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ゲームや漫画をローカライズ 言葉の壁を打ち破るスペイン人社長は万博誘致にも貢献

Breakthrough 突破する力 更新日: 公開日:
PLAYISM関連のゲームタイトルをバックに笑顔のイバイ・アメストイさん
PLAYISM関連のゲームタイトルをバックに笑顔のイバイ・アメストイさん=2025年4月14日、大阪市西区、高野良輔氏撮影

世界中のゲームや漫画、アニメが簡単に楽しめる時代だ。だが実は、それらのコンテンツが世に出る前に、翻訳に加え、各国・地域の文化や習慣を踏まえて「最適化」をしている人たちがいる。大阪を拠点に、様々なコンテンツをローカライズして世界に届けているアクティブゲーミングメディアもその一つ。スタッフの大半が外国人の会社を率いるのはスペイン人社長。開催中の大阪・関西万博の誘致にも大きく貢献した人物だ。

大阪市内のオフィスでイバイ・アメストイさん(47)に会うため、久しぶりに大阪の地下鉄に乗った。東京ではあまり聞くことがなくなった「肉声アナウンス」が流れていた。少しぶっきらぼうに聞こえる大阪弁が懐かしい。

そんな話をアメストイさんにしたところ、即座にこうかえってきた。「この前、東京で山手線に乗ったんです。次は高田馬場の一つ前の駅なのに車掌が『次は、高田馬場』って言ったんですよ。そのまま駅に着いてまた出発して。お、これはどうするんやろって。何て言ったと思います? 『次も、高田馬場』って。なかなかでしょう」

ネタなのか本当なのか、しかしこうして、アメストイさんは会話のペースを自分のものにしていく。周囲は引き込まれ、耳を傾ける。来日当時、日本語を全く話せなかったことが想像できないほど巧みで自然な話しぶり。それも全て独学というから驚く。「本当はスペイン人の皮をかぶった大阪のおっちゃんじゃないかと思うんですよね」と、アメストイさんを古くから知る樋口雅敏さん(55)。

スタッフの6割が外国人

アメストイさんは、漫画やアニメ、ゲームの「ローカライズ」を手がけるアクティブゲーミングメディア(AGM)の社長。ローカライズは「現地化」「地域化」と訳されることもあり、現地の言語への翻訳だけでなく、流血や露出の多いシーン、アルコール飲料など文化的・宗教的タブーに触れる描写の変更もする。コンテンツが世界で流通する時代に欠かせない作業になっている。

AGMはこの分野の草分け的存在だ。強みは約220人のスタッフの6割を占める外国人で、アメリカ、フランス、中国、エジプト、セルビアなど約25カ国・地域の出身者たち。登場人物の年齢やバックグラウンドに合った自然な言葉遣い、歴史や文化を肌で知っているからこその配慮を売りにしている。

「世界中のエンターテインメントの障壁をローカライズで払拭(ふっしょく)する」と掲げるAGM。それを象徴するように、「壁」を全く感じさせない人物がアメストイさんだ。

イバイ・アメストイさん(手前)。オフィスには外国人スタッフが目立つ
イバイ・アメストイさん(手前)。オフィスには外国人スタッフが目立つ=2025年4月14日、大阪市西区、高野良輔氏撮影

少年時代に「ゴルゴ」の衝撃

スペイン北東部のバスク地方、サン・セバスチャンに生まれた。人口18万人の都市は、観光や美食の街としても有名だ。サッカー・スペインリーグで活躍する久保建英選手が所属するレアル・ソシエダのホームでもある。

普段話すのはバスク語で、学校ではスペイン語を学んだ。東20キロに国境を接しているフランス語も身近で、父母はともにフランス語を話したという。幼少期から多様な言語に囲まれて育ったことが、後に道をひらくことになる。

本の虫だったアメストイ少年が日本と出会ったのは、漫画「ゴルゴ13」のフランス語版だった。「衝撃でした。ゴルゴは暗殺者ですが、正義でも悪でもない。でも時々、人情も見せる。そういうキャラクターは初めてだったから、なんだこれは、と」。当時、テレビでも日本のバラエティー番組「風雲!たけし城」などが放送されており、日本のコンテンツは人気だった。

高校卒業後は警察官になった。選択の理由は「徴兵を逃れられる職業の一つだったから」。働きながら大学で哲学を学ぶ生活を2年ほど続けた後、「外の世界」を見たいと、日本行きを決意した。サン・セバスチャンの姉妹都市である香川県丸亀市に短期間滞在した後、東京へ。仕事を転々としながら、日本語を身につけた。

夜は星新一の小説などを読み、語彙(ごい)を増やした。スペイン語と日本語の辞書を常に持ち歩き、一度引いた言葉にチェックをつけた。その辞書は今も大切にとってあるという。「日本語は難しい、話せないという外国人も多いですけど、そんなことはない。日本にいれば、毎日日本語を話さざるを得ない環境なんだから、必死でやればすぐ話せるようになります。大切なのはやる気と心がけです」と語る。

スタッフと打ち合わせをするイバイ・アメストイさん(右)
スタッフと打ち合わせをするイバイ・アメストイさん(右)=2025年2月7日、大阪市西区、中川竜児撮影

語学力が新たな扉開く

異なる文化の国での暮らしは楽しかったが、先の見えない状態でもあった。「何か、を見つけなければと思っていました」とアメストイさん。

そんなある冬、都内にある南米の大使館で雪かきバイトをしていたところ、声をかけられた。「きれいなスペイン語を話す人を探している会社があるんだけど、どう?」。ほかのアルバイトはみんな南米出身だったが、くだけたスペイン語。学校で文法から学んだアメストイさんのスペイン語とは違っていたという。

そこがゲーム開発会社だった。実際にプレーして、不具合がないか確かめる「テスター」の仕事で、本格的にゲームを知るきっかけになった。その後、転職した別のゲーム開発会社でスペイン語へのローカライズを任され、知識と技術を蓄えた。

「日本のコンテンツは海外でもっと消費されるようになる」と考え、2008年にAGMを設立。2009年に大阪にオフィスを移した。関西には任天堂やカプコンなど大手の本社があり、中小の関連業者が多い。「関西の方が外国人の定着率が高い」とも聞き、人材確保の面でもメリットがあると判断した。

ゲーム業界に長く身を置き、当時は別のゲーム会社に勤務していた樋口さんとアメストイさんの付き合いはこの頃から始まった。AGMに依頼したゲームの翻訳の出来をめぐり、樋口さんは連日のように電話をかけていた。ある日、上京したアメストイさんと初めて会い、2人で得意先回りをした。樋口さんは「人の懐に入るのがうまい。人に覚えてもらいやすい。それまで会ってきた、どのビジネスパパーソンとも違う強烈な個性を感じた」と振り返る。その個性にひかれ、樋口さんは2017年にはAGMに加わり、現在は営業部担当執行役員を務めている。

この当時から、コンテンツをめぐる状況も変わりつつあった。翻訳は英語に加え、「FIGS(フランス、イタリア、ドイツ、スペイン)」といった多言語展開が求められるようになっていた。アメストイさんのようにヨーロッパ出身で言語が分かるのは大きなアドバンテージで、現地の翻訳者、漫画やゲーム愛好者にアピールできた。

震災の自粛ムードで打撃

しかし、東日本大震災が起きる。原発事故を懸念して母国に帰るスタッフが相次いだ。スペインの両親も一人息子を心配していたが、「帰ることは考えなかった。仕事がありましたから」とアメストイさん。ローカライズを請け負い、音声収録も済ませたゲームがあった。キャストやスタジオに支払いをしなければならない。「よりによってそれが東京が滅びるようなストーリー」。日本全体が自粛ムードに包まれ、Jリーグやプロ野球の開催も危ぶまれていた。そのゲームの発売も見送りになったという。

だが予想に反して取引先はお金を振り込んでくれた。「踏み倒されても仕方ない状況。海外ならあり得ない。『お客様』のありがたさが分かりました」とアメストイさん。日本政府は原発事故で散々批判にさらされたが、「あれほどの地震と事故が起きても、何とか切り抜けられたのは日本の力。他の国だったら絶対無理。別の国なら私も逃げたかも知れません」と振り返る。

危機の中にあって、社内に新部門「PLAYISM(プレーイズム)」をつくった。大手ではなく、個人や少人数の手によるインディーゲームに着目し、販売や宣伝などを担う体制を整えた。

アメストイさんは、爆発的な人気を博した任天堂のアクションゲーム、スーパーマリオブラザーズを例にこう語る。「マリオは子どもからお年寄りまで、誰がプレーしても抜群に面白い。今でも全く色あせない、完成度が非常に高いゲームです。それには様々な理由があるのですが、マリオはダッシュの加減やジャンプの高さ、カメの歩みのスピードなど、全てが完璧に計算されているのです。それと、ここが大事なのですが、操作をちょっと失敗してマリオがうまく飛べずに穴に落ちてしまうような時に、『あ、ほぼいけた』と思わせる。そうするともう一回プレーしますよね。これが本当に絶妙なんです」

ただ、そうした「絶妙さ」は、ゲームの開発に時間をかけ、膨大なデータを積み上げられる大手だからこそできるのだという。「中小の会社にはそこまで追求できない。ただし、インディーゲームはたった1人でも、優れた作品を生み出せる分野なんです。誰も考えつかなかった発想さえあれば、戦える」。つまり、世界中から「原石」を見つけて世に出す手伝いだ。「それこそが、弱小の我々が生き残る道でもあると思ったんです」

優れたクリエーター発掘

この判断が当たった。当時、インディーゲームを専門に扱う会社はほとんどなく、その後の成長を取り込みつつ、PLAYISMはAGMの基幹部門になっていく。樋口さんは「AGM本体よりも、PLAYISMの知名度が高くなり、その看板にひかれて入社を希望する人も増えていった」と話す。

PLAYISMの立ち上げ当初から関わり、現在は責任者を務める水谷俊次さん(41)も「PLAYISM以前は、日本の人がインディーゲームで遊ぼうと思っても、難しかった。今のように様々なゲームで遊べる環境ができ、個人の優れたクリエーターの作品が世界中で遊べるようになったのは、自分たちの頑張りもあったと思います」と語る。

Night in the Woodsの1シーン
Night in the Woodsの1シーン©Infinite Fall. All Rights Reserved.

アメリカの片田舎を舞台としたアドベンチャーゲーム「ナイト・イン・ザ・ウッズ」の日本語版ローカライズでは、翻訳が高い評価を得た。ネコの姿をした主人公のメイが大学を中退し、故郷に戻る。不景気で様変わりした故郷で、かつての友人らと再び遊ぶようになり、物語は進んでいく。

世界的に知られるインディーゲームの賞を取ったゲームだったが、スラング満載の会話で構成されており、開発者側からも「日本語化は難しいのでは」と言われたほどだったという。ただ、水谷さんは「ストーリーとしても新しいし、英語ネイティブのスタッフに聞くと『これは今までゲームが描いてこなかった世界観です』と。日本語でやりたいと強く思いました」。

翻訳に加わった長倉秀幸さん(43)は「翻訳の量もすごく多くて、内容も難しかったですが、キャラクターの内面や田舎の事情は、日本との共通性もあって、作業しながら自分自身も引き込まれました」。ポップな絵にマッチしつつ、分かりやすさも備えた翻訳は、各方面から称賛された。

PLAYISMとして過去最高のヒットとなったのは、地下通路に閉じ込められた状況から、出口を目指すウォーキングシミュレーターゲーム「8番出口」だ。スイッチやプレイステーション向けの作業を担った。開発者のKOTAKE CREATE(コタケクリエイト)がPCゲーム用プラットフォームで配信した時から好評だったが、コタケ氏と以前から付き合いがあった水谷さんが他社との競合を制した。子どもから大人まで遊べる環境が整ったことで社会現象とも言われる大ヒットになり、8月には映画も公開される。

コタケ氏は水谷さんを通じて、「東京ゲームショウへの出展やグッズ化、雑誌への掲載など、宣伝にも力を入れてもらえているなと感じています」とPLAYISMへの感謝を寄せた。業界へのPLAYISMの貢献については、「多くのインディーゲームのパブリッシングはもちろん、東京ゲームショウのインディーコーナーのスポンサーや、(インディーゲーム開発者を対象としたカンファレンス)IDCの運営など、開発者たちの助けになっているのではないかと思います」という。

大ヒットしたゲーム「8番出口」。ドイツ語版の案内書き
大ヒットしたゲーム「8番出口」。ドイツ語版の案内書き©2024 KOTAKE CREATE Licensed to and Published by Active Gaming Media Inc

コタケ氏はアメストイさんの印象を「パワフルな方だなと思いました」と評した。上司としてはどうなのか。水谷さんは「面白い、いけると思う、と伝えたら、細かいことは言わず、やってみよう、というのがイバイ流。仕事しやすい」。樋口さんは「イバイは多少のミスや失敗があっても、気にせずに前に進んでいける明るさと強さがある。その人柄にひかれて人が集まってくる部分はあると思います。この人と、もう少し先の風景を見てみたいと思わせる」と話す。

豪快、大胆なイメージが先行するが、細かな心遣いも備えていると見るのが、アジアマーケティング担当で香港出身の谷山イレインさんだ。「スタッフ全員の名前を覚えていて、会えば励ましてくれる。すごくフレンドリー」

2008年設立ということもあり、AGMには転職組が多い。もともとゲーム好きだった長倉さんもその一人だ。「経験不問」という告知を見て、機械設計の会社から転職した。「経験を問われることが多い業界なので、不問はありがたかった。今はやりたいことがやれています」と話す。

そして航海は続く

当のアメストイさんは「うちは弱小の会社だから、従来にない発想が一番大切。経験にとらわれずに、面白いものを見つけて、やりきる力を見ています」と話し、AGMを「海賊船」に例える。「実力者がそろっていて、いざという時の力は爆発的」という説明だ。一方で「船長」としての自身については、「それぞれの力をもっと発揮させるのが仕事だと思っていますが、それができていない。自分の力のなさだと思います」と、辛めだった。

PLAYISM関連のゲームタイトルをバックに笑顔のイバイ・アメストイさん
PLAYISM関連のゲームタイトルをバックに笑顔のイバイ・アメストイさん=2025年4月14日、大阪市西区、高野良輔氏撮影

AGM設立の2008年に1兆円に届いていなかった国内ゲーム関連市場は2023年には2兆円超に。世界だと30兆円との試算もある。政府もコンテンツの海外進出を後押しするなど、時代は変わってきた。しかし、アメストイさんは「まだまだ。『たかがゲーム、漫画』と思われている。地位が低すぎるでしょう」とみている。

すでにスペインよりも日本での生活の方が長くなった。「日本愛」はひときわ強いが、同時に危機感も抱いている。細る人口は確実に日本の経済や文化の力を奪っていく。活力を取り戻すのに必要なのは、「外の血」だと強調する。それは自身が歩き、証明してきた道でもある。

もう一つは、クリエーター育成だ。「宮崎駿さんは今も、日本でトップのクリエーターの一人です。彼の作品は素晴らしいが、それだけではなくて、裏には彼の思想がありますよね。作品を貫く思想がとても大切なのです。アウトプットはインプットで決まります。良いコンテンツを吸収しなければ、良いコンテンツは出せない。将来を担う世代は、世界中の本や思想にもっと触れてほしいと思います」。自身も本はずっと読み続けており、最近では「古代ローマの独裁者の生き様を描いた本がめちゃくちゃ面白かった」という。