中国の学術都市で巨大な投影 実行者はイギリスから遠隔操作 「重慶事件」が映し出したものは
8月29日夜、中国西部最大級の学術都市と言われる重慶市の「大学城エリア」で、高層ビルの外壁に大きなメッセージが映し出された。いずれも中国共産党の統治体制に対する批判や、自由・権利を取り戻したいという文言だった。
この日は、中国の旧暦で「七夕」にあたる日で、さらに金曜日。恋人が年に一度再会する物語にちなみ、街には若者が多く集っていた。投影は現地時間午後10時に始まり、当局によって消されるまで約50分間続いた。SNSや動画サイトで「重慶事件」として拡散された。その後すぐに、中国国内では報道されなくなったが、海外メディアでも何度か取り上げられた。
これまでも、街中で反体制的なスローガンを叫んだり、横断幕を掲げたりした人はいた。中国では、共産党の支配体制を批判したり、転覆をあおるような行動をしたりした人は「国家政権転覆扇動罪」できびしく処罰される。人権活動家や弁護士、ジャーナリストなどが政府批判や民主化要求をした際に適用されてきており、いずれも拘束されることがほとんどだ。
だが、今回は投影が遠隔操作で行われ、実行した本人は、そのときすでに中国を離れ、いまも拘束されていない。
関係者への取材などから、実行したのは戚洪(チーホン)という名の43歳の男性で、本人は現在、家族とともにイギリスに滞在していることが分かっている。
アメリカのポッドキャスト番組などに本人が語った内容や関係者への取材をまとめると、男性は2〜3カ月かけて遠隔操作でスローガンを投影する方法を思いついた。「心の中に訴えたい思いがあったが、具体的な手法を思いついたのは(実行する)ひと月ほど前だった」という。
重慶出身の男性はまず、投影場所に「大学城エリア」を選んだ。学術都市として知られ、学生が多く集う場所だからだという。その後、投影するビルを選び、その斜め向かい側にあるホテル(短期滞在者向けマンション)を9月3日まで予約し、8月13日に入居した。
レーザー彫刻できる機械(彫刻機)をネットで買い、自らの手でスローガンの文字を彫刻。中国の元国営テレビ記者で現在日本で活躍するジャーナリストは、この件を取り上げた自身の番組で「あんな内容、お店で注文したり他の人にお願いできたりするものではない」とコメント。番組などによると、男性は投影したい文言をレーザーで彫刻したあと、レンタルしたプロジェクターにセッティングし、光の角度や焦点距離を調整。8月20日にホテルを出て、家族と合流して一緒にイギリスに向け出国。イギリスに着いて数日後の29日、スマホのアプリを使って、遠隔操作してプロジェクターの電源を入れ、投影したという。
男性は、録画用のカメラを3台使用。1台はホテル内にセットしたプロジェクターの下に置き、窓から(向かい側のビル外壁の)投影の様子を録画。もう1台を部屋の中の、ドアの方に向けて置き、第三者が部屋に入ってきた場合に確認できるようにした。最後の1台は、男性の母親が住む実家の近くに設置した。
これらのカメラで録画した映像は、すべて、イギリスにいる男性のスマホに届き、男性はそれをネット上に投稿した。
もともとは9月2日の夜、つまり抗日戦争勝利80周年式典で北京で行われる前夜に実行しようと考えていたそうだ。ただ、警備上の都合でホテルを空き室にする必要があったり、誰かに部屋に入られたりしたリスクを考え、前倒ししたという。この場所を選んだ理由について男性は、インタビューを受けたメディアの一つに「彼ら(学生)は民主主義の『卵』で、今すぐ行動をするとは限らないけど、いつか目覚めてくれると信じている」と語っている。
男性は出国前にホテルの部屋の机の上に自筆の手記を残していた。
手記には「今回の事件は僕一人が考え、実行に移したこと」と強調。「いかなる組織にも属しておらず、このような行動に出たのは、やむを得ない事情からだ」として、「無関係な人々を傷つけないで」と訴えていた。武力衝突に発展するような事案が発生した場合に「(人を撃たないように)銃口を少し上に向けて」とも書かれていた。
男性は、事件を起こした動機として、北京の高架橋で2022年10月に起きた、習近平国家主席を批判する横断幕が掲げられた事件や、白紙運動(ゼロコロナ政策による厳しい検閲や情報統制に反対する人々が街頭に繰り出し、白い紙を手に持って表現の自由を訴えた抗議活動の総称)に強い影響を受けたと、複数のメディアに語っている。
重慶の小さな山村でシングルマザーに育てられたという男性は、16歳で学校を中退すると、広東省や北京などを転々としていたという。18歳で初めて北京の天安門広場に行ったときに、(共産党が「邪教」とする)法輪功集団の取り締まりに出くわし、信者と誤解されて逮捕されたこともあったという。取り調べのなかではひどい暴力を振るわれたと主張し、それ以来、公権力に対して不信感を持っていたという。
その後、男性は北京でネット通販などで生計を立てられるまでになり、結婚して家庭を持った。コロナを機に仕事を失い、妻と子どもを連れて故郷の重慶に戻ってきていた。
男性はいま、家族とイギリスに滞在し、亡命ビザの取得を目指している。国内に残された家族や親族の元には当局者が訪れているといい、70歳代の母親の安否が分からないという。
「とてもつらい。すべて自分一人でやったことで、(イギリスに一緒にいる)家族も知らなくて、泣かせてしまった。行動したこと自体に後悔はないが、心の中では罪悪感がある。僕のせいで影響を受けたみんなに本当に申し訳ないと思う」と、あるメディアの取材に対して語っている。