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仕事はレストランで 広がるコワーキング

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
ニューヨークのレストラン「ミリングルーム」で仕事をするスペイシャスの会員たち=2018年6月29日、Sam Hodgson/©2018 The New York Times

米サンフランシスコにあるレストラン「エリートカフェ」。店内のバーは満席だった。けれど、バーテンダーがいない。シャンパンスタンドは空っぽ。飲み物のタップはラップで覆われていた。
その代わり、あちこちからパソコンを打つ低い音が響いている。そうなのだ、エリートカフェは平日の午前8時半から午後5時までは、正確にはレストランではなくバーもないコワーキングスペースに変身するのだ。

フリーランサーや小さな会社、場所を変えて自由に働く人たちの場であるコワーキングスペースは、いまやどこにでもある。コーヒーショップ(喫茶店)のコワーキングスペース、スポーツジムのコワーキングスペース、社交クラブのコワーキングスペース……。これにレストランまで加わるようになった。ただし、夕食時の前までだが。

このエリートカフェの銅板テーブルに延長コードを引き、電源タップをとりつけたのはSpacious(スペイシャス)という企業だ。スペイシャスは2年前に発足し、ニューヨークとサンフランシスコで25軒の高級レストランを「平日ワークスペース」に変えてきた。スペイシャスの会員料は1年間契約なら月に99ドル、月ぎめは129ドルで、会員はどのレストランでも利用できる。この5月に900万ドルのベンチャー資金を得た同社は、年内に100カ所まで広げる計画だ。

レストランがまったく変わってゆく、とスペイシャスは主張する。バーは立ち机になり、客席のブースは会議室に変わる。照明もずっとすてきになり、会社にあるような明るいだけの蛍光灯は少なく、目にも優しい。店内に流れる音楽も気分をやわらげる、と。

今や、店に行くよりオンラインで買い物をする時代である。レストランでも人件費が大きな課題になっている。特に、都会では空間をどう活用するか、という問題が大きなテーマになっている。スペイシャスはその論議の一端にかかわっている。スペイシャスによると、会員制のモデルは旧来型から脱出した未来型であり、中でもレストランは最も簡単に未来型に変えられる最初の一歩だとしている。

「近隣の店で消費を活性化するという時代ではなくなったのだ」とスペイシャスの共同創設者で最高技術責任者のクリス・スマザーズ(30)は言った。「小売店の空間は客に来てもらうようにデザインされている。そこで商品を売り、客は金を払って商品を受け取って出てゆく。だから、いくらコーヒーショップでも、一日中いたら気まずくなる。そもそも、店というのは客が商品を買ったら出て行くようにデザインされているのだから」と。

ただスペイシャスのゾーニング(区分け)の意味合いが、はっきりしない。ただ単にレストランは、昼間はオフィスになりますということか?

「スペイシャスは要するにオフィスである、と誰かが論証しなければならないだろう。確かに定義づけは難しい」とスペイシャス共同創設者で最高責任者のプレストン・ペセク(39)は言った。創設前、不動産投資会社で働いていた。ぺセクは「それなら、オフィスの定義は、本当のところ何なのか?
ビジネスの話ならどこでもできる。電話とはすなわちコンピューターだ」と。

ペセク自身、定義づけに必要な言葉を探し求めている。「私たちは『コワーキング』という言葉を使わないようにしている。というのはゾーニングの問題があるからだ。むしろ『立ち寄りワークスペース』という言葉の方がいい」と言うのだった。

ニューヨーク市建物局の広報官アンドリュー・ルダンスキーに聞いてみると、レストランをコワーキングスペースとして活用するのは、レストラン業が主である限りは認められる、と述べた。もはや飲食を主としていないという苦情が出てくれば、同局としても調査する、と言った。

サンフランシスコ市計画局にも問い合わせたが、返事はなかった。

スペイシャスが2016年、最初に開設したのはニューヨークにあるおしゃれなビストロ「DBGB Kitchen and Bar」だった。同店は17年に閉店したが、最初はビストロのマネジャーがディナータイムの前にテーブルを準備していた。その後、スペイシャスのチームメンバーもテーブルの並べ方を教えてもらい、コワーキングの時間が終わると、自分たちでテーブルをセットするようになった。

スマザーズは「私たちは1日に180のテーブルをセットしている」と言った。

スペイシャスの創設メンバーたちは最初、ヨガを通じてニューヨークで知り合った。スマザーズは「私はラージャヨガを学んでいて、プレストン(ペセク)はアシュタンガヨガを修業していた。

スペイシャスの最高執行責任者ジャクリーン・パスコセーロ(30)は、当時ヒルストーンレストラン・グループの総支配人だった。彼女もヨガに凝っていて、プエルトリコで修業中、共通の友人を通じてスマザーズとぺセクが企画していたコワーキングスペースのことを聞いた。それで2人に会った。当時のアイデアは、ホテルを対象に、客のいない昼間の客室を有効利用するというものだった。客室のベッドを隠せるような可変式の家具をデザインし、ホテルのイメージを図案化した。

だが、その後もっと管理しやすい空間があることに気づいた。それがレストランだった。 パスコセーロは、より良いコワーキングスペースにするための鍵は、レストランと同じように客に快適さを提供することだ、と言った。

「私たちは、客の言うことをメモしています」とパスコセーロ。「目標は客の名前を覚え、どんな仕事をしているのかを知る。この人は騒音を気にするとか、コーヒーの好みはブラックかミルクをつけるか、といったことまで対応することです」

一方のレストランのオーナーたちはどうか。聞いてみると、多くの店が財政的な問題を抱えているので、店をシェアすることにそれほど異論はない、と言った。彼らはスペイシャスに店の鍵を渡している。スペイシャスは毎朝、店を開けてコーヒーを用意する(訳注=客はコーヒーと紅茶は自由に飲める)。それからスタッフホストが入り口の受付に座ってコワーキングの世話をする。

スペイシャスがワークスペースを展開しているレストランの中には、ほとんど近所の居間といった気楽な感じで利用されているところもある。ニューヨーク・アッパーウェストサイドのレストランMilling Room(ミリングルーム)の業務執行役員サマンサ・モレッティは、ダイニングの時間が始まる前に店に入った時、編み物をしている人や放課後に宿題を持ち込んでいる者までいて驚いたことがあった。

レストラン「ミリングルーム」の夕食時。いつも通りの光景に変わる=2018年6月29日、Sam Hodgson/©2018 The New York Times

最近、スマザーズとパスコセーロはある日の午後、ニューヨーク・ミッドタウンイーストにある海鮮レストランCrave Fishbar(クレイブ・フィッシュバー)を訪ねた。同店も昼間はスペイシャスが運営している。その日のホストスタッフ、デイブ・ウィルソン(25)はバーテンダーから転身した。

ウィルソンは「ここに来る新しい客は、(バーテンダー時代に比べ)ずっと手間がかからない」と言った。

午後4時ごろには、レストランの従業員が来てダイニングの準備にかかった。コワーキングの客に「最後のコーヒー」のメッセージが流れ、間もなくして電源が抜かれる。

スペイシャスの名は店頭に置かれた広告板に記されているだけ。一人で立ち寄って、その後スペイシャスの正式会員になる人は3人に1人。スペイシャスでは、できるだけレストランと変わらない空間づくりを心掛けているが、一つだけ例外がある。

「コーヒーは常に水の左側に置いている」とパスコセーロ。「店に入ってきて、水の右側にあったらダメです」

さて、サンフランシスコのエリートカフェだが、店は本格稼働状態だった。

利用客の一人、タニャ・チェン(39)は「コーヒーショップにパソコンを持って、8時間も座っていられないから」と言った。彼女の仕事はeコマース(電子商取引)で、テーブルにラップトップとキーボード、マウス、それにタブレットが並んでいた。

チェンは毎日スペイシャスのワークスペースで働いている。おかげでレストランとの関係が変わってしまった、と言った。

「ディナーに行く時は、昼間働いているレストランを避けるようになった。だって、そういうところは、私には職場だから」(抄訳)

(Nellie Bowles)©2018 The New York Times

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