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批判的思考力を鍛える「メディアリテラシー教育」とは

グローバル教育考 更新日: 公開日:

アメリカ大統領選や新型コロナウイルスをめぐってフェイクニュースやデマが広がり、日本でも「メディアリテラシー」の注目度が上がっている。学校教育の場で「メディアリテラシー教育」の充実を求める意見も強まっている。今回、話を聞いたルネ・ホッブス氏(米ロードアイランド大学教授)は、米国で長年にわたりメディアリテラシー教育を牽引し、多数の著書もある第一人者だ。「メディアリテラシーは誰にでも教えられる」と話すホッブス教授に、その真意や、批判的思考力(クリティカルシンキング)を鍛える手法などについて聞いた。(山脇岳志)

ルネ・ホッブス Renee Hobbs ロードアイランド大学教授。 同大学でメディアリテラシー教育の普及や調査を行っているMedia Education Lab創設者で現ディレクター。ミシガン大学コミュニケーション修士課程修了、ハーバード大学教育大学院博士課程修了(教育博士)。著書は、『デジタル時代のメディア・リテラシー教育 中高生の日常のメディアと授業の融合』(東京学芸大学出版会, 2015)など多数。

■「フェイクニュースという言葉は使わない」

インタビューは、2020年9月、筆者の所属するスマートニュースメディア研究所の宮崎洋子氏らとともに、オンラインで行った。本来なら渡米して直接、インタビューしたいところだが、コロナ禍によって、オンラインに切り替えざるを得なかった。

直接の面談よりもお互いの熱意が伝わりにくいオンライン会議だが、この日は違った。ルネ氏は、満面の笑顔で底抜けに明るく、身振り手振りも激しい。ZOOMの画面に近づきすぎて、画面が彼女の顔だけで埋め尽くされることもあった。

ちょうど、米国の大統領選が佳境を迎えていた。トランプ氏は変わらず、虚偽発言を繰り返していた。筆者が「トランプ大統領の不正確なツイートはフェイクニュースだと思いますか?」と聞いたとき、ルネさんはまじめな顔になった。

「『フェイクニュース』という用語そのものが問題だと思います。2016年の大統領選挙で、トランプ氏がフェイクニュースという言葉を使い出しましたが、彼がフェイクニュースと称するのは、偽情報や誤情報ではなく、彼にとって都合の悪い情報すべてです」

「この国に社会的分断はもともとありましたが、トランプ氏は、彼に批判的な情報を『フェイクニュース』とひとまとめにしてしまったために、社会的分断は全く別次元のレベルまで悪化しました。メディアリテラシーの教育者たちはみんな、『フェイクニュース』という言葉を決して用いないと誓っています」と語気を強めた。

1990年代、フェイクニュースとはアメリカの人気番組「デイリー・ショー」などのコメディー・ジャーナリズムを称して使われる言葉だったが、それが変質したというのである。

ルネ・ホッブズ氏とのオンラインインタビュー

トランプ大統領の出現によって、メディアリテラシーの授業がやりにくくなっている、とも語った。「(トランプ氏が大統領になるまでは)教師が授業で(リベラル的な)ニューヨーク・タイムズの記事やCNN、(保守的な)Foxニュースのクリップを使うことに何の問題もなかったのですが、今では、どこの記事やクリップを使ったかによって保護者たちを怒らせる恐れが出てきました」

教師の中には、新聞やクリップの使用を諦めてしまっている例もあるという。「トランプ大統領が、アメリカ国民に『メディアには味方と敵がある』という意識を植えつけてしまったのです」

ただ、メディアリテラシーの授業に、正確な情報や、質のよいコンテンツだけを使う必要はないのだという。

例えば、歴史的事件などあるテーマを決めて、生徒にいいコンテンツを5つ、悪いコンテンツを5つ、インターネットから探すという課題を出す。

それを生徒が一番いいものから悪いものまで順位をつけて発表し、どうしてその順位にしたかを説明する。教師の方からは、URLに気がついた? どこからの情報? 作者は? 情報源は? などと聞いていく授業例を紹介してくれた。

こうした手法は、生徒がいかがわしい情報を恐れるのではなく、それに対して批判的に考える力を養うよい訓練になるという。授業を実社会とつなげることで、生徒が自分自身で考える力を養っていける機会となるのだという。

■アメリカのメディアリテラシー教育とは

そもそも、米国の学校ではどの程度、どんな授業を使って、メディアリテラシー教育は行われているのか。

「どの程度か」については、米国は教育の分権化が進んでおり、15000以上の学区単位で教育内容が決められるため、実態はよくわからないのだという。量的な統計はないものの、多くの州では、メディアリテラシーをカリキュラムに組み込むことを標準としているという。メディアリテラシーを単独の科目として扱うやり方と、国語や社会、理科など、日常的に行われている科目の中に組み込むやり方とがあるが、どちらのやり方でもよい、というのが今のコンセンサスだという。

テレビ広告などのポップカルチャー、エンタメ、ニュースなど、だれでも日常的に接するものを授業の題材にするのが、一般的なメディアリテラシー教育の特徴だ。

たとえば、小学校で、食べ物について学ぶときに、食品のテレビ広告を批判的に分析する授業を組み込むケース。中学校で、授業の10分間をニュースの分析にあて、生徒たちが見出しや写真などについて、多様な視点から討議するケース。高校で、過去の娯楽映画の正確性について検証するケース、などだ。

米国内のイデオロギー的な分断は激しいが、保守とリベラル、両方の地域で活用できるメディアリテラシープログラムもある。

国語(英語)の教師は「言葉は力なり」という概念、言葉の使い方で世界は変えられるという考え方を、政治的に中立な形で教えているという。

また、社会科や公民を担当する教師がメディアリテラシーの授業を実施しているケースもある。社会科におけるメディアリテラシーでは、ニュースの分析が重視されるという。新聞の読み方だけでなく、ジャーナリズムがどうやって機能しているのか、ジャーナリズムと政府の関係、選挙キャンペーンなども学ぶ。

最近では、メディアの所有にも関心が高まっていて、社会科の授業でフェイスブックやグーグルがなぜ独占的になっているのか、それにどう対応するべきか、といったメディア業界の経済状態と規制の関係を盛り込む教師も増えているという。

リテラシーの教材については、専門的な団体が作成したものを使う教師もいれば、自分自身で工夫して教材を作る教師もいる。教師向けに、デジタル時代のメディアリテラシー教育をトレーニングする機関や団体もあり、広く利用されているという。

シンプルに、古い教科書と今の教科書を見比べる手法も有効だという。「例えば、私が小さい頃に読んだ1965年の教科書では、奴隷制度は悪いとは書かれておらず、むしろ奴隷は幸せであると書かれていました。これを2020年の教科書と比べて、1965年に書かれた歴史と、今の歴史がなぜ違うのか、子供たちに聞きます」

社会的文脈により、知識の性質が変わってくるのを知るのも、良いメディアリテラシー教育なのだという。

■メディアリテラシーの5要素

米ロードアイランド大教授のルネ・ホッブズ氏(本人提供)

ホッブス教授は、デジタル時代のメディアリテラシーについて、5つの要素から成ると考えている。

アクセス(access)、分析(analyze)、創造(create)、振り返り(reflect)、そして行動(act)の5つである。

  1. アクセス=適切で関係する情報を見つけ、共有すること、そしてメディア・テクストと技術の道具をうまく使うこと
  2. 分析=メッセージの目的、対象となる視聴者、メッセージの質、正確さ、信頼性、見地、潜在的な影響力やメッセージがもたらすものについて批判的に思考を行うこと
  3. 創造=目的や視聴者や構成する技術を意識して、自己表現のために、創造性と信頼に足るものを使いながら内容を構成して生み出していくこと
  4. 振り返り=メディアのメッセージと技術的道具が日常生活における思考と行動に影響することを考え、私たち自身のアイデンティティやコミュニケーション行動や行為に社会的責任や倫理的原則を適用すること
  5. 行動=家族や仕事場やコミュニティで知識を分かち合い問題を解決するために、個人的にあるいは全体で協働して行動すること。さらに地域や区域や国や国際的なレベルにおけるコミュニティの一員として参加すること

中でもルネさんが重視するのは、批判的思考(critical thinking)だという。

マスメディアだけでなく、ソーシャルメディアを含めて、世の中を飛び交うあらゆる情報には、メッセージ性があるが、それがどうやって構成されたかについて、考えてみるということが重要だという。

作者は誰で、何が目的か、注目を集めるためにどのような表現テクニックが使われているか、どんな価値観や視点が提示されているか、何が除外されているか、といった要素を考える。また、メッセージによって、誰が利益を得ているのか、どのような偏見が織り込まれているのか、視聴者にどのようなインパクトをもたらしたかなど、経済的や社会的な文脈を意識することが重要だという。

■3歳の孫に伝えるメディアリテラシー

ホッブス教授は「全てのアメリカの子供が、初等・中等・高等教育のどこかで、メディアリテラシー授業を何らかの形で受けられるようにすることが大切だと思っている」という。そして、実は、誰でもメディアリテラシーは教えられるのだ、と。

ルネさん自身、3歳の孫と、こんなやりとりをしている。

スマートフォンで孫の部屋の写真を撮ると、「僕のテディベアが入ってないよ」というので、「これには枠(フレーム)があるでしょ。全部は入らないのよ。メディアのメッセージというのは、いつも選ばれていて、全ては入らないのよ」

これもメディアリテラシーだと考えることができる。そもそも、マスメディアから流れてくる情報にしても、フェイスブックやツイッター、インスタグラムといったソーシャルメディアで個人が発信するにしても、すべての情報は「構成された」ものなのである。

スマホで写真を撮り、画像を送るといった日常的なことからも、そのことは意識できるし、意識することで、物事を鵜呑みにするのではなく、情報を吟味する「批判的思考力」は身についていく。

小学生や中高生に、どのようなやり方で、メディアリテラシーを教えていくか。教師向けの本が日本語に訳されているので、最後に紹介しておきたい。

小学生向けの教え方が掲載されているのは、『メディア・リテラシー教育と出会う』(ルネ・ホッブス/デビッド・クーパー・ムーア著、森本洋介監訳、弘前大学出版会)。中高生向けには『デジタル時代のメディアリテラシー教育』(ルネ・ホッブス著、森本洋介・和田正人監訳、東京学芸大学出版会)という本がある。

ルネ・ホッブズ氏の著書

本の中に紹介されているのは米国での授業案であるが、日本での授業のヒントになりそうな例はいくつもあった。

OECDの国際教員指導環境調査(2018年)で、「児童全体の批判的思考を促す」と答えた教員は、参加国の平均で80%を超えているが、日本は20%台。日本の教育現場では、先生たち自身が、クリティカルシンキングをどうやって教えればよいのかわからないという声も聞く。こうした点からも、有益な本だろう。

ルネ教授の詳しいインタビューは、スマートニュースメディア研究所のホームページに掲載している。