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悩ましきものはクリスマスの宴 手間ひまかけても割に合わず?

マイケル・ブースの世界を食べる
Photo:Reina Kitamura
Photo:Reina Kitamura

欧州や米国、他の多くの土地でも、クリスマスの食事というのは、一年で最も重要な集まりだ。あまりにも多くの注目とお金がその一度の食事(24日の夜か25日の日中に食べられる)に費やされるが、相応のストレスやみじめさ、失望が伴う。だから1970年代に始まった日本の「伝統」、某大手フライドチキンを本当にうらやましく思ってきた。フライドポテト付きのさくさくチキンが入ったあの持ち帰り用のバケツ形容器は、とにかくシンプルに思える。神への冒涜といわれようが、シンプルだ。

伝統的なクリスマスディナーに関する最大の悩みの種は、手間のわりには報いが伴わないことへの深い落胆だ。一大プロジェクトゆえ、それなりの準備や大変な作業になる。さすがに割に合わないと思えてくる。この時期になると毎年、クリスマスの迎え方に関する新聞記事がいくつも出回る。どれもまるでアイガー北壁の登頂を目指そうと言わんばかりの意気込みに感じられる。なんでわざわざ、一日の終わりに、鳥一匹オーブンに突っ込んだり、野菜の皮をむいたりするのか。いつもの日曜となんら変わらない。

鳥の中でも、私たちが選ぶのは七面鳥と決まっている。一年のほかの時期には誰も積極的に探し求めないような鳥を、なぜ一年で一番大事な宴で使うのか。それに、焼くにしてもなぜ一つの巨大なかたまりのままなのか。飛行機に持ち込もうとでもしたら、間違いなく預けるように言われるだろう。

トリュフと卵あれば十分

我々には別のアプローチが必要だ。たとえば、これは休暇なんだと考えてみるとか。すると一番避けたいのは、余計な苦労やプレッシャーだ。それにキリスト教徒でなくても、特に信仰を持たなくても、暗さや寒さを吹き飛ばし、季節のなかで最も気の滅入る変わり目の時期を記念し、真冬にちょっとした贅沢をしようという気はおそらくまだあるだろう。

何も、未来永劫、伝統を放棄せよと言っているわけではない。本当にフライドチキンを25日の食卓に出したりしたら、私の家族は暴動を起こすだろう。それなら、2~3年ごとに交互にしてみてはどうだろう?

七面鳥とその付け合わせの代わりではなく、それでいて一年おきに楽しみにできるような、クリスマスシーズンの食事をここに提案してみたい。

毎月読んでくれる読者諸氏はご存じのとおり、トリュフは私の大好物だ。12月はまさに旬。オーガニックの七面鳥に大枚をはたくくらいなら(それでも結局はアステカのミイラみたいな歯ごたえになるのがオチ)、信頼できる業者から二つか三つくらいの黒トリュフを買えばよい。

2、3日後、ほかの誰もが七面鳥の調理にどのくらいかかるか、どうすれば干からびさせずに作れるかなどと心配し始める頃、私たちがやるべき準備はトリュフと卵二つを密閉袋に入れて、人数分おいておくだけ。クリスマス当日にはその卵で香り高いオムレツをつくり、トリュフをちらせば完成だ。

あとの祝祭ムードは、延々と注がれるシャンパン、腹立たしくなるほど高級なチョコレート、手の届くところにポテトチップスがあればいい。これで自由に、プレゼントを開け、クラッカーを鳴らし、テレビで放送されるジェームズ・ボンドの映画を前に熟睡するのに集中することができる。

みなさんの人生で最高のクリスマスを保証します。フライドチキンはさておき、最高に簡単です。(訳・菴原みなと)