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「軍事政権だって、いいじゃない」という学生たち

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illustration: Nakamura Takashi

■圧力もうまく使うなら

日本のある大学に通う3年生の学生は、ブラジルの軍事政権期について学ぶうちに、軍事政権にも見習うべき点があると考えるようになったという。「軍事政権というと、軍部が市民に圧力をかけるイメージだったけど、ブラジルの場合は逆に、それによって平和と安全がもたらされたといわれています。圧力もうまく使えば、治安の安定につなげられるのではないかと考えました」

ブラジルでは軍事クーデターが起きた1964年以降、軍部が政治の中枢を握った。しかし、70年代前半までに「ブラジルの奇跡」と呼ばれる高度経済成長を実現。軍部が反対勢力を抑え込んで資源開発など重要な国家主導型プログラムを推進し、治安を安定させたことで海外企業の進出や融資を呼び込めたとされる。軍部が民間からテクノクラート(高度な専門知識と政策能力を持つ技術官僚)を重用したことも大きいといわれる。

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同じ大学に通う2年生の学生は言う。「軍人が権力を持ちすぎることに心配な気持ちもあったけど、欧米で勉強したテクノクラートが知識に基づいて政策を作っていたし、ある程度は国の基盤を整えるためには仕方ない面もあるのかな、と思いました」

「治安の維持」と「経済発展」。この二つが学生たちを特に引きつけるようだ。

しかし、軍政期には「負」の側面もあった。反対勢力への弾圧や拷問で多数が犠牲になり、市民は集会が禁じられ、検閲などの統制下に置かれた。その点については、どう考えているの?

軍事政権下のブラジルのサンパウロで1968年10月、抗議活動中に拘束された学生(中央)=AP

3年生の学生は言う。「人権侵害があったのは知っています。それは軍政の悪い一面だと思います。だけど、それがあるから軍政が絶対にダメだとは言い切れないと思います。難しいとは思うけど、軍政と民政の中間点のような、民政の下で軍の力を強化する。また、自由を抑える限界というのを決めておいて、全てを制限するのではなく、かつ暴力も使わずに統治することができるのであれば、軍がトップに立つことも可能なのではないでしょうか」

■「今の国会を見ていると……」

うーん、そう簡単にいくかなあ……。ただ、話を聞いていて分かったのは、学生たちが現代の民主主義を真っ向から否定しているわけでもないということだ。

3年生の学生は言う。「私は民主主義が絶対ダメだと言っているわけではありません。ただ、今の国会を見ていると、敵対する相手の悪いところを探り出し、おとしめることばかりに時間を費やしているように見える。もし絶対的なリーダーがいて、正しい道を分かっているのなら、その人に任せた方がいいのかなと思います」

2年生の学生は、昨年秋の総選挙で初めて投票した喜びを手放しで話してくれた。「私も日本国民なんだ、これが政治参加なんだ、と実感しました。そして、開票結果を見て、自分が多数派だったと分かったら、なんだか安心しました」

illustration: Nakamura Takashi

多数派と少数派。民主主義を考えるうえで、やはり、この問題を避けては通れないようだ。では、学生たちは少数派をどう見ているのだろうか?

「たとえ、反対した人がいても、選挙で票をいちばん集めた政党が国の代表になる。民主主義とはそういうものじゃないですか。いまだったら、それは自民党。それは受け入れざるを得ないと思います。それがたとえ、自分が支持していない政党であっても、他の多くの国民が支持していれば、その政党が政権を握ることを認めなくてはいけない」と、3年生の学生。

つまり、選挙で決まった結果に対して、少数派が後から文句をつけるのはおかしい、と?

■軽い独裁?

「今の日本はすぐに反対の声が出てくる。そういう人の方がどちらかというと、独善的だという気がします。私は個人的に、自分が投票した党が政権につかなくても、たとえ納得いく政策がとられなかったとしても受け入れます。それが民主的なんだ、ああ今はこれ(が民意)なんだって」

親子ほども年の離れた若者から「独善的」と言われてしまったようで、ちょっぴり落ち込んだ。

だが、その時ふと思い出したのが、ネット検索で見つけた「ライト(軽い)独裁」という考え方だ。つまり、優秀な人物に期限付きで強大な権限を与え、国民が仕事の成果を評価する。良ければ報酬を上げ、ダメならやめさせるーー。数年前にお笑い芸人が提唱して、ネット上で物議を醸していた。もしかして、学生たちが理想としているのは、こういう政治体制のことなんだろうか?

illustration: Nakamura Takashi

3年生の学生に疑問をぶつけてみると、こんな答えが返ってきた。

「私はその考え方に反対ではありません。独裁というと、ナチスを連想する人も少なくありませんが、私が思うに、ヒトラーは国民が言えずにいた不満を代弁したから、最初の頃は支持を得ていたことも事実です。もし『ライト独裁』という制度ができて、国民の代弁者が出現したとしても、必ずしもヒトラーのようになるかといえば、私はそう思いません。逆に、ヒトラーを生み出してしまった苦い経験を得ている今だからこそ、そういう人物を生かすやり方も分かってくると思います」

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インタビューを終えた私は、正直、かなりのカルチャーショックを受けた。でも、学生たちは特別に変わっているわけではない。少なくとも、同じ年頃にアルバイトとコンパに明け暮れていた私よりは、政治に誠実に向き合っているという印象も持った。

いくつかの大学でブラジル政治を教える、神田外語大の舛方周一郎講師(※2020年4月加筆:現在は東京外国語大学特任講師)は最近、ブラジルの軍事政権期に関する授業後、学生たちが提出する感想に違和感を抱くようになったという。

インタビューに答える舛方周一郎氏=玉川透撮影

「軍政が良いという学生は、5年前ならクラスに1人か2人だった。でも今は、『どちらかといえば』も含めると、4分の1から半数近くになってきました」

舛方氏はこう付け加えた。「もちろん、その後に、軍政の悪い側面を強調して伝えると、『やっぱり民政の方が良いですね』と前言を翻す学生もいます。ただ、現在ブラジルで広がりを見せる右派ポピュリズムも、軍政のネガティブな側面をできるだけ伝えず、ポジティブな部分を強調する傾向にあるので、日本の学生たちが軍政がよいと直感的な印象を受けた割合も、あながち間違いではないかもしれません」

講義への反応を通して、舛方氏は学生たちの心理をこう読み解く。「民主主義はいろんな人が関与して熟議するのが良いと言われてきましたが、若者たちからすれば、今の政治は大勢が関わり過ぎて、なかなか決まらない現状がある。そして、思ったような結果も出ない。行政学で『ゴミ缶モデル』というのがありますが、意思決定のプロセスが混沌(こんとん)として、結局いろんなものを寄せ集めただけのものになってしまう。すると、独裁や軍政のように政策に関与する人を絞って決めてもらう方が良い結果が出るのではないか、と考えてしまうようです」

さらに、舛方氏は経済成長がひとつのキーワードになっていると訴える。「経済成長に対して、今の学生は二つのタイプがあると思います。経済成長が最善という考え方に違和感を持つ人と、経済成長に対して憧れを抱く人。そもそも、日本の若者たちは物心ついてから、好景気というものを実感していないので、国が著しく成長することへリアリティーを感じていない。これは私の勝手な印象ですが、多くの若者たちが、自分たちが経験していない成長を夢見ているのではないでしょうか」

たしかに、独裁や軍政は強大な権限で急激な経済成長を成し遂げることもあるけど、彼らは私たちが慣れ親しんでいる民主的な選挙で選ばれたわけではない。それでも良いということでしょうか。

舛方氏は言う。「それでもなお、強いリーダーを求めているのではないでしょうか。困難な状況にあるときこそ、救世主を誰もが求めてしまうように」(聞き手・玉川透)

 

舛方周一郎(ますかた・しゅういちろう)

1983年生まれ。神田外語大専任講師を経て、2020年4月より東京外国語大学特任講師。専門はブラジル政治。著作に「ブラジル気候変動政策の形成における政策ネットワークの役割」(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科学位論文、2018年)など。

 イラストレーション:中村隆(なかむら・たかし)

1976年生まれ。新潟県胎内市出身。日本デザイン専門学校卒。フリーのイラストレーター