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アマゾンの森からオンライン授業 ITが変える先住民族の学びと「故郷の未来」

World Now 更新日: 公開日:
川から戻り、パソコンに向かうゾライジさん。森の中の自宅が大学の教室になる=2026年6月、ブラジル・アマゾナス州、武田エリアス真由子撮影

朝は冷たい川で身を清め、朝食後に発電機を回せばスマホに一斉に通知が届く――。アマゾンの超奥地で、パソコンを開きオンライン授業を行う先住民族の女性がいます。かつては電波も届かなかった森に衛星ネットがつながり、学びと働き方に新たな可能性が生まれています。10年以上にわたり現地に通う筆者が目撃したのは、先住民族自身が築いてきた教育の仕組みと最新テクノロジーが重なって生まれた「森にいながら世界とつながる」生き方。大自然とITが交差する現場から、一つの土地に根ざして生きることの価値を問いかけます。

朝6時。鳥たちの声とともに空が次第に明るくなり、アマゾンの1日が始まる。

マリア・ゾライジ・ボルジェスさん(32)は、まだひんやりと冷たい川に身と顔をひたす。

シャキッと目が覚めると、木製の小舟に乗り込み、櫂(かい)をこいで川を進む。前日に仕掛けておいた網には、アマゾンでよく食べられる淡水魚パクーが何匹もかかっていた。父親ホッキさんは、さらに奥へピラニアを釣りに行く。昼と夜の食卓にのぼる魚だ。

家に戻り、タピオカと揚げバナナ、甘いコーヒーで朝食をとる。

食べ終わると、家の外に置かれた発電機を回す。ブーンとうなる音が響き、家の中の電化製品が一斉に動き始める。ほどなく、スマートフォンに次々と通知が届き始める。

インターネットがつながった。

ゾライジさんはパソコンを開き、画面の向こうで待つ学生たちに授業を始める。

ここは、ブラジル・アマゾナス州の州都マナウスから船で3日間川を上り、さらに小舟で奥へ進んだ、ムラ族の人々が暮らすラゴ・ジャワリ(Lago Jauari)先住民族地区。

マデイラ川と、その両岸に広がるアマゾンの森。アマゾナス州の面積は日本の約4倍に及ぶ=NaFloresta Alimentos Amazônicos提供
魚を捕りに川へ出るゾライジさん=2026年6月、アマゾナス州、WORLD FESTIVAL Inc. 近藤祐希撮影

アマゾンの森の中から、大学の授業が始まった。

私が初めてこの地域を訪れたのは2016年。今も携帯電話の電波は届かないが、当時はインターネットにつながることも想像すらできなかった。

誰かに連絡を取りたければ、何人もの人を介して伝言を頼んだ。次に訪れる日を知らせるため、日付に印をつけたカレンダーをあらかじめ渡したこともある。

それから10年。コロナ禍以降に衛星インターネットが普及し、かつては想像もできなかった光景が、今では日常になりつつある。

彼女の祖父母の世代は、自分の名前を書くこともできなかった。父親のホッキさんは、働きながら学び続け、45歳で高校を卒業した。そして、その娘であるゾライジさんは今、故郷の森から大学生を教えている。

家の前で、父、母、めい、おいと=2026年6月、アマゾナス州、WORLD FESTIVAL Inc. 近藤祐希撮影

学ぶために、村をでた

ゾライジさんが生まれたのは、さらに森の奥にある小さなコミュニティーだ。

私も今回、初めてそこを訪れた。湖と森に囲まれ、人々は魚を釣り、動物を狩り、祭りを楽しむ。誰かが赤ちゃんを抱いていたかと思えば、いつの間にか別の人の腕の中にいる。村全体で子どもを育てているように見えた。人々はとても穏やかで、口をそろえるように「とてもいい村でしょ」と言う。私には、少し桃源郷のようにも感じられた。

ゾライジさんは5歳までここで暮らした。子どもの頃はサッカーが大好きで、木の皮など身近なものを使って、自分たちでおもちゃを作って遊んだという。その後、小学校に通うため、家族で今の村へ移った。
しかし、学び続けるには、その村さえも離れなければならなかった。

10歳で村を出た。

最寄り(と言っても、船で12時間かかる)の町マニコレで祖母と暮らしながら学校に通い、その後は州都マナウスでも学んだ。当時、マニコレで受けられる教育は高校まで。高等教育に進むには、さらに遠くへ行く必要があったという。

大学では経営学を学び、哲学の教員資格を取得、複数の大学院課程も修了した。店舗のマネジャーを務めたり、金融分野で働いたりもした。

故郷を離れてから、戻るまで21年。

それでも、故郷との関係が途切れることはなかった。

「離れていた間もいつも訪れていましたし、忘れたこともありません」

31歳で故郷へ戻った。

「戻ってきたことを後悔したことはありません」と笑う。

ムラ族の居住地域周辺、Lago Jauari, Manicoréの位置=Googleマップより

森と川に囲まれた暮らし。釣りは大好きな時間のひとつ。=2026年6月、アマゾナス州、武田エリアス真由子撮影

「教わる側」から「教える側」へ

ゾライジさんが村を出た頃、ブラジルの先住民族にとって、大学はまだ遠い存在だった。

それから約20年。その状況は大きく変わった。

その変化は、自然に起きたものではない。

先住民族運動は長年、自分たちの言語や文化、地域の知識を尊重した教育を求めてきた。外部から来た教員に教わるだけではなく、先住民族自身が教員となるための養成も各地で進められてきた。

大学への入り口も広がった。2012年には、連邦大学などを対象としたクオータ法が成立した。大学などの高等教育機関で学ぶ先住民族学生は、2011年の約9800人から、2021年には約4万6300人へ。10年間で4倍以上に増えた。

そして2026年5月には、長年の先住民族側からの要求を受け、ブラジル初の連邦先住民大学を創設する法律が成立した。先住民族の文化や言語を守り継ぐとともに、領土や環境の管理、権利の保障に必要な科学的・技術的知識を、伝統知と対話しながら生み出すことなどを目的に掲げている。

変わったのは、大学で学ぶ人の数だけではない。

かつて教育や研究の対象となることの多かった先住民族自身が、教え、研究し、自分たちに必要な教育のあり方そのものをつくる側にもなり始めている。

2017年、経営学部の卒業式で。クラスで先住民族の学生はゾライジさん(右)一人だったという=本人提供

学ぶために、出なくてもいい?

そして今、もう一つの変化が起きている。

学ぶことと、故郷で暮らすことが、両立できるようになってきた。

ゾライジさんによると、マニコレで大学教育や遠隔教育が広がり始めたのは2016年頃から。さらに2022年頃には、衛星インターネットが農村部にも入り始めた。

現在、ゾライジさんが暮らす地域の周辺にも、森の中で暮らしながら大学で学ぶ先住民族の若者たちがいる。ゾライジさんが生まれたコミュニティーにも学生がいるという。

背景には、ブラジル全体で急速に広がってきた遠隔高等教育がある。2024年には、大学などの学部課程で学ぶ約1023万人のうち、遠隔教育の学生は約519万人。初めて半数を超えた。

すべてを自宅でオンライン受講するわけではない。「polo」と呼ばれる学習拠点が各地に置かれ、オンライン学習と対面授業、試験、実習などを組み合わせる。学ぶための拠点と人を地域側にも置くことで、高等教育へのアクセスを広げてきた。

そこに衛星インターネットが加わり、通信環境が壁となっていた遠隔地からも、その仕組みにつながれるようになった。

ゾライジさん自身が、森の中の自宅から大学生を教え始めたのは2024年。

「スターリンクのおかげで、ここで働けるようになりました」

10歳のゾライジさんは、学ぶために故郷を出た。それから22年。今、彼女は故郷に暮らしながら、故郷を離れずに学ぶ次の世代を教えている。

居住区にある学習拠点(polo)で、学生たちと。年齢はさまざまで、子どもを連れて学びに来る人もいる。ゾライジさんの生まれたコミュニティーから通う学生もいる=本人提供

「ここで暮らしたい」をかなえるためには?

では、なぜゾライジさんは、長く離れていた故郷に戻ったのだろう。

「私は自然の一部であることが大好きです。ここでの暮らしは、私を幸せにしてくれます」

魚を釣り、森へ行き、村々を訪ねる。季節ごとに実る果物があり、暑ければ小川で水を浴びる。ゾライジさんは、ここで暮らせることを「特権」だと話す。

そんな思いを抱くのは、彼女だけではない。

私がこの地域に通い始めて10年。何度訪れても驚くのは、世代を問わず、人々が自分たちの暮らす場所を本当に好きなことだ。

「ここが好きだ」「町にいると、森と川に戻りたくなる」。子どもからお年寄りまで、そんな言葉を何度も聞いた。洪水で家が浸水しても、何度も建て直し、ここで暮らし続ける人もいる。

「自然が私たちを抱きしめてくれるように、私たちも自然を抱きしめなければなりません。子どもたちにも同じように自然を尊重してほしい」と語る、ゾライジさんの父親ホッキさんと孫たち=2026年6月、アマゾナス州、武田エリアス真由子撮影

しかし、「ここで暮らしたい」という思いだけでは解決できない、現実的な問題もある。

アマゾンの奥地であっても、もはや資本主義と無縁ではいられない。

たとえば、ゾライジさんの村には電気が通っていない。電気を使うには、ガソリンで発電機を回す必要がある。インターネットにつなぐにも電気がいる。その燃料も、町から遠く離れたこの地域では高い。ゾライジさんによれば、一家のガソリン代だけで月に約2000レアル(約6万円)かかるという。

インターネットによって、森に暮らしながら大学で学ぶことは可能になり始めた。しかし、知識を身につけても、その力を生かして収入を得られる仕事が地域になければ、若者は外へ出ざるを得ない。

「最大の問題は仕事がないこと、現金収入を得る機会がないことです。仕事があれば、多くの人がきっと戻ってくると思います」とゾライジさんは話す。

その一方で、地域には教育や医療など、専門的な知識を持つ人材が必要とされている。そうした役割を担う先住民族の人材も、もっと必要だという。

「以前なら外部の人が私たちの地域で担っていた役割を、教育を受けた私自身が担えるようになりました」

こうした人が1人、また1人と増えていくことが、この土地の未来をつくるのではないか。

家族の台所。電気や水道などの公共インフラはなく、発電機や貯水タンクを自分たちで設置して暮らす。プロパンガスや燃料などは町から運ぶため、奥地では生活物資も割高になる=2026年6月、アマゾナス州、WORLD FESTIVAL Inc. 近藤祐希撮影

森を守るのは、誰なのか

近年、先住民族の領土を守ることは、森林や生物多様性を守り、気候変動に対処するうえでも重要だという認識が国際的に広がっている。私も参加した2025年国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(COP30)でも、先住民族の土地の権利や領土の保全は重要なテーマとなった。

その背景には、先住民族自身が長年にわたって示してきた森林保全の実績がある。衛星画像などから土地利用の変化を分析するMapBiomasによると、1985年から2024年までの39年間に失われた自然植生は、ブラジルの先住民族領域では1%未満だったのに対し、私有地などでは21%にのぼった。

では、その領土の保全を、これから誰が担っていくのだろう。

「ここで生きたい」と思う人が、土地との関係を失わずに暮らしていけること。それは、森を守り続けるために不可欠なのだ。

10年前、私がこの地域に通い始めたきっかけは、カカオやアグロフォレストリーだった。森を残しながら、そこに暮らす人たちの収入をどう生み出すかを考え、事業を行ってきた。

今回、同じ場所に通い続ける中で、ゾライジさんの日常に出合った。先住民族自身が求め、つくってきた教育の仕組みに、新しいテクノロジーが重なり、森に暮らしながら学び、働くことが可能になり始めている。そこに、新たな可能性を感じた。

「大地は母であり、命です」と語るホッキさん。森をともに歩けば、その豊かな知識と強靭(きょうじん)な身体に驚かされる=2026年6月、アマゾナス州、WORLD FESTIVAL Inc. 近藤祐希撮影

家族とカカオ豆の皮をむくゾライジさん。この地で育てたカカオ豆は日本にも届けられ、チョコレートにもなっている=2026年6月、アマゾナス州、WORLD FESTIVAL Inc. 近藤祐希撮影

土地と共に生きるということ

「知識を求めて外へ出て、学び、そして戻ることです。外へ出たまま戻らなければ、地域の発展も文化も少しずつ失われていきます」とゾライジさんは語る。

もちろん、すべての若者が故郷に戻る必要はない。外へ出ることも、違う土地で生きることも、それぞれの人生だ。

私自身、より広い世界へ出て、国境を越え、さまざまな場所で学び、働くことに価値を置く時代に教育を受けてきた。そして実際に、世界を移動してきた。

けれど、アマゾンに通うようになってから、もう一つの人間の強さに引かれるようになった。
一つの土地と長く関係を結び、文化や記憶を受け継ぎながら、「この土地は私の一部だ」と生きる人々だ。

そして今、その価値はむしろ高まっているように感じる。

遠くの人や情報と、どこにいてもつながれるようになった。一方で、その土地にしかない自然や文化、そこで受け継がれてきた知識や人との関係は、簡単には別の場所へ移すことができない。

グローバル化が進む中で、私たちは「移動できること」を一つの能力として高く評価してきたように思う。

では、一つの土地を深く知り、そこにある知識や文化を受け継ぎ、そこから新しいものを生み出していく人を育み、支えることの価値を、どれだけ考えてきただろう。

朝、川へ出る。弓を引き、水中の魚に狙いを定める。母親とカカオの実を収穫する。

発電機を回す。インターネットがつながり、パソコンを開く。

そして今日も、アマゾンの森の中から、次の世代を教える。

3歳の子にも、自分の小さな漁網がある。魚の捕り方も、この土地で生きる知恵も、幼い頃から受け継がれていく=2026年6月、アマゾナス州、武田エリアス真由子撮影

世界とつながりながら、この土地とともに生きていくゾライジさん=2026年6月、ブラジル・アマゾナス州、武田エリアス真由子撮影