■「新しいシルク時代の到来」
繭をゆでる生臭い湯気と、糸を紡ぐ機械音のなかで、女性たちは慣れた手つきで仕事をしていた。かつてシルクロードの要衝として栄えたウズベキスタンの古都ブハラにある製糸工場。社長のバフティヨル・ジュラエフ(39)は「忙しくて休みもなくなったが、新しいシルクの時代の到来だ」と笑顔で語った。
実は、ウズベキスタンは1000年を超える養蚕の歴史を持つ。ソ連時代は周辺国に繭や生糸を輸出していた。しかしソ連が崩壊し、独立すると政府の買い上げがなくなった。経済も停滞、中国産が台頭して養蚕業は衰退した。約90年前に創業したジュラエフの会社も、この20年間に2度の倒産を経験した。
養蚕・絹産業の復活を試みた政府は、2009年から本格的に日本の技術的支援を受け始めた。さらに、経済改革を掲げて16年に就任した大統領ミルジヨエフ(61)が絹産業の振興方針を示したことが追い風になった。
ジュラエフの会社は国内最大規模の製糸会社に成長。絹織物も生産して海外にも積極的に売り込み、また工場横では「シルクロード」と名付けたレストランも経営してフロアに設けたランウェーでモデルが自社製の服を披露するファッションショーも開く。
従業員女性(39)は「給料が増え、夫は出稼ぎに行かなくても済むようになった」と話した。
世界の生糸生産は1位の中国が約8割を占めるが、近年は人件費の高騰もあって頭打ちに。ウズベキスタンの生産量は1%足らずだが、インドに次いで世界3位につける。シルク産業協会によると、絹織物の生産は17年から21年までに9倍増となる見込みだ。昨年9月、伝統的な意匠をモチーフにした絹ドレスの展示会をパリなど欧州で開催したところ、フランスやイタリアなどのブランドが関心を示した。
■新大統領が走る開放路線 観光も活性化
1991年の独立以来、大統領職にあったカリモフが2016年に78歳で死去。後継のミルジヨエフは孤立主義的な外交、経済政策の転換に着手した。
ウズベキスタン出身で中央アジアの政治に詳しい筑波大大学院准教授のティムール・ダダバエフ(43)は「ミルジヨエフは改革を進めて、ウズベキスタンを国際物流における中央アジアの中心に位置づけたい考えだ。経済が活性化すれば、ウズベキスタンの地域大国としての地位も高まる」との見方を示した。
開放で観光も活性化している。昨年2月、日本や韓国など7カ国の観光客について30日以内の滞在であればビザ不要にした。7月には101カ国に対し、5日間のビザなし滞在を認める大統領令を出した。中央アジアの中でも世界遺産をはじめ見どころが多く、「インスタ映えする」と日本からの若い観光客も急増、前年比50%近い伸びだという。
ウズベキスタンへの世界からの観光客は17年は23万人だったが、政府は30年には100万人に引き上げることを目指している。外貨収入増が見込まれる一方、宿泊施設や移動手段など関連するインフラはまだ不十分だ。タシケントにある旅行会社の社長(45)は「ホテルが足りないし、ガイドが忙しくなって確保しにくくなった」と話した。
■「ロシアは警察官、中国は銀行員」
隣国カザフスタンの政治評論家、ドスム・サトパエフ(44)は「中央アジアは地域としてまとまる意識が希薄だったが、最大の人口を擁するウズベキスタンの改革で一体感が芽生え始めている」と話す。
とはいえ、旧ソ連時代から強固な関係を持つロシアの中央アジアに対する軍事的・戦略的な「既得権益」への関心は高い。一方、経済的な中国のプレゼンスは日に日に高まっている。カザフスタン戦略研究所の元所長で現在は国営放送局理事長のエルラン・カリン(42)は両国を「中央アジアにとってロシアは警察官、中国は銀行員」と表現した。