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シャチの赤ちゃん、絶滅の危機から群れを救えるか

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サザン・レジデンツの群れに生まれたシャチの赤ちゃんL124=Melisa Pinnow,Center for Whale Research via The New York Times/©2019 The New York Times。群れの頭数が減り続けているだけに、希望の灯にもなっている
サザン・レジデンツの群れに生まれたシャチの赤ちゃんL124=Melisa Pinnow,Center for Whale Research via The New York Times/©2019 The New York Times。群れの頭数が減り続けているだけに、希望の灯にもなっている

米北西部の太平洋につながる海で、シャチの赤ちゃんが生まれた。2019年に入って確認され、今のところ、元気いっぱいに泳いでいる。

この群れでは、もう何年も赤ちゃんが育たずに死んでいる。1990年代半ばには全体で100頭近くもいたのに、今では75頭にまで減った。だから、ちゃんと育てば、群れにとっては救いの命綱になる存在なのだ。

赤ちゃんの名前は、L124。正確には識別番号だ。群れは「サザン・レジデンツ(Southern Residents)」と呼ばれる。その減少の原因は、主食としているキングサーモンが減ってしまったことが大きい。海の汚染と船舶が出す騒音も、これに拍車をかけているようだ。

群れでは、15年以降は赤ちゃんが生殖能力を持つようになるまで育ったことがない。だから、研究者たちは、L124を祈るような気持ちで見守っている。

「生育の見通しがよければよいのだが、現状はあまり芳しくはない」。米ワシントン州を本拠とする非営利団体「鯨類研究センター(Center for Whale Research)」の生物学者メリサ・ピノーはこう心配する。「この3年間で生まれた赤ちゃんはすべて死に、流産もいくつかあった」

この群れでは、生まれてすぐに死んだわが子を母シャチ(識別番号J35)が17日間も頭で押すなどして移動し、片時も離さずにいたニュースが18年に世界中をかけめぐったことがある。深い悲しみを表した異例の行動とされた。

L124の発見は、ピノーが19年1月10日にワシントン州最大の都市シアトルのニュースを見ていたことがきっかけとなった。シャチの映像に小さな個体が映っているような気がした。早速、夜明けとともに他の3人の研究者と船で調べにでかけた。ピュージェット湾を進み、湾の北端から先につながるアドミラルティ入り江に入った。すると、家族とともに泳ぐ赤ちゃんシャチがいた。

「普通の赤ちゃんで、母親やおじさん、お姉さんとたわむれていた」とピノーは語る。生後、少なくとも3週間はたっているようだった。

このときに一緒に調査に出た生物学者デービッド・エリフリットによると、L124の性別はまだ分かっていない。「願わくば、メスであってほしい。出産可能なメスが、もっといないといけないんだ。なんとか、元気に大きくなってもらいたい」

地球上で最も強い肉食動物の一つであるシャチは、世界中の海に分布している。健全な群れもある。しかし、そうでないものもある。とくに、サザン・レジデンツのように工業化が進んだ地域の近くにすむ群れに、それが目立つ。生息環境の悪化が著しいからだ。ポリ塩化ビフェニール(PCB)が、シャチの脂肪から検出されており、こうした毒物が母から子に受け継がれているとも考えられている。

サザン・レジデンツは、さらに小さな三つの群れに分かれている。J、KとLだ。シャチは互いに意思疎通を図るのに「コール」と呼ばれる音を使っており、J、K、Lのコールにはそれぞれ独自の「方言」がある。L124は、35頭からなるLに属している。

群れは母系社会で、祖母にあたるシャチが娘とその子供たちを束ねている。人間と同じように、メスのシャチには更年期があり、閉経すると、娘たちの子育てを手伝うようになることが多い。

シャチには社交性があり、遊ぶこともしばしばある。もっとも、それだけの余裕があればのことで、Lの仲間たちは最近はエサ探しの時間が増えてしまったようだ。

ただし、L124が確認された時期は、群れにはゆとりが見られた。(訳注=頭部を海面に出し、あたりを見渡すようにする)スパイホッピングや胸びれたたき、さらには側転も。

それだけでなく、三つの群れが同じところに集まる珍しい光景も見られた。とはいえ、数十年前までのようにみんなではしゃぎ回ることもなく、ピノーに言わせると、いささか面白みに欠ける集まりのままに終わってしまった。

あのJ35の姿もあった。少し落ち込んでいるようにも見えたが、元気そうだった。かわいそうなのは、今度は母親のJ17の最期が近そうなことだった。腹をすかせている様子で、見るからに弱々しかった。

家族の絆が強い集団だけに、次の世代の問題が重くのしかかっているのでは、とエリフリットは思う。

「すごく小さな町に住んでいて、なぜ生まれた子供がみな死んでしまうのか、誰にも分からない。互いによく知っている住民たちが、早すぎる死と何度も繰り返し向き合わねばならない。群れは、そんなつらい状況にあるのではないか」とエリフリットは推測する。だから、L124の誕生は、「一点の明るい輝きに違いない」。

このシャチの群れを絶滅の危機から救うには、複雑で多様な取り組みが必要となる。ワシントン州知事のジェイ・インスリーは18年に特別チームを立ち上げ、エサのサケを増やし、化学物質による汚染や騒音を減らすにはどうすればよいかを報告させた。

ピノーには、思い切った対策が必要に思えてならない。(訳注=サケの遡上<そじょう>を拒む)ダムを壊す。(訳注=シャチのエサを奪い、環境汚染の源にもなる)サケのいけす養殖を禁じる。そもそも、サケの消費を人間が抑える。 「絶滅してしまうまで、時間を無為に費やすようなことは、もうできない」と言うのだ。(抄訳)

(Jacey Fortin)©2019 The New York Times

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