考えずに出てくる、それが「喋れる」こと
英語が喋れるってどういう状態だと思いますか?
それは、英語を喋ること自体が「自動化」されている状態です。
僕らは普段歩くとき、どちらの足から前に出そうかとか、膝をどのくらい曲げようかとか、一切考えていません。それらの動作はすべて自動化されているからです。お箸でご飯を食べる。階段をのぼる。歯を磨く……。僕らの日常の大半は、極めて難易度が高いはずなのに、一切意識せずにできるこうしたことで埋められています。
実際には脳が考えて判断を下しているから、歩いたり食べたりできるわけですが、あまりにも自動化されているため、動作の手順が意識に上がってくることさえありません。大怪我をしたりして一時的に体の自由が失われると、お箸を使うといった些細なことをするのがあまりに難しく、どうして普段こんなに難しいことが考えもなしにできるのか、不思議に思うほどです。
大半の日本人にとって、日本語で話すのも同じことです。偉い人と話すとか、みんなの前でプレゼンするなどといった特殊な状況でない限り、言葉が勝手に口をついて出てきます。言葉を選んでいるとか、文を構築しているという意識さえありません。あえて「リスニング」をする必要もありません。耳に入ってきた日本語は、そのまま意味のある文章として理解され、情景が思い浮かびます。
「英語ができる」ということは、同じことが英語でできるようになる状態です。列に並んでいると、後ろの人の会話が勝手に耳に入ってくる。車の運転をしながらラジオ番組を聞いて大笑いする。テレビを見ながら電話で友達と全然関係ない話をする。こうしたことがすべてできるようになります。半ば無意識にできるようになる。これがゴールなのです。
僕らが無意識に歩けるわけを考える
では、一体どうすれば半ば無意識に英語を話せるようになるのでしょうか? ヒントは「歩く」「お箸を使う」「日本語を話す」など、僕らが無意識にできることをどう学習したのかにあります。ポイントは5つあります。
1 ) たくさんのサンプルに触れる
2 ) できる人の真似をする
3 ) 安全なところで練習する
4 ) 何度も失敗をして、少しずつ修正をかけていく
5 ) 少しずつハードルを上げていく
順番に説明しましょう。
- サンプルに触れる
例えば「歩く」ですが、もしも世界中の人が大人になってもハイハイしていたら、おそらく僕らは成長したのちも、ハイハイで移動しているでしょう。ケニアのカレンジンという部族は世界的な長距離ランナーを数多く輩出していますが、とにかく長距離を歩いたり、走ったりするのは当たり前なのだそうです。生まれた時から人々が走って移動する姿を見て育つ子供たちは、疑問にすら思わず何十キロも走って移動するそうです。
よく「学ぶは真似る」と言いますが、たくさんのサンプルに触れるのがまず第一歩です。よく「子供に早期から英語教育をすることに意味があるでしょうか?」と聞かれますが、もちろん意味はあります。とにかくたくさんのサンプルに触れれば、それだけ真似をする対象が増えるからです。英語で言えば簡単なことから始めて、とにかく聴いて、観て、読むのです。子供の番組や絵本からでいいんです。数をこなしてたくさん触れましょう。
また、良質のサンプルに触れるのも大事です。例えばスケートボードを学ぶとして、周囲にあまりうまくない人しかいなかったら、「スケートボードってそんなものだ」となんとなく限界が設定されてしまうからです。ゴルフでもテニスでもよく教え魔がいて、自分だって対して上手くもないのに能書きばかり垂れている人がいますが、こういう感じの人をサンプルにすると、その人が自分の限界になります。
現代はユーチューブのようなものがあるわけですから、実際に触れられなくても、画面上で視聴するだけでもずいぶん違います。現に、僕の友人でも50歳からユーチューブを観て水泳を覚え(!)、半年後にはトライアスロンに出て完走した人がいます。日本語のアニメを見て日本語を覚える外国人はいくらでもいます。たくさんの良質なサンプルに触れる。これは本当に重要です。
- できる人の真似をする
サンプルを見たら、次はできる範囲でドンドン真似をしていきます。最初は、うわべだけの猿真似で十分です。英語学習も猿真似でいいというと、すぐに「外国語の習得は違う!」「先に文法をやらないとダメだ!」という人が現れますが、日本における英語教育は戦前からずっとそれを繰り返してきて、まったく喋れない人を、これまでに大量に「製造」してきました。
僕らだって1歳の時に日本語の文法の基礎を習ったわけではありません。周囲の大人やテレビ番組を見て真似しただけのことです。先に文法を詰め込むのは、むしろ効果がないことが実証された学習方法といってもいいくらいです。サンプル見て真似する。これが結局は最短距離です。“Youtube is your friend.” です。特に発音は、そっくりに聞こえるまで真似をするのが肝心です。できそうなところからどんどん真似をしてみましょう。
- 安全なところで練習する
さて、真似をして練習する際には安全なところで始めましょう。水泳なら背が立つところで始めるのがいいですし、自転車ならヘルメットかぶりましょう。英語なら、間違っても大笑いされたり、バカにされたりしないところがいいでしょう。英語教室でもいいし、家にホームスティの学生さんを滞在させてもいいでしょう。あるいはスカイプ英会話でもいいです。できるようになってから使うのではなく、使いながら覚えるんです。日本人が一番勘違いしてるのは、この部分かも知れません。
- 何度も失敗をして、少しずつ修正をかけていく
転ばないでスノーボードやスケートボードに乗れるようになる人はいません。何事も失敗はつきものです。もっと言ってしまうと、スポーツだろうが語学の習得だろうが会社経営だろうが同じです。失敗するからこそ学習するのであって、失敗をしなかったら何も学習できないと言ってもいいくらいです。また、失敗をしたら「なんで失敗したんだろう?」と考えて、やり方に修正をかけるのがポイントです。
当たり前だと思うかも知れませんが、日本の英語教育は70年間も英語を喋れない人を何千万人と製造してきているのに、ほとんど修正をかけないまま同じ方式を続けています。プライドが邪魔するのか利権があるのか知りませんが、本当におかしなことです。失敗したら分析して修正。これが鉄則です。
また、修正をかけるときに役立つのが文法書や参考書です。規則性が腑に落ち、ルールが頭の中で整理されます。これは、他の技能でも同じです。水泳の入門書を何冊読んだって泳げるようになりませんが、少し泳げるようになってから読んでみると、腹落ちすることが多いですし、自分の間違っているところにも気がつきやすいです。文法は先にやるこのではなく、一種のリファレンスとして学ぶべきものです。
- 少しずつハードルを上げていく
そうこうしているうちに、簡単なことはどんどん自動化されていきます。赤ん坊は歩くようになり、ある人はギターでコードを押さえて鳴らせるようになり、またある人は英語で簡単な挨拶や天気や買い物の話ができるようになります。誰だって最初は “How are you?” とか “My name is Hiroshi.” みたいな簡単なフレーズを自動化するところから始めるのです。
日常のことが話せるようになったら、今度は少しずつハードルを上げて行きましょう。歩けたら走る。基本的なギターコードを押さえて少し弾けるようになったたら、今度は耳コピーに挑戦する。お天気の話ができるようになったら、「自分の人生に影響を与えた出来事」とか「5年後にやってみたいこと」などとについて話したり書いたりするなど、少しずつ難しいことができるようにハードルを上げていきます。
自動化できていますか?
気がついたらなんとなくできている。これが最初のゴールです。例えばそれが “How are you?” “I am fine, thank you. And you?” という簡単な会話でもいいんです。少なくともそれだけはスムーズに考えなくても言える。そんなふうに少しずつ攻略していきます。考えなくてもスムーズに聞けること、そして言えることを、段階的に増やしていくんです。
日本の英語教育のおかしなところは、この「何も考えなくても聞ける、言える」というところを一切省みず、ひたすら詰め込み続けるところです。またTOEICで900点が取れたら、次に使う練習をしよう、という人も多いですが、別に300点から使う練習をしてもいいし、むしろその方がいいくらいです。あまりに通じなくて残念な思いをしたら、それを糧に修正をかければいいだけですから。
海外旅行に行った時に、意識していないのに機内放送がツラツラと理解できたら緊張もグッと取れて、海外旅行そのものがずっと楽しめます。出張の際に相手の言っていることが即座にそのまま理解できて、即座に反応できたら交渉内容そのものにフォーカスできるようになります。
英語を自動化すること。これを目指して学んでみませんか?