韓国ではここ数年、「ヒーリング」という言葉がはやっている。日本語で言えば「癒し」だ。競争社会に疲れ、癒しを求める人が増えている。私もその一人。そのヒーリングにぴったりな映画祭、「ジェチョン国際音楽映画祭」(8月9~14日)に参加した。
韓国では、アジア最大級と言われる釜山国際映画祭のほか、多数の映画祭が年中あちこちで開かれているが、音楽映画祭は世界的にも珍しい。ソウルから車で2時間ほどの田舎町ジェチョン(堤川)市に、各国から映画人が集まってくる。夜な夜な開かれるコンサートも映画祭の売りだ。
映画祭は今年で14回目だが、私はその魅力を昨年初めて参加して知った。一番の魅力は、ロケーションだ。開幕式やコンサートの会場近くに湖があり、青々とした山々を映し出してうっとりするような景色が広がる。ソウルの喧騒を離れ、ホッと一息、まさにヒーリングだ。映画人も、みなリラックスした雰囲気で音楽と映画のお祭りを存分に楽しんでいた。
開幕式のレッドカーペットには、今年の映画祭広報大使のクォン・ユリ(「少女時代」メンバー)、日本の原桂之介監督の「私の人生なのに」主演の知英(元「KARA」メンバー)ら、歌手兼女優が登場し、一気に華やいだ。その他、俳優のチョン・ジュノ、オム・ギジュン、ハン・イェリら、田舎町とは思えないほど豪華なゲストが次々に現れた。映画祭の執行委員長は「8月のクリスマス」などで知られるホ・ジノ監督。「国内外の映画祭によく参加するが、開幕式が一番楽しいのは、ジェチョン映画祭」と自慢するのは、音楽映画祭らしく生演奏が楽しめるからだ。今年は、開幕作に出演する米国の歌手らがギターを手に歌声を響かせた。
期間中、いくつかの出品作を見たが、音楽と障害にまつわる映画が目立った。国際コンペティション部門に出品された韓国の「ビューティフルマインド、心にその音がある?」は、知的障害や視覚障害などを持つ子どもたちが参加するオーケストラを追ったドキュメンタリー。指導者が「障害がある一方で、特別秀でた面もある」と言う通り、子どもたちが音楽と出会って生き生きと才能を開花する瞬間が、見えてくる。指導者も保護者もその姿に「ヒーリングを感じる」と話す。観客としても同感だ。共同監督の一人、リュ・ジャンハ監督は「春が来れば」(2004)の監督。主演のチェ・ミンシクは、田舎町の吹奏楽部を指導する教師役だったが、「いつか子どもたちを主人公にした音楽映画を作りたかった」とリュ監督。監督自身、現在闘病中で、「何より、撮っていて自分が子どもたちに癒された」と話す。
一方、国際映画祭に参加するたび、もはや映画に国境はなくなりつつあると感じる。言葉よりも音楽が中心の音楽映画は特にその傾向がある。デンマーク映画「境界線」の監督は日本出身。入交星士監督だ。もともと日本の劇団の作曲担当として活躍していたが、映像の世界に興味がわき、デンマークに映画留学。卒業作品として短編アニメーションの「境界線」を制作し、世界の映画祭を回っている。セリフはなく、アニメーションと音楽だけの作品だが、強烈な「アンチ境界線」のメッセージが伝わってくる。軍事境界線で分かれた韓国と北朝鮮の関係が変わりつつある今、ぴったりの作品だった。