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医療って誰のためにあるの? みんなで考えたい、私たちの医療のカタチ

英国のお医者さん

平日の朝8時、診療所が開きます。それから30分も経てば、待合室はガヤガヤと人でいっぱいになります。咳き込む子供を連れてきたお母さん、杖をついて奥さんとやってくるお爺さん、スマホをチェックする若者など、色んな人たちがいます。受付の電話はひっきりなしに鳴っています。

私はいつも診療所の裏から診療所へと入っていきます。忙しくしている受付のみんなから爽やかな「Morning!」「Morning Nori!」が聞こえてきます。その声に元気をもらいつつ、私も笑顔で「Morning!」。受付の裏を通って、診察室へと向かう途中、ごった返す待合室をちらっと見て、今日はどんな日になるのだろうかと楽しみに思いつつ、でも内心すこし不安に感じながら、私の一日が始まります。

診療所が診る患者さんはそれぞれが違う相談事を持っています。「今朝から急にお腹が痛い」「糖尿病の定期チェック」「血液検査の結果を教えてほしい」「抗生剤が欲しい」などーー。

理想的に言うと、みんなの相談にすぐに乗って、必要な対応をしたい。けれども、現実的には、患者さんを診ることのできる時間や人は限られています。一人1分の診察時間なら、みんなの相談にすぐに乗れるかもしれない。でも、それだと必要な対応はしにくい。一人10分の診察時間なら、必要な対応をしやすいかもしれないけれど、代わりにみんなの相談にすぐに乗るのは難しい。診療所に医者が100人いれば、みんなの相談にすぐ乗れるかもしれないし、必要な対応もしやすいかもしれないけれど、それは非現実的で、実現できたとしても逆に患者さんは怖くて来ないでしょう(笑)。

そうなると、現状の限られた人と時間で、みんなをどういうふうに診ていくのかを決めなくてはいけません。実はこれ、世界の中でとても大切なこととして認識されています。診療所の中で遭遇するこの問題を国レベルにスケールアップして考えてみましょう。

国が医療を提供する上でも、資源は限られています。もし仮に、医療だけに国の予算の全てを投入できたとしても、年金、生活保護、介護など、医療以外の社会保障、経済対策や教育費など、基本的な国民生活を支える支援が脅かされ、私たちの健康を支える根底そのものが崩れることになります。

その中で、日々の医療現場では、命が危ない重症の人がいる傍ら、いつもの薬が欲しいという人がいて、お金は無いけど診てほしいという人もいます。医療者は医療者で、すべての人に対応したいけれども、医療者側の人数も限られており、一人につき手は2つしかなく、追いつかない。

これはどこの国においても同じで、国民一人一人の全ての要求に完璧に応えるパーフェクトな医療制度の構築は不可能です。そのような制度は存在しえません。

これを受けた上で重要となってくるのは、「国として、何を本当に大切にしたいのか」という一つの問いかけです。

医療は誰のためにあるのか、保健医療の目的とはーー。

これを決めれないままでいると、本来、国として優先したくないことに多くのリソースが取られ、本当に大切にしたいことに十分なリソースを投入できなくなるかもしれません。医療を求める人、医療を必要とする人、医療を提供する人、医療のお金を出す人など、全体のバランスの中で、どの人のニーズが最も尊重されるべきなのか。

この問いに対する答えは、医療政策に深く関わる一部の人だけではなく、一般市民や患者さんなど幅広い読者の方々に関心を持っていただきたいと思います。医療は、すべての人が、患者、家族、友人としてなど、なにかしらの形でかならず関わるものですし、多くの先進国同様、日本の医療もパブリックなものであり、その私たちの医療のカタチを一部の人の手だけでデザインされることは望ましくないと私は考えるからです。

イギリスは、この問いに対して、良くも悪くもイギリスなりの答えを持っています。もちろん、イギリスの保健医療制度はパーフェクトからは程遠い存在です。しかし、イギリスは、イギリス国民のニーズや価値観をもとに国のシステムをデザインし、限られた資源でどう対応していくのかを決めています。

これからこれについて紹介していきますが、その中で私が言いたいのは、イギリスのシステムを日本が取り入れるべきということではありません。私が言いたいのは、むしろ逆で、日本はイギリスの制度を取り入れるべきではないと考えています。なぜなら、多くの共通点はあるにしても、お互い異なる歴史やニーズ、そして制度を持っているからです。

イギリスという外を知ることで日本のことをより良く知る一つのきっかけとなれば幸いです。正しいことは何かを一人ひとりが考える民主的議論に貢献したいと思っています。