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リノベでおしゃれに生まれ変わる台北の日本家屋

虹色台湾
日本家屋を再生した「敦煌画廊」の外観=西本秀撮影
日本家屋を再生した「敦煌画廊」の外観=西本秀撮影

森林公園に隣接し、落ち着いた住宅街として知られる台北市大安区の青田街で6月9日、「台北昭和町の日」と呼ばれる催しが開かれた。この地に残る、80年ほど前に建てられた瓦ぶきの日本家屋を保存活用しようと、レストランや画廊、カフェなどに改修する取り組みが進んでおり、かつて暮らしていた日本人を招いて、地元の台湾の人々との交流会が企画されたのだ。

 東京・世田谷に暮らす坂本英子さんも、はるばる海を超えて、交流会に参加した日本人のひとり。今年で89歳。出かけるときは右手に杖が手放せない。

 坂本さんは少女時代を日本統治下の台湾で過ごした。父親の故今村完道氏は台北帝国大学(現在の台湾大学)の教授。昭和が始まったばかりの1930年前後、大学キャンパスへ歩いて通える土地に開発された「昭和町」に一家は暮らしていた。「ふるさと」の台湾だが、敗戦で引き揚げた後は、なかなか訪れる機会を持てなかった。

「ご近所の子供たちと仲良しで、いつも遊んでいたの」。交流会場のひとつとなった敦煌画廊(青田街8巷12号)で、当時の日本人の暮らしを撮影した写真が展示されているのを見て、坂本さんが涙ぐんだ。モノクロ写真に残る少女時代の坂本さんが、自宅の玄関先で笑っていた。

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台湾で過ごした少女時代の写真を前に思い出を語る坂本英子さん=西本秀撮影

敦煌画廊は、旧制台北高校(現在の台湾師範大学)の教員が暮らした邸宅だった。歴史を感じさせる木造のどっしりとした外観を生かしつつ、屋内は洗練された画廊に生まれ変わっている。広い庭園や、お茶を楽しめる喫茶部門も併設した、いわゆる「リノベカフェ」だ。 

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「敦煌画廊」の内観。喫茶部門もある=西本秀撮影

交流会では、周辺に残る日本家屋の見学ツアーも開かれた。地域の街並みの大半は、すでにマンションや一般の住宅に建て替えられている。だが、まだ60棟ほどの日本家屋が点在する。ツタが生い茂り、朽ちかけた住宅もあるものの、そのうちの10棟ほどが敦煌画廊のように民間資金で改修、再生されて施設や店舗に生まれ変わっている。 

和合青田」(青田街8巷10号)は、敦煌画廊の隣に今年4月にオープンしたばかりの茶館だ。中国茶を中心に東洋の茶文化を普及する団体が運営している。畳の間や床の間もあり、くつろいでお茶を味わえる。見学や利用は無料だが、事前の予約が必要となる。 

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日本家屋を改修した茶館「和合青田」を見学し、縁側で記念撮影する台湾の人々=西本秀撮影
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「和合青田」の室内。畳の部屋でお茶を味わえる=西本秀撮影

近くのレストラン「青田七六」(青田街7巷6号)は、再活用施設の先駆け的な存在だ。オープンは2011年。応接室や書斎、子供部屋、女中部屋など、間取りをそのまま生かした個室レストランになっており、日本人観光客も多く訪れている。  

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レストラン「青田七六」。台北帝大の教授宅だった=西本秀撮影

日本家屋が保存・活用される背景には、観光開発や街づくりに加えて、中国大陸とは異なる、台湾独自の歴史を再発見し、重視しようとする台湾の人々の意識の変化がある。1895年から1945年までの半世紀、日本の植民地として統治された時代も、台湾人が独自に経験した歴史の一部であるという考えにもとづいている。 

 活用法の変わり種は、蓄音機の博物館「声音光年」(和平東路一段187号)。建材メーカーのオーナーが集めた品々を展示している。門の上に掲げた蓄音機のモニュメントが目を引く。交流会では、昭和初期のレコードを再生する音楽会が開かれた。  

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蓄音機の博物館「声音光年」=西本秀撮影
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室内に蓄音機を展示している「声音光年」=西本秀撮影

カフェ「暖時光」(泰順街16巷4号)は、地域の高齢者の生涯教育施設を兼ねている。屋内は壁や天井を取り払った吹き抜けのおしゃれなカフェで、若者の客も多い。 運営する周妮萱さんは、「歴史を感じさせる日本家屋は、台湾人にとっても、どこか懐かしい気持ちを抱かせる。年齢を問わず、地域の人々が集い、くつろげる場にしたい」と話す。 

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カフェ「暖時光」=西本秀撮影

今回の台湾メシ

最後に紹介したカフェ「暖時光」で、昼食に食べたサンドイッチ「洋葱柚子牛肉三明治」。ユズ風味の甘辛のタレで調理した牛肉が挟まっている。「三明治」はサンドイッチのこと。値段は250台湾ドル(約900円)。

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カフェ「暖時光」のサンドイッチ=西本秀撮影