織かはわからないが、湾岸諸国の中でも独自のルートを持つカタールが仲介役となったのはこのような背景があったからだと思われる。

イランとの関係

カタールの独自外交はイランとの関係にも表れている。湾岸諸国は主としてスンニ派であり、シーア派のイランとの関係は必ずしも良好とは言えないが、2016年にサウジがシーア派の聖職者を処刑したことをきっかけにイランでサウジアラビア大使館に放火する事件があり、それをきっかけにサウジとイランが国交断絶した。その際、バーレーンはイランと国交断絶し、UAEは外交関係を格下げしたのに対し、カタールは大使を召還したにとどまった。その後もカタールはイランとの関係を継続し、サウジとは一線を画した外交を行っている。

サウジで開かれた国際経済会議で登壇したムハンマド皇太子=2018年10月24日、リヤド、高野裕介撮影

サウジとの断交

カタールのユニークさは、GCCの盟主であるサウジアラビアから見れば目障りなものである。アルジャジーラはサウジの批判を繰り返し、イランとの関係は継続し、ムスリム同胞団には便宜を与えている。これらに腹を立てたサウジは20176月にカタールとの国交を断絶しただけでなく、カタール航空の航空機をサウジ領空内から閉め出し、サウジ・カタール国境を強化して経済封鎖を行った。カタールはサウジアラビア半島から突き出た半島であるため、陸上からの供給がなくなり、経済的に困窮するかと思われたが、イランとトルコが支援に乗り出し、カタールへの物資の供給は維持された。さらにトルコはカタールに軍隊を派遣し、サウジアラビアとの対立が激しくならないよう、紛争の抑止に一役買った。こうした状況にさらに不快感を示すサウジはカタールとの国境に運河を作り、半島ではなく島にしてしまうとまで宣言するほどサウジ・カタール関係は悪化している。

とはいえ、カタールはそれでもGCCから脱退することなく、欧米諸国とGCCが協議をする場ではカタールも参加しているし、GCCの会議にも出席している。国交を断絶しながらも国際機関で顔を合わせることは珍しくないが、サウジもGCCから追い出すというところまではカタールを追い詰めていないということでもある。

カタール・トルコ関係

サウジとの断交を契機に、カタールはトルコとの関係を非常に深くしている。

2018年にトルコがアメリカから経済制裁を受けたことをきっかけに、トルコの通貨であるリラが暴落した時もカタールがトルコに融資することで危機を一段落させるなど、両国の関係は非常に良好である。そのトルコのイスタンブールで今回サウジのジャーナリストであるハーショグジー(カショギと表記されることが多い)氏が殺害され、トルコ政府はサウジ政府との関係を慎重に見極めつつも、メディアには捜査情報をリークし、それが世界に広まり、サウジの国際的な立場は極めて悪いものになった。

そうしたカタールとトルコが連携する形で、今回安田さんを解放する交渉が進んだというのも興味深い点である。カタールが持つ過激派とのパイプに加え、安田さんを拘束していたと見られるシリアの反政府武装勢力に対してトルコは一定の影響力を持つ。というのも、トルコはクルド系民族との対立を抱えており、シリア北部における反政府勢力と戦っているのはアサド政権ではなくクルド勢力だからである。そのため、トルコは反政府勢力を支援する形になっていたが、それがカタールと連携することで、安田さん解放の交渉が進んだものと考えられる。

カタールを主役に押し上げたムハンマド皇太子

サウジがイランやカタールと国交断絶したのは、サウジのムハンマド皇太子が主導した政策と見られている。ムハンマド皇太子は30歳の若さで国防大臣や王宮府長官となり、実質的なサウジの権力者に君臨し、イエメン内戦への介入やイランとの対立関係を推し進めてきた。アルジャジーラを「プロパガンダ機関」と呼び、ムスリム同胞団を「テロ組織」と見なすムハンマド皇太子はカタールの独自の外交政策が気に入らず、それが断交につながったと思われる。このムハンマド皇太子がイスタンブールでのハーショグジー氏殺害にもかかわった可能性があるということで、ムハンマド皇太子主催の「未来投資イニシアチブ」(通称「砂漠のダボス会議」)への欧米諸国からの参加辞退が続いたことは記憶に新しい。

こうしたムハンマド皇太子が国際的非難を浴びる中、これまでムハンマド皇太子に批判されてきたカタールが安田さん解放で中心的な役割を果たし、日本に対して恩を売ると共に、中東における存在感を高める結果になったのは皮肉ではあるが、同時に様々な力関係が入り乱れる中東において、こうした主役の交代劇はむしろ当たり前なのかもしれない。