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メキシコのマッチョ文化をかっ飛ばす 先住民女性のソフトボールチームがいま熱い

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
The Yaxunah Amazonas softball team practice on its community field in Yaxunah, Mexico, on Nov. 14, 2021. A Mayan team from a small community on the Yucat㌻ Peninsula has caused a sensation by excelling as its athletes play barefoot and wear traditional dresses, breaking barriers with every game. (Marian Carrasquero/The New York Times)
メキシコ・ユカタン半島ユカタン州ヤクスナの地元グラウンドで練習をするソフトボールチーム「女性戦士」の選手たち=2021年11月14日、Marian Carrasquero/©2021 The New York Times。チームはマヤ系先住民の女性たちで結成された

選手たちは、みな裸足だった。ユニホームは、伝統的な民族衣装。そして、ヒットを放ち、ライナーを捕り、塁を駆けめぐった。

ここは、メキシコ・ユカタン半島の密林に囲まれた町の球場。地元のソフトボールチームの女子選手たちは、うだるような暑さをものともしなかった。「ラス・ディアブリーリャス(Las Diablillas〈小さな悪魔たち=以下、『小悪魔』〉)」のチーム名に恥じぬ動きだった。

最近の「猫」たちとの対戦も22対2で圧勝し、連勝記録をまた一つ伸ばした。

その小悪魔は今シーズン、メキシコ中の話題になった。プレーの外見だけではない。チームの社会的な背景が、国民の意表を突いた。

A member of Las Diablillas softball team during a scrimmage at practice in Hondzonot, Mexico, on Nov. 13, 2021. Players on both teams choose to play barefoot because that is what they are accustomed to. (Marian Carrasquero/The New York Times)
「小悪魔」の選手は、裸足でベースを駆けめぐる=2021年11月13日、ユカタン半島キンタナ・ロー州オンドソノト、Marian Carrasquero/©2021 The New York Times。こちらもマヤ系先住民のソフトボールチーム。女性戦士の1年ほど前に結成された

選手たちは、マヤ系の先住民。スポーツは伝統的に男性がするものとされ、女性は遠ざけられてきた。

そんな伝統社会が、変わるようになった。

小悪魔には、後輩チームもできた。「ヤクスナ・アマゾナス(Yaxunah Amazonas〈ヤクスナの女性戦士たち=以下『女性戦士』〉)」。やはりシューズははかず、伝統的な衣装でプレーし、小悪魔とともにユカタン半島のスポーツ文化に変革をもたらしている。

「ここでは、女性は家事をこなすのが役目だった。外に出てスポーツをするなんて、考えられなかった」とファビオラ・マイ・チュリムはいう。小悪魔の主将兼マネジャーだ。

「女性は結婚すると、日々の家庭内の仕事をし、夫と子供の世話をするものとされてきた。でも、私たちは、そんな習慣には縛られず、スポーツをしたいときにしようと決めた」と振り返る。

Members of Las Diablillas softball team walk home after practice in Hondzonot, Mexico, on Nov. 13, 2021. A Mayan team from a small community on the Yucat㌻ Peninsula has caused a sensation by excelling as its athletes play barefoot and wear traditional dresses, breaking barriers with every game. (Marian Carrasquero/The New York Times)
練習帰りの「小悪魔」の選手たち=2021年11月13日、オンドソノト、Marian Carrasquero/©2021 The New York Times。みんな民族衣装のウィピルを着ている

小悪魔は4年前、小さな町オンドソノトの女性たちによって結成された。最初は、野球に似たゲームから始まった。家事を終えた後で、少し体を動かして午後のひとときを過ごそうという発想だった。

グローブはなかった。あるのは、木を削った手製のバット1本だけ。テニスボールを使い、これを体に当てて走者をアウトにした。

やがて、試合の申し込みが舞い込んだ。同じルールでプレーする近くの町の女性たちからだった。

勝ったのは小悪魔。賞金1500ペソ(約75ドル)とユニホームとなるジャージーを手にした。地元の自治体からは、ソフトボールを教えてくれるコーチを派遣してもらえることになった。

ソフトボールをするようになっても、ジャージーは着なかった。これまで通り裸足で、普段からよく着る自分たちの手製の民族衣装ウィピルをユニホームにし続けた。そのいでたちが小悪魔のトレードマークとなり、ひいてはチームを有名にすることにもなった。

Mirna May Tuyub, a member of Las Diablillas softball team, sews a new uniform for the team, a traditional huipil dress, in Hondzonot, Mexico, on Nov. 13, 2021. A Mayan team from a small community on the Yucat㌻ Peninsula has caused a sensation by excelling as its athletes play barefoot and wear traditional dresses, breaking barriers with every game. (Marian Carrasquero/The New York Times)
小悪魔のユニホームとなるウィピルの刺繡(ししゅう)を縫う選手の一人=2021年11月13日、オンドソノト、Marian Carrasquero/©2021 The New York Times

「ウィピルを着ることをとても誇りに思うし、マヤの女性であることを示す象徴でもある」とマイ・チュリムは胸を張る。「靴をはくのは、慣れていない。はいても、まめができるだけ。心地よくもないのに、なぜ使わないといけないのか」

小悪魔は、ユカタン半島のキンタナ・ロー、ユカタンの両州で試合を重ねるにつれて、地域での知名度が上がった(ソフトボールのリーグはなく、対戦はすべて親善試合)。

ソフトボールのルールを覚えてまだ数年なのに、数千人もの観客が入った球場に出るようになった。近くのリゾート地プラヤ・デルカルメンの壁画には、選手の顔が描かれるほどの人気に。2020年春には、メキシコ大統領が毎日の定例会見にマイ・チュリムを招いて臨むほどになった。

Fabiola May Chulim, the team captain and manager of Las Diablillas softball team, poses for a portrait in her home in Hondzonot, Mexico, on Nov. 13, 2021. A Mayan team from a small community on the Yucat㌻ Peninsula has caused a sensation by excelling as its athletes play barefoot and wear traditional dresses, breaking barriers with every game. (Marian Carrasquero/The New York Times)
自宅で過ごす小悪魔の主将兼マネジャー、ファビオラ・マイ・チュリム=2021年11月13日、オンドソノト、Marian Carrasquero/©2021 The New York Times

そこまで有名になると、地元オンドソノトの男たちの見る目が変わった。小悪魔の選手は以前、外出のようなささいなことでも許可を求めていた。今はもっと解放され、自信を持てるようになったという。

「プレーが向上するにつれ、人生も充実するようになった」と小悪魔の二塁手兼投手アリシア・カヌル・ドシブは目を輝かせる。

「これまでは、作物の収穫で夫を助ける以外は外出することはなかった。今は、ソフトボールのおかげで外出は大丈夫。友人たちと楽しい時間を過ごし、いろいろなところを訪れることができる。それがプレーを続けるよい動機になるし、私の娘に手本を示すことにもなると思う」

Fabiola May Chulim, the team captain and manager of Las Diablillas softball team, walks by a mural honoring the team, at her home in Hondzonot, Mexico, on Nov. 13, 2021. A Mayan team from a small community on the Yucat㌻ Peninsula has caused a sensation by excelling as its athletes play barefoot and wear traditional dresses, breaking barriers with every game. (Marian Carrasquero/The New York Times)
主将のファビオラ・マイ・チュリムの自宅=2021年11月13日、オンドソノト、Marian Carrasquero/©2021 The New York Times。壁には小悪魔をたたえる絵が描かれている

小悪魔の活躍は、ユカタン半島だけでなく、ソフトボールをするメキシコ全国の女性たちに希望をもたらした。この競技への支援の底上げにつながるかもしれない、との思いがそこにはある。

21年の東京五輪のソフトボールで、メキシコは4位になった。にもかかわらず、国からは散発的な、限られた支援しかなかったからだ。

競技の基盤も、プロ野球とは大きく違う。こちらはもう100年近くもの全国リーグの伝統があり、ときには米大リーグで活躍する選手も輩出している。一方のソフトボールは、州か自治体の狭いレベルでしかリーグができていない。

そこに、小悪魔と女性戦士が、人気チームとして急浮上した。ソフトボールだけでなく、メキシコのスポーツ全体の発展にとっても「分水嶺(ぶんすいれい)になるのではないか」とキンタナ・ロー州の野球協会会長アベル・フェルナンデスは期待する。

「マヤ系を含む先住民の女性は、身近なところで手軽にスポーツに携わることがあまりなかった。その壁を小悪魔は崩している」とフェルナンデス。キンタナ・ロー州にこのほど、ソフトボール協会ができたことに触れながら、「彼女たちがこれほど注目されるようになったおかげで、地域の女性たちのソフトボールとスポーツへの関心が、かつてないほど高まっている」と続けた。

Members of Las Diablillas softball team before practice in Hondzonot, Mexico, on Nov. 13, 2021. A Mayan team from a small community on the Yucat㌻ Peninsula has caused a sensation by excelling as its athletes play barefoot and wear traditional dresses, breaking barriers with every game. (Marian Carrasquero/The New York Times)
練習前の「小悪魔」の選手たち=2021年11月13日、オンドソノト、Marian Carrasquero/©2021 The New York Times

(訳注=マヤ文明の遺跡がある)ユカタン州ヤクスナの女性戦士も、負けてはいない。練習をのぞくと、15歳から64歳までの15人が集まっていた。

マヤ語とスペイン語を織り交ぜた会話で、ときには爆笑も誘いながら、ダイヤモンド狭しとボールは飛び交っていた。外野の方では、木につながれたヤギたちが鳴いていた。

小悪魔の場合と同じように、女性戦士にも試合の申し込みが増えるようになった。相手はスパイクをはき、普通のユニホームを着ているチームばかりだった。

そして、21年7月。女性戦士は、ユカタン州都メリダにあるプロ野球球団ユカタン・レオネス(ライオンズ)の球場に招かれるまでになった。

女性戦士が結成されたのは3年前。以来、男女の間で大きく異なっていたスポーツ参加のあり方を地元ヤクスナで変える闘いの日々が続いた、と主将のフェルミナ・ドシド・ドスルはいう。

Fermina Dzid Dzul, the team captain of the Yaxunah Amazonas softball team, poses for a portrait at her home in Yaxunah, Mexico, on Nov. 14, 2021. A Mayan team from a small community on the Yucat㌻ Peninsula has caused a sensation by excelling as its athletes play barefoot and wear traditional dresses, breaking barriers with every game. (Marian Carrasquero/The New York Times)
自宅前に立つ女性戦士の主将フェルミナ・ドシド・ドスル=2021年11月14日、ヤクスナ、Marian Carrasquero/©2021 The New York Times

「最初のころは、家族の男性たちは私を冗談のタネにし、『ソフトボールなんてやっても時間の無駄』と冷やかしたものだった」とアルビ・ヤハイラ・ディアス・ポートは笑う。いくつものポジションを女性戦士でこなすマルチプレーヤーだ。

「それが、今では試合から帰ると、どうだったのか根掘り葉掘り聞く上に、飲み物まで持ってきてくれるようになった」

女性戦士と小悪魔は、お互いが似たもの同士であることをよく知っている。でも、どちらがユカタン半島で一番のマヤ系先住民のチームになるか、自ら進んで決着をつけようとはしていない。

一方で、お互いに自負していることがある。スポーツの世界で成果を収め、そこに女性の居場所を築き上げたことだ。

その意味で、いずれもがすでに勝っている、ともいえるのだろう。(抄訳)

(Adam Williams)©2021 The New York Times

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