ヤンキースがひげを解禁 アニメのネタにもなった父親の「規則」を息子オーナーが改正

米大リーグのニューヨーク・ヤンキースでは、選手はひげをそり落とさねばならなかった。マリアノ・リベラやバーニー・ウィリアムズ、デレク・ジーターといった往年の名選手も例外ではなかった。
しかし、アーロン・ジャッジやジャンカルロ・スタントンといった現役選手たちは、その気になれば「手入れの行き届いたひげ」を生やせるようになった。球団が2025年2月21日、長年の身だしなみ規則の改定を発表したからだ。
整ったひげならはやしてもよい、とオーナーのハル・スタインブレナーが発表した。球団の前オーナーである父ジョージ・スタインブレナーが始め、ずっと厳しく守らせてきた規則だった。
「熟慮した結果、これまで『かくあるべし』としていた規則を改正し、よく手入れさえすれば、選手や、ユニホームを着る監督やコーチら現場スタッフがひげを生やしてもよいこととする」。スタインブレナーはこの日、声明を出し、「今こそ、慣れ親しんできた旧方針の心地よさから一歩踏み出すときだ」と述べた。
ヤンキースは、1970年代から選手や現場スタッフらにひげや長髪を禁じてきた。当時の球団オーナーだった先代は、きちんとした身だしなみこそが選手の間にプロ意識と規律をもたらすと考えていた。
「私は一定の秩序と規律をこの球団に浸透させたい。なぜなら、選手一人ひとりにとって、規律はとても重要だと思うからだ」とジョージは1976年に語っている。
今回の声明を出したあとで記者会見したハル・スタインブレナーは、選手が「きちんとして清潔な身だしなみを保つこと」を求められるのに変わりはないとし、「わが球団を率いる人たちにとって、規律ある外見を維持することはとても重要だ」と強調した。
「お父さんだったら、この方針変更について何というだろうか」と尋ねられたスタインブレナーは、ひげ禁止令のせいでヤンキースへの移籍をためらうスター選手が出る可能性にふれ、「他人が思うより父はこうした変更に柔軟に応じたのではないか」と胸中を明かした。「勝つことが、父にとっては最も大切なことだったから」
北米で人気のあるほかのスポーツのチームのいくつかも、服装や身だしなみについての方針を打ち出してはいる。しかし、ヤンキースのひげについての規則は断トツに厳しく、最もよく知られている。その悪名の高さは、ヤンキースの「勝利の歴史」によって増幅された。
何しろ、ワールドシリーズを27回も制し、2位(訳注=セントルイス・カージナルス)を16回も引き離している。そんなこともあって、少なくともライバルチームには「傲慢(ごうまん)さ」を感じさせてしまうことになった。
スタインブレナーは今回の声明で、規則の変更前に「ヤンキースの、数世代にわたる数多くのOBと現役選手」に相談したとしている。
この規則は、チーム内でもときおり選手をいらだたせた。最も有名な「事件」の一つは、1991年にチームの最優秀選手で主将だったドン・マッティングリーが引き起こした。長髪を切るのを拒んだために、試合への出場停止と罰金(訳注=250ドル)の処分を受けた。
「あまりのばかばかしさにがっくりくる」とマッティングリーは当時、この規則への反感をあらわにし、こんな言葉を記者団に吐き捨てた。しかし、すぐに矛を収めて髪を切った。
この事件は翌年、米テレビアニメの人気シリーズ「ザ・シンプソンズ」でパロディー化された。その中でマッティングリーは、ミスター・バーンズ(訳注=キャラクターの一人で、原子力発電所の社長)がオーナーになっているチームに入る。
ところが、身だしなみについてこの人物から無理な注文を散々つけられたあげく、チームから放り出される。そして、去り際にこうつぶやく。「それでも、バーンズの方がスタインブレナーよりましだよ」。なお、アニメのマッティングリー役の声は、本人が演じた。
どの選手もこのひげ禁止令に異論があったかというと、そうではない。
「新方針が出たからといって、自分には関係ないね」というのは、ヤンキースに主砲として12年間在籍したアレックス・ロドリゲス。「何しろ30年もの間、ひげを生やそうとし続けてうまくいかなかったのだから」。ゲストインストラクターとして参加していたヤンキースのキャンプ地から、こんなメッセージをひげ禁止令廃止の発表の日に寄せた。
この方針のおかげで、ヤンキースは有望選手を獲得する機会を逸しているのではないか。そんな見方が、ここ数年は強まっていた。
「ひげの禁止令さえなくせば、ヤンキースは驚くほど魅力的になるのに」とこの球団に在籍したことのあるキャメロン・メイビンは、2023年に嘆いた。「どれほど多くの有望選手が『アホなルール』だと忌み嫌っていることか。まったく信じられないほどだ」
ヤンキースのこの方針は、正式にはこう明記されていた。「すべての選手とコーチ、男性幹部は、口ひげ以外のひげを生やしてはならない(宗教的な理由がある場合を除く)。頭髪も、襟より下に伸ばしてはいけない」
今回の規則改定でも、「頭髪については変更しない」とスタインブレナーは発表の際に補足している。
こうした規則のおかげで、ヤンキースの監督はもう何十年も、高給取りの多い選手たちと気まずい会話をせねばならなかった。「ひげをそってくれ」「髪を短くしろ」と注意すると、反発されることすらあった。しかし、前オーナー、ジョージ・スタインブレナーの言葉は「法」だった。
他チームからひげとともに移籍してきた選手にとっては、しばしば激変を迫られる事態となった。移籍と同時にひげをそり落とした選手の中には、2019年のゲリット・コール、2009年のニック・スウィッシャー、2006年のジョニー・デイモンがいる。トレードで他チームに出ると、多くの選手はすぐにまたひげを生やした。
こんな挑発もあった。1981年に投手のグース・ゴセージは、(許されていた)口ひげを長く伸ばすことにした。規則を小ばかにするためだった。先端が下に垂れ下がったひげは、立派なトレードマークとなった。
そして、つい最近もひげ問題がニュースになった。このシーズンオフにヤンキースに移ってきたばかりの投手デビン・ウィリアムズは、長らく伸ばしていたひげをそりはした。しかし、再び伸ばし始め、球団の公式写真にそれと分かるほどの状態で収まったため、ちょっとした物議をかもすことになった。
今回のひげ禁止の解除は、何世代にもわたって選手たちを泣かせ、数々の逸話が生まれた方針の終わり(もしくは緩和)を意味する。
その一つとして、よく引き合いに出される話がある。「イエス・キリストだって長髪でひげを生やしていたじゃないか」とルー・ピネラ(訳注=1974~1984年在籍の外野手)がこの「法」に反論した。
すると、ジョージ・スタインブレナーはいった。「あの池を歩いて渡ったらどうだ。そうすれば、ひげを伸ばし、長髪にしてもいい」(訳注=イエスが起こしたと伝わる奇跡の一つに、水上を歩いたというものがある。「イエスを引き合いに出すなら、同じ奇跡を起こしてみろ」と嫌みをいっている)(抄訳、敬称略)
(Victor Mather)©2025 The New York Times
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