真珠湾にたたずんで 戦後80年の日本とアメリカ 試される「人と人」の結びつき
ハワイやニューヨークで会ったアメリカ人の言葉が、アメリカとは何か、戦後の日米の結びつきとは何かを考えさせます。
金色に輝きながら、青い海でゆらゆらと油が揺れている。アメリカ時間の1941年12月7日、日本軍の奇襲で真珠湾に沈んだ米戦艦アリゾナから、今も漏れ出てやむことがない。その下には、1000人を超える乗組員の大半が眠っている。
この日を忘れるな━━。
文字通りそう刻まれた海岸の碑以上に、漂う油はそう言っているようだった。
アリゾナの沈む場所は船で渡れる記念館になっていて、油はそこから見える。その海面の向こう、流れる油の途絶えた紺碧(こんぺき)の海に、戦艦ミズーリが浮かんでいる。1945年9月2日、外相重光葵(まもる)らが甲板で降伏文書に調印した戦艦は、いま真珠湾でやはり記念館になっている。開戦時の惨禍と勝利の凱歌(がいか)とが一つの湾に同居して、パールハーバー国立記念公園の一角を成しているのだった。
もちろんそれはアメリカの物語である。アリゾナとミズーリの間に流れた時間のなか、日本人も、そして日本人でない人も、おびただしい数の人間が命を落とした、奪われた。彼らが漂う油に身をやつしたなら、この海のどこまで広がることだろう。
記念公園でアリゾナ記念館に渡る船を待っていた午前8時、敷地内に国歌「星条旗」が響き始めた。すると、それぞれに乗船を待つ大勢のアメリカ人が、向きは様々のまま直立不動になって、胸に手を当てたり敬礼したりしている。私のそばにいた車イスの女性は、その間だけ苦労して立ち上がった。
場所が場所だけに驚くには当たらないが、アメリカ人の国家への忠誠心はやはりあついものがある。星条旗に向かって唱和する「忠誠の誓い」は、誰もがそらんじている。
あの戦争で日米がそれぞれに「守るべきもの」としていた理念の違いを考える時、戦後80年の今、歴代日本政府が決まり文句としてきた「価値観共有」は、どこまで確かだろうか。
ハワイでもニューヨークでも、日米の民間交流に尽くしてきた人たちに会った。政権のやりたい放題を憂えつつ異口同音に語ったのは、為政者や政府間の関係によらず互いを知ることの大切さである。
元ハワイ州議会上院議員でハワイ日系人連合協会長のブライアン・タニグチ氏は、祖父母が広島出身で、相互交流に努めてきた。「政府がやることと人々が考えていることは同じではありません。日本政府が始めた戦争に国民は従わされたという面は、もっと理解されていい」。今のアメリカに話が及ぶと「民主主義の勝利を諦めるわけにはいかない」と語った。
ニューヨークで会社を経営するロバート・ファロン氏は、日本をはじめアジアに駐在し、民間の国際交流にも長く貢献してきた。私よりひと回り年上の彼は、口調こそ穏やかながら、「トランプのアメリカ」に天を仰いだ。
「この国のモットーはE Pluribus Unum(エ・プルリブス・ウヌム)なんです」。ラテン語で「多くのものが一つに」を意味する言葉で、白頭ワシをあしらった米大統領の紋章にも刻まれている。なのにトランプ大統領は白人ナショナリストの国にしようとするのか、と。
でも、とファロン氏は言う。国民の過半数が今の政権を良しとしていないことに留意してほしい、アメリカは巨大なタンカーのようなもので、針路を変えるのに時間はかかるでしょうが━━。
妻ジョアンさんも日米の教育や文化の交流に深く関わってきた。「日本とアメリカには戦後の長い時間をかけて培ってきた人と人とのつながりがある。大切なのは人と人で、それは今も良い関係です」
ニューヨーク近代美術館の新装にあたった谷口吉生を絶賛したのはこの夫妻である。日本での谷口の仕事にも通じていて、こちらが教わった。
人と人とが自在に行き来し、親交を深めるには、必要な環境がある。正規の手続きを踏めば渡航できること、訪ねた先の法に違反しない限り理不尽に身柄を拘束されたり追い出されたりしないこと、言論の自由が守られていること━━ざっくり言えば平和であり民主主義が行き渡っていることだろう。それを危うくするものは、「人と人」にとって他人事ではなくなる。
何しろ世界は広く、例外はもちろんあるだろうが、少なくとも戦後の日米はそのような間柄であろうとしてきたはずだと私は思う。今は、そしておそらくこの先しばらくは、その達成度が測られる時なのかもしれない。トランプ支持層はなお底堅く、そもそも選挙でその座に就いた大統領には違いない。民主主義の試練と言うべきか、アメリカの「諦めない」人たちにも、日本の人たちにとっても、踏ん張りどころが続く。
12月7日に生まれて、アメリカにあこがれ、のぞき続け、さあこれからどうなるという時に定年を迎えた。半可通にふさわしい巡り合わせではある。いつかまた行く機会があるとしたら、自由の女神はその時どんな顔を見せているだろうか。