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「折り合う力」を学ぶ ドイツで続く政治教育、SNS対策も ナチスの苦い歴史へて

World Now 更新日: 公開日:
マックス・プランク・ギムナジウム(中高一貫校)で、政治教育で議論する生徒たち=ドイツ・ベルリン市、藤崎麻里撮影

社会が分極化した結果、ナチスの台頭を許した苦い歴史をへて議論を通じて「折り合う力」を教えているのがドイツだ。SNSが広がり、移民排斥を掲げる右派政党が勢力を伸ばすいまも、こんな教育が粘り強く続けられている。

5月13日、ベルリン中心部のマックス・プランク・ギムナジウム(中高一貫校)。9~10年生(14~15歳)の生徒たちが真剣に議論を交わしていた。折り合う力を学ぶ「政治教育」の時間だ。

この日のテーマは、学校での携帯電話の使用制限について。2人が賛成派、2人が反対派の立場で話し合う。それを、ほかの生徒たちが見つめる。

政治教育の授業で、手前と奥と立ち位置もわけて意見を対立させながら、議論の作法を学ぶ生徒たち
政治教育の授業で、手前と奥と立ち位置もわけて意見を対立させながら、議論の作法を学ぶ生徒たち=ドイツ・ベルリン市のマックス・プランク・ギムナジウム(中高一貫校)、藤崎麻里撮影

「授業に力をいれて、使用を減らすべきだ」。口火を切ったのは賛成派だ。

反対派が反論する。「携帯とどう付き合うかを、学校教育の中で教えるべきで、単なる規制には反対だ」

賛成派が言う。「携帯を使ったネット上のいじめが起きやすくなる」

反対派が応じる。「学校で携帯を使わなくてもいじめは起きる」

議論はさらに続いた。

反対派「(登校時に)学校に携帯を預けても、ルールをすり抜けて2台目を隠し持つ人も出てくるかもしれない」

賛成派「2台目を持つ人はごくわずかだ。出費がかさむから」

相手の論点をふまえて自分の論点を伝える。感情的にならないように主張する。ほかの生徒たちは議論を聞いて各自の考えをまとめる。

政治教育の授業で、議論の作法を学ぶ生徒たち。同じ意見をもつ者同志で集まって、論点整理していた
政治教育の授業で、議論の作法を学ぶ生徒たち。同じ意見をもつ者同士で集まって、論点整理していた=ドイツ・ベルリン市のマックス・プランク・ギムナジウム(中高一貫校)、藤崎麻里撮影

妥協こそが民主主義

こうした授業を何回も繰り返し、折り合うポイントを探っていく。トーマス・ワグナー教諭(40)は「論点をたくさん明らかにし、議論を重ねて納得できる落としどころを探っていく。妥協こそが民主主義だ」と説明した。同校では毎週1~2時間、政治教育の授業がある。身近なテーマで始め、上の学年では政治も扱うという。

マックス・プランク・ギムナジウム(中高一貫校)のフラウ・コプケ校長=ドイツ・ベルリン市、藤崎麻里撮影

移民の多いベルリンにある同校には、50以上の国・地域出身の生徒が通う。フラウ・コプケ校長は「違いを乗り越えて話し合う重要性が生まれ、政治教育を力を入れるようになった」と話す。

ドイツの教育に詳しい早稲田大の近藤孝弘教授によれば、政治教育は、学校教育も社会教育も含む。学校教育の場合、生徒の意見を形成する能力を育てることを目指し、政治参加も促す。

背景にはつらい歴史の記憶がある。

第1次世界大戦後、民主的な憲法を掲げたが、下院は極端に多党化。14年間で総選挙が8回、連立内閣の数は20に及び、多くが少数与党だった。世界恐慌で失業者が増え、不満が高まるなか、様々な勢力が主張を一方的に繰り返し、社会に多くの対立が起きた状況(分極化)が、ヒトラーを生んでしまった。近藤教授は「分極化しても、理性的な議論ができていれば、という反省がある」と解説する。

戦後広がった政治教育 公共機関も

政治教育を進める公共機関もある。税金で運営し、外部機関がチェックして中立性を確保する「政治教育センター」だ。連邦レベルで一つ、16の州ごとにもある。教員向けの教材を作り、市民向けの講座も開く。

国際アニメ映画祭会場で、政治教育センターが企画した「アンネ・フランクの日記」を題材にしたアニメが上映された=ドイツ・シュツットガルト、藤崎麻里撮影

欧州で戦後80年を記念する5月8日、南西部シュツットガルトで開かれた国際アニメ映画祭会場で、政治教育センターが連携し、「アンネ・フランクの日記」を題材にしたアニメが上映された。肌寒いなか、家族連れや若者らが野外スクリーンに見入った。

政治教育では、歴史を伝えることも重視する。同センターの地元支部長、トーマス・フランケさんは「アニメ映画祭は、幅広い世代、政治教育に関心をもたない人とつながれるチャンスだ」と話す。

ただ、ドイツでも、2月の総選挙で、移民排斥を掲げる右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が第2党へ躍進した。得票率は旧東独地域で40%近くになった。同地域出身の男性は「旧東独出身者は東西統一後、支持政党が定まらなかった。自らを二級市民のように感じてきた人も多く、AfDの主張に流れやすくなった」と言う。

政治教育センターでは、教員向けの教材なども販売している=ドイツ・シュツットガルト、藤崎麻里撮影

こうした流れは、SNSで生まれている側面も大きい。

SNSや偽情報対策も

AfDの支持者の割合が多いベルリン市地域のスーパーに買い物に来ていた幼稚園勤務の20代の男性は自らは支持していないが、友達には支持者がいるとしたうえで「彼らは政治的主張にひかれたというよりも、若者の言葉でわかりやすく、SNSで政治を伝えることに長けているAfDにひかれているようだ」と話した。

ベルリン市中心部のマクドナルドで食事をしていたマーケティング勤務の20代女性は「SNSの登場回数も非常に多く、ターゲティングの絞り方もうまい」と目を見張る。家庭教師業務をしている20代女性は「仕事で10代前半の子どもを見ているが、政治に高い関心がある。こういう入り口で政治に関心をもつようになるわけで、下の世代は大変になっていくだろう」と懸念する。

こんな状況のなか、政治教育では、SNSの使い方や偽情報対策を教えることにも力を入れる。折り合う力を育む議論の土台となるからだ。

政治教育について語るケーテ・コルビッツ・ギムナジウム(中高一貫校)のファリーノ・カッテ教諭=ドイツ・ハノーバー市、藤崎麻里撮影

ドイツ北部のハノーバー市にあるケーテ・コルビッツ・ギムナジウム(中高一貫校)で政治教育を教えるファリーノ・カッテ教諭(34)は「SNSのアプリでは、情報にたどり着く前に、意見ばかりが目につき、議論が十分に成り立ちづらい。アルゴリズムがどう動いているかわからなく、大きな問題になっているので、授業でも、SNSとの向き合い方も教えている」と話した。

SNSのアプリがどんな理屈で動いているかを教えることから始める。「流れてきた投稿が現実のように見えても、それが現実の全体像を示すものではない。まずは、そこを理解してもらえるようにすることが重要だ」

政治教育センターが、地域の学校と連携して授業をするケースもあった。幼稚園教諭を養成するシュツットガルト市内の専門学校で5月9日、偽情報対策の授業があった。講師はセンターが招いた地元ラジオの編成局長、カースティン・ゾイグさんだ。
「どれが本当のニュースでしょうか」

幼稚園教諭を養成する専門学校で、地元ラジオ局編成局長のカースティン・ゾイグさんが、自らつくった教材を使ってフェイクニュースの見分け方を指導した=ドイツ・シュツットガルト市、藤崎麻里撮影

「フランスの空港に中国企業が資本参加」「トランプ逮捕」などと書かれたカードを数枚渡す。フェイクニュースの中に1枚本当のニュースが交じっている。

正解は「中国企業の資本参加」。前列に座ったバージニア・トップステッドさん(31)は「一番フェイクニュースっぽいと思ったのに」と目を丸くした。

ゾイグさんが見分けるポイントを紹介した。

①見出しや文章が中立的かをみる。

②URLなどで出所を確認する。

③写真がほかのサイトで使われていないかを調べる。

幼稚園教諭を養成する専門学校で、フェイクニュースの見分け方を学ぶ学生たち=ドイツ・シュツットガルト市、藤崎麻里撮影

一方で、政治教育センターではAfDとどう向き合うか議論が続く。ドイツの政治教育は今後、試行錯誤が続くのかもしれない。

ドイツ在住が30年を超え、自らの子も受けた政治教育について記事を書いたライター田中聖香さんは言う。「政治教育は終わりがなく、完璧でないかもしれない。でも家事と同じで、やらなければ家が荒む。政治教育もやり続けないといけない」