ルネ・ビビ(41)の髪には、決まる日と決まらない日の波があった。
決まれば、通りを歩いていて、呼び止められることも。「その短いカール、とても素敵!」
決まらなければ、「まるで、タンポポの綿毛」と自分でも思った。
米アリゾナ州南部のトゥーソンに住むグラフィックデザイナー。家系は人種が入り交じっており、「自分の髪は硬いけれど、普通の黒髪の硬さとも違う」と話す。
その「決まる日」をできるだけ多くしようと、もう何年も何百ドルと注ぎ込んできた。そして、ついに6カ月前にぴったりのコンディショナーを見つけた。「プローズ」という新しい会社のカスタマイズ製品で、1本25ドルだった(ビビは、シャンプーは使わない)。
「初めての日に、シャワーからあがると、もう髪にカールがかかっていた」とビビ。それまでは、カールをかけ直すのに手間がかかった。「これで、10分は節約できるようになった」
プローズは、ニューヨーク・ブルックリンに本社を構え、設立人には仏化粧品大手ロレアルの元幹部も名を連ねる。2019年1月に、設立1周年を迎える。
参入したのは、カスタム・ヘアケアという化粧品界の最もホットな分野の一つ。一定の質問に答えてもらい、人工知能を活用した調合アルゴリズムでその人に最適な製品に仕上げる。これでメキメキと業績を伸ばし、最も成功を収めたスタートアップの一つになった。これまでに11万本の製品を出荷。設立1周年までに、毎月100万ドルの売り上げを目指す。18年11月には、1800万ドルの新たな資金調達に成功したと発表している。
別の米スタートアップ、ファンクションオブビューティーは、4年前に設立された。最高経営責任者(CEO)のザヒール・ドゥーサによると、独自の質問表と調合アルゴリズムでカスタマイズした製品100万本をこれまでに売り上げている(ドゥーサは名門マサチューセッツ工科大学で腕を磨いたコンピューターの専門家。工場には特注の機器が並び、米映画に出てくる夢の工場のようでもある。製品の価格は、8オンスのシャンプーとコンディショナーのセットで36ドルから始まる)。
競争は、さらに激しくなりそうだ。最大手の一つシュワルツコフは、日本でカスタム製品づくりのトライアルに乗り出している(米国で発売する計画もある)。美容サロンでのカスタム化の過程では、髪の分子構造を検知できる携帯型の赤外線センサーも使われ、髪の吸湿性を分析する。こうして得られた各種データをもとに、店内に置かれた超高級コーヒーメーカーのような形の機械が、50秒で製品を仕上げる。次回用に、バーコードも付いてくる。
カスタム・ヘアケアは、髪の色合いの維持など、その使途にあわせて様々な製品をあらかじめ用意していたこれまでのやり方とは違う。使う素材を組み合わせることで、その人に必要とされるすべてを備えたシャンプーやコンディショナー、ヘアマスクを個々人専用につくるという発想だ。
プローズの場合は、郵便番号をもとに地域の特性に合わせる工夫もしている。外が寒いため、暖かな室内で過ごす時間がかなり長いと思われる場合は、静電気対策に役立つ素材を加えるといった具合だ。
「あなたが抱えるすべての問題に取り組むようにしている」。CEOのアルノー・プラスは、ブルックリンと川をはさんだマンハッタンの会議室でこう語った。ココナツやミントなど、髪によいとされる素材のイラストに囲まれながら、「あなたにとっての最適性を妥協せずに求める」と言い切った(そのために、素材同士が効果を相殺させてしまう組み合わせもチェックしている)。
とはいえ、効果に懐疑的な見方をする向きがあるのも確かだ。ボストンにあるマサチューセッツ総合病院(訳注=ハーバード大学の関連医療機関)で毛髪研究部門を率いる皮膚科専門医マリアン・セナは、普通のシャンプーやコンディショナーとカスタム製品との違いがそんなに大きいものなのか、首をかしげる。
「効能がはっきりと分かっているものもいくつかあるが、根拠不明なものがいっぱい使われている」。こう指摘するセナは、患者の髪があまりにあぶらっぽい場合やフケ症、アレルギーといった症状がない限り、特定の製品は薦めないようにしている。人はもともと千差万別なので、自分にあったものをまず探しなさいと最初に助言するようにしている。
化粧品化学の専門家ペリー・ロマノフスキーは、「売り込みを図るマーケティング戦術に過ぎない」と辛辣(しんらつ)だ。製品に業者側の言う通りの効能があるのかを科学者がチェックするサイト「thebeautybrains.com」を立ち上げている。
最も売れているベスト10のシャンプーとコンディショナーの目隠しテストをしたことがある。家庭で使ってもらい、集計すると、老舗ブランドの「パンテーン」が1位になった。
さらに、高価なシャンプーが安いものより効果があるわけではないことも判明した。ただし、コンディショナーについては、「VO5」や「Suave」のような高額品が、格安品よりよく効くという結果も出た。滋養効果のある成分が多く、その複合効果も表れていたからだ。
それでも、「どんな超高価な製品だって、パンテーンよりいいわけではない」とロマノフスキーは明言する。
ただし、ややこしい問題もある。製品の良しあしに大きく影響する香りだ。効果は、目には見えない(アレルギー症状でも起きない限り)が、ファンクションオブビューティーでは当初、調合アルゴリズムよりも多くの時間を香りの微調整に割いたほどだった。
「思っていた以上に香りを気にする人が多く、驚いた」とCEOのドゥーサは振り返る。会社の設立当時は頭をそっていたが、今は製品を自分で試せるようにヘアスタイルをマンバンにしている。「消費者は香りが合わないと、製品も正当に評価してくれなくなる」
プローズの肌に潤いを与えるタイプのシャンプーには、かんきつ類の香りを選ぶ項目がない。CEOのプラスは、消費者がこのにおいを油汚れの除去剤と結びつけてしまうことをロレアルにいたときに学んでいた。「まったく同じものを別の香りで出すと、素晴らしいと評価されるのだから」と肩をすくめる。
消費者が選択しようと思っても難しいことは、他にも(まだしばらくは)ある。アレルギーや過敏症が出るのを防ぐため、特定の成分を排除するときだ(ファンクションオブビューティーは、動物性の素材を一切使わず、グルテンも除去している。プローズも、同様の選択肢を用意している。両社ともに、特定の成分を避けるようにすることはできるが、サービスセンターにわざわざ連絡せねばならない)。
カリフォルニア州リムーアのアスレチックトレーナー、レーシー・ハリス(35)には、ココナツ油アレルギーがある。このため、関連成分を含んでいたファンクションオブビューティーの製品をやめ、プローズに切り替えた。幸運にも、アレルギー成分のないシャンプーとコンディショナーのセットが送られてきた。
ハリスが、その効果に気づいたのは、夫とバックパック旅行に出かけたときのことだった。二人で一緒に使おうと、かつて使っていたダヴの製品だけを持って行ったが、髪のボリューム感とウェーブのかかり方が一変した。
「早く自分のカスタムシャンプーを使いたくて、帰宅するのが待ち遠しかったこと!」(抄訳)
(Courtney Rubin)©2018 The New York Times
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