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水谷隼も育ったドイツの名門 日本卓球飛躍の原点はデュッセルドルフにある

Insight 世界のスポーツ
欧州チャンピオンズリーグ決勝でプレーする水谷隼(左)=稲垣康介撮影
欧州チャンピオンズリーグ決勝でプレーする水谷隼(左)=稲垣康介撮影

「量より質」の練習で腕を磨いた

5月13日、試合会場では、ロシアとドイツの国歌が厳かに流れた。水谷は2連覇をめざすロシアの強豪チーム、オレンブルクに所属する。国別対抗戦の趣はあるが、この日出場したオレンブルクの選手の国籍は日本、ベラルーシ、ドイツの「多国籍軍団」だ。

この日の会場は、ボルシア・デュッセルドルフ(ドイツ)の本拠だった。収容人員1000人強の会場は満員の盛況。会場脇では顔なじみがビール片手に談笑している。「欧州最高峰」を決める大会だが、アットホームな空気に包まれている。この日1勝1敗だった水谷は「15年前から顔なじみの人が『ミズー!』と声をかけてくれた。熱心なファンが多いです」と話した。

1961年創立のデュッセルドルフは欧州屈指の名門。30室規模の宿泊施設がある。国内外から一線級が集い、あらゆる年代の大会や研修会を催す。五輪の男子団体で3大会連続メダルを獲得しているドイツの強化拠点の役割を担う。一方で、トップの強化にとどまらず、地域に根ざした活動にも力を入れる。クラブが掲げる哲学は「すべての人に卓球を」だ。

水谷は青森山田中2年だった2003年秋に卓球留学に来た。ドイツ語も英語もわからず、当初は戸惑うことばかりだったが、成長は促された。「練習時間は欧州の方が圧倒的に少ないけれど、量より質が徹底していた。日本は長時間やるので日々疲労がたまっていくけれど、欧州では、もう練習が終わりなんだ、という感覚があった」。全日本王者に史上最多の9回輝いてきた水谷が飛躍する原点は、ドイツにあった。

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欧州チャンピオンズリーグ決勝第1戦に勝利し、詰めかけたサポーターと喜ぶデュッセルドルフのチーム=稲垣康介撮影

日本プロリーグの立役者も在籍

この地での日本人の先駆者がいる。93年に日本人初の「プロ卓球選手」になった松下浩二(50)だ。五輪には04年アテネまで4大会連続で出場した。99年、松下がデュッセルドルフ在籍時代に欧州チャンピオンズリーグ決勝を戦った試合を私は取材した。当時、31歳だった松下は夢を語っていた。「ドイツは世界最強のリーグで刺激が多い。僕は引退したら、日本にプロリーグを作る。世界一の中国に勝つには自国に世界一の環境を作らないと無理だから」

その夢の第一歩が今年10月、形になる。日本卓球界は、国内外のプロ選手が多く参加する新リーグ、「Tリーグ」を旗揚げする。松下は専務理事として陣頭指揮を執る。初年度のTプレミアには男女各4チームが参戦。2021年以降、順次チーム数を拡大する青写真だ。「欧州にはデュッセルドルフのような強いチームもあるが、リーグ全体で言えば、中国のリーグに次ぐレベルになる」(松下)。水谷も参戦予定だ。

日本の卓球愛好者は500万人ともいわれる。現役時代、ドイツや中国でプロとして活躍してきた松下はいう。「Tリーグは頂点の世界レベルのプロ選手を擁するチームから、趣味でプレーする地域のチームまでがピラミッド型で存在する、ドイツ式がモデル。欧州の良さを取り入れつつ、マーケティングなどを通じて、日本、そしてアジアならではのプロリーグに育てたい」

デュッセルドルフのアリーナには、松下の現役時代のチーム写真が飾られている。「日本を卓球で世界一にする」。当時語っていた情熱は、新リーグ開幕を控え、さらに熱を帯びている。(文中敬称略)