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強化と成長、中国のネット検閲ビジネス最新事情

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
Jialun Deng via The New York Times/©2019 The New York Times

リー・チョンチーが初めてプロの検閲者としての仕事に就いた時は習得すべきことがたくさんあった。

中国の若者の多くがそうであるように、大学を出たばかりの24歳のリーは1989年の天安門事件(訳注=民主化を求めて北京の天安門広場に結集した大学生らを、政府当局が武力で弾圧した事件)についてほとんど知らなかった。ノーベル平和賞の受賞者で2017年に事実上、獄死した中国で最も著名な反体制活動家だった劉暁波(リウ・シアオポー)については、聞いたことすらなかった。

研修を受けた現在、リーは何を探し、何を封じ込めるかを理解している。中国のメディア企業のためにオンラインコンテンツ(online content=インターネット上の情報)を何時間も調べ、政府の怒りをかう可能性があるコンテンツを見つけ出すのだ。彼は、中国の指導者やスキャンダルを遠回しな表現で言及するコードワード(code word=婉曲<えんきょく>語)や政府が人びとに読まれたくないテーマに触れるミーム(meme=画像に文字などを加えて表現するオンラインコンテンツ)を見つけ出す方法を知っている。

顔に若者特有のニキビの痕が残るリーだが、仕事には真剣に取り組んでいる。「この仕事はネット環境の浄化に役立つ」と言うのだ。

中国の企業にとって、政府の検閲の安全圏内に留まっていることは死活にかかわるほど重大である。政府当局は、メディア企業に対しそれぞれ検閲をするよう要求し、コンテンツを見張る要員を何千人も雇うことを求めている。

その結果、成長産業でうまみのある新分野が作り出されたのだ。検閲作業場である。

リーが働いているのは北京に拠点を置く技術サービス会社「ビヨンドソフト(Beyondsoft=博彦科技)」社。同社は他の企業のための検閲業務も請け負っている。彼の職場は成都にあるオフィスだ。そこはハイテク産業地域の中枢で、北京や深セン(土ヘンに川)のような先端技術の中心地にある、潤沢な資金を持つスタートアップ企業のオフィス並みに明るくてとても新しい。最近、移ってきた。以前のオフィスは従業員が最高の仕事をするには狭すぎるとの顧客側からの不満があったからだ。

「ひとつでも見逃せば、重大な政治的間違いを招きかねない」とビヨンドソフト社のヤン・シアオは言う。コンテンツの検閲も行うネットサービス業務部門の代表だ(同社は、秘密を守る必要があるとして、どのメディアないしオンライン企業の仕事を請け負っているかは明かさなかった)。

中国は、世界で最も大規模かつ高度なオンライン検閲システムを構築してきた。それは国家主席の習近平の下でより強化されている。彼は、中国共産党による社会の支配を一段と強固にするためにネットが大きな役割を果たすことを望んでいるのだ。ますます多くのコンテンツが慎重に取り扱われるよう求められている。処罰はいっそう厳しくなっている。

リーたち従業員は最先端の取り組みをしている。8億人以上もいる中国のインターネットユーザーが毎日閲覧するコンテンツを監督しているのだ。

ビヨンドソフト社は同社のコンテンツ検閲作業場で働くリーのような従業員を4千人超も雇っている。2016年時点では600人ほどだったのが、膨れ上がった。彼らは昼夜を徹してオンラインコンテンツを監視し検閲する仕事に就いている。

「我々の会社はデータ業界におけるフォックスコン(Foxconn)だ」。ヤンは、ビヨンドソフト社を、iPhoneなどアップルの製品の生産を請け負っている世界最大の電子機器受託メーカーのフォックスコン(訳注=中国名は鴻海科技集団で、本社を台湾に置く)になぞらえてみせた。

多くのオンラインメディア企業はそれぞれ社内にコンテンツを調べるチームを抱えている。その業務を担当する従業員は数千人規模になるケースもある。各社はAI(人工知能)に業務をさせる方法を探っている。ある大手オンラインメディア企業のAI研究室長は、敏感な問題であることを理由に匿名を希望したうえで、同社は120の機械学習モデルを持っていることを明かした。

しかしながら、成否にはムラがある。ユーザーは簡単にアルゴリズムをだませるからだ。

「AIを組み込んだ機械には高度な処理能力があるけれど、人間の頭脳ほど賢くない」とリー。「コンテンツを調べている時、多くのことを見逃してしまう」と言うのだ。

ビヨンドソフト社は成都で160人のチームが1日4交代制で業務に就き、ニュースまとめアプリの政治的に問題になりそうなコンテンツを検閲している。

同社は中国西部の西安にもチームを持っており、そこでは同じニュースまとめアプリ上の低俗ないし下品なコンテンツを検閲している。中国のネットには、他の国々と同様に、多くのユーザーが不快に感じるようなポルノなどのコンテンツが大量に出回っている。

成都にあるビヨンドソフト社のオフィスでは、従業員たちは廊下のロッカーにスマホをしまっておかなければならない。パソコン画面のスクリーンショットなど、どんな情報であれ抜き取ることはできない。

従業員のほとんどが大学卒の20代。政治問題はあまり気に留めていないか、無関心だ。中国では、親や教師の多くは政治問題に関心を持つと面倒なことになると若者たちに言っている。

それを克服するため、ヤンとその仲間は高度な研修システムを開発した。

新人の従業員は1週間の「理論」学習からスタートする。この間に、新人たちが知らなかった敏感な情報を先輩の従業員たちが教えるのだ。

「私の事務室は大きな研修室に隣接している」とヤン。「『アー、アー、アー』といった驚きの声がちょくちょく聞こえてくる」と言う。

「新人たちは6月4日といったようなことについて知らない」。ヤンは1989年の天安門事件を引き合いに、「彼らはほんとうに知らないのだ」と指摘した。

ビヨンドソフト社は、ヤンが「コアコンピタンス(core competencies=競合他社を圧倒的に上回るレベルの能力)」と呼ぶ情報をもとにした広範囲のデータベースを開発した。また、検閲を逃れるソフトを使って、中国政府がブロックしている反革命サイトにも定期的にアクセスしている。そうして、データベースの最新化を図る。

新人従業員たちはあたかも大学入試の準備をするかのようにしてデータベースを学習するのだ。2週間後には、テストに合格しなくてはならない。

いずれのパソコンにも同じスクリーンセーバーが使われている。中国共産党の最高指導部である政治局常務委員会の現メンバーおよび歴代メンバーの顔写真と名前が書かれたスクリーンセーバーだ。従業員たちはメンバーの顔を頭にたたき込んでおかなくてはならない。最高指導部の顔写真を掲載することが認められているのは、政府のサイトと特別に許可された政治ブログだけである。

従業員たちは勤務に就くとまず、顧客から送られてきた最新の検閲指示について説明を受ける。そうした指示は、顧客が政府の検閲官から受け取ったものだ。従業員たちは記憶テスト用に用意された約10件の質問に答える必要がある。テストの結果次第で給料が違ってくるのだ。

最近の金曜日に出された質問の一つは、次の名前のうち元首相の李鵬(リー・ポン)の娘はどれか、というもの。正解は李小琳(リー・シアオリン)。彼女は、ずっと以前から、高価なファッションの趣味がネットであざけりの対象になっており、高い地位に就いたり富を手に入れたりしている高級幹部の子弟の一人である。

ただし、これは比較的やさしい質問だ。難しいテストは、中国のネットユーザーたちが厳しい検閲の網をかいくぐって今日の問題を語る際に使う遠回しの表現を解析すること。 その一例を挙げると―――。香港のニュースサイトで、毛沢東以来の計6人の指導者を漢王朝の皇帝と比べた2017年の評論。中国のネットユーザーの間では、皇帝の名前を使って特定の指導者を指すケースが出始めているのだ。ビヨンドソフト社の従業員たちは、どの皇帝の名がどの指導者を指すのかを知る必要があるのだ。

また、誰も座っていない椅子の写真もある。それはノーベル平和賞受賞者の劉暁波を指す。彼は授賞式への出席を中国政府から認められなかったため、空席が彼のことを意味しているのだ。ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に言及することも禁じられている。

ビヨンドソフト社はウェブサイトを監視し、問題になりそうな単語を見つけ出してそれぞれ違ったカラーマークをつける。同社幹部によると、あるページがカラーマークでいっぱいになるようなら、通常は注意深く調べる必要がある。カラーマークが一つか二つなら、そのページはほぼ問題なしだ。
ビヨンドソフト社のサイトによると、オンラインコンテンツを監視している同社のサービスは「レインボーシールド(Rainbow Shield=虹の盾)」と呼ばれており、そこには取り扱いに慎重さを要する10万語以上の基本単語と300万語を超す派生語が集積されている。政治的に敏感な単語は全体の3分の1を占め、次いでポルノ、売春、ギャンブル、ナイフなどの関連語が続く。

同社のリー・チョンチーのような従業員の月給は350ドルから500ドルで、成都では平均的な金額だ。従業員はそれぞれ1回の勤務で1千点から2千点の記事を検閲することが期待されている。ニュースアプリにアップロードされた記事は、1時間以内に、受け付けるかはね付けるかしなければならない。ビヨンドソフト社の幹部のヤンによると、同社の従業員は、フォックスコンのような企業とは違って、正確さに支障をきたす可能性があるという理由から、長い超過勤務はしない。

リーは、最悪のミスはほとんどすべてが高級幹部関連だったと言っている。当局が認めていないサイト上に習近平の小さな写真が載っていたのを見逃したことがある。疲れていたためだ。いまでも彼は、そのミスを犯したことを悔やんでいる。

天安門事件のような事柄について学習したことを家族や友人に話すかどうか、リーに尋ねてみたところ、彼は強く否定した。

「そうした情報は部外者が知るべきことではない」とリーは言うのだ。「ひとたび多くの人が知れば、うわさを生むことになる」

しかし、その事件は歴史的な事実であり、うわさではない。そこを、どう折り合いをつけるのか。
「いくつかの物事については……」とリー。「人はただルールに従わなければならないのだ」(抄訳)

(Li Yuan)©2019 The New York Times

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