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伝統とテクノロジーを軽々と行き来する 狂言師・野村萬斎は現代と未来に何を見るか

シネマニア・リポート
野村萬斎さん=東京都港区、関口達朗氏撮影
野村萬斎さん=東京都港区、関口達朗氏撮影

3歳で『靭猿(うつぼざる)』の子猿役で狂言初舞台を踏み、映画デビューは故・黒澤明監督の『乱』(1985年)の鶴丸役。その後もテレビドラマや映画、現代劇にも積極的に出て、新作狂言や海外公演も意欲的に重ねる。今年9月にはパリ市立劇場エスパス・カルダンで、人間国宝の父・万作さん(87)と長男・裕基さん(19)とともに、難曲『三番叟(さんばそう)』をもとに現代美術作家・杉本博司さんが構成・美術を担当した『ディヴァイン・ダンス 三番叟』を披露した。 

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野村万作さんと萬斎さん、裕基さんの三代がパリ市立劇場エスパス・カルダンで2018年9月に披露した『ディヴァイン・ダンス 三番叟』 ©KOS‐CREA 写真提供:国際交流基金

能役者の梅若正二さん(82)が1950年代に大映映画『赤胴鈴之助』シリーズに出た例などはあるが、映像がより発達した21世紀にあっても、「映像と舞台と狂言をこれだけやってるのは他にあんまりいない」(萬斎さん)という。

「『乱』を撮ったのは17歳ぐらい。狂言以外をやるのは初めてで、うまいも下手もよくわからないでやってました。でもそのことで、ちょっとおこがましいですけれども、映画にも狂言や能の演技が使える、映像に出るスタートラインに立てるんだって思いました。おかげで、僕がロンドンに1年留学した時、『乱』の最後のシーンに出たと自己紹介したら唯一わかってもらえましたね」

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野村萬斎さん=東京都港区、関口達朗氏撮影

■ゴジラと狂言はつながる

各賞を受賞した主演映画『陰陽師』(2001年)の安倍晴明や、映画『のぼうの城』(2012年)の異色の武将・成田長親、NHKの朝ドラ『あぐり』(1997年)の自由奔放なエイスケと、映画やドラマでは主に「異形性を求められる役が回ってくる」と萬斎さん。究極は、動きをコンピューターグラフィックス(CG)で再現する「モーションキャプチャー」で演じた映画『シン・ゴジラ』(2016年)のゴジラだ。

 「もじもじくんみたいなスーツを着て半日、まるいチップをつけて、のしのしとゴジラになったつもりで歩いたんですが、能の『道成寺』で白拍子が鐘の下から蛇体となって現れた時の演技を参考にしました。祈りの場面の型を念頭に置きながら、苦しみながらも戦うのけぞり感というか、何かをたたえながら戦う感じがそのまま使えたんです。狂言の目線として『この辺りの者でござる』というのがあります。この世のこの辺りには人間だけでなく、キノコやらおサルさんやらキツネがいる。ゴジラさんだってこの世に生まれてしまった限りは『この辺りの者』なわけですよね。その存在を否定すること自体が狂言にはなくて、狂言の精神はまさしく多様性をはらんでいる。それがそのままゴジラにも通じた。ゴジラは善悪ではかれない存在だし、人間だって生まれることについて善悪はない、そういうことにもつながってくるんですね」

9月のパリでの舞台に向けた様子はWOWOWドキュメンタリー『野村家三代 パリに舞う~万作・萬斎・裕基、未来へ』に収められ、10月末に東京国際映画祭で上映。古典芸能の伝統を受け継いできた3人が、それぞれの時代や人となりをもって芸をどう受け継ぎ未来へ伝えこうとしているかが、インタビューや稽古場、舞台袖の様子などから浮き彫りになる。11日午後6時半から、また17日午後1245分からそれぞれWOWOWで放送予定だが、ドキュメンタリーの中で萬斎さんは「伝統はアップデートしなければならない」と語っていた。

「古典芸能は、デジタル化した世の中から隔絶した感がある。でも我々は、デジタル的な記号論として型を身につけていたりもする。そうした型という記号あるいは方法論を、ゴジラを通してとにかくデータ化・デジタル化できた。つまり型はデジタル化できるものなんだ、デジタル化に適しているという感覚を非常に持ったんですね。その時に、あぁ我々は決して古いことをやっているんじゃなくて、昔の日本人が考えたことはある種、今の仮想現実(VR)そのものなんだと。脳内でやった阿鼻叫喚の地獄図を(ゴジラで)現実に見せる。我々は決して600年前のことをやってるんじゃなくて、伝統は現在までつながっている、点と点ではなくて線状につながっている。一種、アップデートに近いですね」 

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野村家三代。右から萬斎さん、万作さん、裕基さん

ゴジラを通してデジタル化した型は将来、例えば裕基さんの孫世代やそれ以降の人たちが、未来に向けて芸を受け継ぐ参考にもできそうだ。「でもね、裕基の孫の頃には地球があるかどうかも怪しい、って僕は最近、すごい悲観論を持つようになった。人間が思い上がりすぎてるようなところがあるかもしれませんね。今また、月だ火星だって言い始めてるけれど、宇宙ゴミがすごく多かったりするじゃない。環境問題について言いながら、ロケットを噴射するたび残骸はバラマキっぱなしでしょ。そうして地球という星を食いつぶしたら違う星に行ってそこを食いものにするのかとか、でもそれって植民地をやっていた頃と何が違うの?っていう議論になるんじゃないかとか、僕は心のどっかで思ってるわけです」

■どんな開閉会式に?

そんな風に物事を俯瞰する感覚や問題意識は、五輪・パラリンピックの開閉会式の演出を総合統括するチーフ・エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクターに就く自身にもひょいと向けられた。「五輪・パラリンピックの開閉会式をやるなんて、昔でいうと『勧進能』をやるみたいなもんかなあ(笑)。だって政府から頼まれて何かするなんて、将軍・足利義満が世阿弥に何かしろっていうのと似た状況かな、って思ったりします」

夏季五輪は東京に続き、パリとロサンゼルスでの開催が決まっているが、史上初の民営五輪として1984年に派手な開閉会式で世界を驚かせたロサンゼルスですら、2028年に向けては「質実剛健」路線をうたっている。復興五輪をうたう東京五輪はどうなるのだろう。

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野村萬斎さん=東京都港区、関口達朗氏撮影

「我々には祭りの概念がある。お盆も含め、すべての日本の祭りはほぼ、魂をお迎えして鎮め、魂送りをして、死を意識する。祖先の死の上に我々が成り立っている生を感じることで、次なる生に祈りを捧げる。まさしく『鎮魂と再生』ですよね。戦争などによる死を伴ったりすることなく、スポーツで競い合う平和の祭典として、そういう死生観も含めて、生きることへの祭典にしたい。『三番叟』もそうですけれど、魂を召喚するお祭りごとは、あの世や神のステージ、違うステージへ行くということ。死と再生の両方を行き来してみせなきゃいけない。そうしたノウハウや精神が日本にあるというのが今回の売りです。(1984年の)ロサンゼルス五輪はド派手だったし、まさしくアメリカ的な物量主義や大国的な発想があったと思いますが、次にやる時は何をもとにするのかな、というのは興味があります。アメリカ先住民の精神にのっとる方が人間的なのかな、とかね」

 

そうした演出の考え方は、現代劇や新作狂言などでも発揮させてきた。「僕が作る作品群には、古典の狂言にはちょっと入れられない社会問題や社会的意識を入れる。それが現代アートとしての意味かな」「狂言や能は大きな世界で生きる自然と共生していて、自然の脅威や、人間なんてしょせん『この辺りの者』だという大きな目線をどこかで持っている。自己中心的な世界観でものを語らない、俯瞰的な批評性をどれだけ作品で訴えるか。そういう感覚を新作や自分の演出作品には持ちたいな、っていつも思います」 

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野村萬斎さん=東京都港区、関口達朗氏撮影

「俯瞰」という感覚が強いのは、海外を経験してきた狂言師なればこそ、でもあるようだ。ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーなどで学んだ英国留学の際、「英国という地で、僕は何なのだろう、と自己アイデンティティーを模索したことがあります」と萬斎さん。「その中で物事をどこか俯瞰して見てきた。『この辺りの者でござる』という、今で言うとグーグルマップで見ているような感覚もある。 型という演技の中で生きたり、異形性を演じたりする狂言の精神なのかもしれない」

今、「人間を俯瞰した大きな世界観で、私なりの解釈を施したシェークスピア現代劇のアイデアが2つぐらいある」と言う。「シェークスピア作品は魔女や亡霊が出てきたりして、科学が発達するにつれて人間が凌駕しようとすることへの警鐘を語らせたりする。能や狂言にも、亡霊や神といった、人間と違う領域の目線があって、その手法に関して僕らは絶対に負けない、という意識がある。今、普通に生活をするとどうしても人間の目線にしかならないところがありますが、僕らももうちょっと、人間中心でない目線を持って、という気がします。中世の芸能の血を引いてるから、こういう目線になるんだろうな」 

その延長線上で、映画監督をやってみたいという気持ちは? そう聞くと、「それは多少、思いますね。撮りますかね、手始めに」と笑った。 

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野村萬斎さん(左)と、取材する筆者=東京都港区、関口達朗氏撮影

WOWOWではほかに、11日には映画『陰陽師』や映画『のぼうの城』を、17日は萬斎さんの『三番叟』や、万作さんと共演した『楢山節考』といった狂言の舞台、また萬斎さんが魯迅を演じて今年東京で上演された故・井上ひさしさんの戯曲『シャンハイムーン』も放送する。