気候変動は漁師の幸福や生活にどう影響するのか OIST研究者が漁協と協力して調査

気候変動と漁業者の「幸福」について研究する人類学者が、沖縄科学技術大学院大学(OIST)にいます。ジャミラ・ロドリゲス博士。漁業をめぐる現実の社会課題の解決に向けて研究者と社会の関係者とがともに取り組む新しい研究手法「トランスディシプリナリー(学際共創研究)」を取り入れています。OISTが体現している「多文化」「学際性」をさらに進化させたと言えるでしょう。
ロドリゲス博士は沖縄県にある37の漁業協同組合のうち、30組合を訪問し、所属する漁師らに対し、気候変動に関するアンケートを配布しました。その結果、500人余りから回答を得ました。
アンケートの目的は、漁業者が気候変動についてどのようにとらえ、気候変動による生活や幸福へどのように影響しているのかについて明らかにし、彼らが抱える課題を行政や社会に橋渡しすることです。
ジャミラ博士は「科学者がやりたいことに協力をお願いするのではなく、一緒に研究を計画して、共に活動し、解決策を見つけていく。このアプローチこそが真にトランスディシプリナリーなものです」と意義を語ります。その言葉通り、彼女は漁業者の声を丁寧に聞き取り、共に研究を作り上げながら活動を進めています。
ロドリゲス博士は、研究者になる前はダンサーとして活躍していました。12年間のダンサーとしてのキャリアの中で50以上の国々を旅し、様々な文化や人々と出会い、人類学的な考え方を自然と身に着けるようになったと言います。ところが突如、大きな交通事故に遭遇し、6カ月間ベッドの上での生活を余儀なくされます。ダンサーには戻れないことを悟り、一度は絶望しました。
しかし、そんな中で、人生の目的や人にとっての生きがいについて深く考えることになりました。
英国のローハンプトン大学で人類学の博士号を取得したロドリゲス博士は、その後京都の国際日本文化研究センターを経てOISTの研究室に所属し、冒頭に紹介したアンケートを使った研究を進めています。
ロドリゲス博士が漁師について研究しようと思ったのは、彼女自身、ポルトガルの南西に位置する港町、ヴィーラ・ノーヴァ・デ・ミルフンテスで生まれ育ったからです。父親は職業漁師ではなかったものの、親戚はみんな漁師、「魚に囲まれて育った」(ロドリゲス博士)ようなものです。
沖縄にやってきたロドリゲス博士が、すぐに漁業者の中に入っていけたわけではありません。言語の違い、文化の違いを十分に認識していたロドリゲス博士は、民族音楽学者である沖縄県立芸術大学の古謝(こじゃ)麻弥子さんを通じて、沖縄県宜野座村漁業協同組合長の仲栄真三七十(なかえま・みなと)さんと出会いました。
ロドリゲス博士は仲栄真さんに、漁業者にアンケートをしたいと打ち明けると、仲栄真さんも興味を持ちました。仲栄真さんは一緒にアンケート項目を考えたり、ロドリゲス博士を沖縄県漁業協同組合連合会に紹介したりしました。
アンケートができあがるまで4カ月かかりました。作成過程では、漁師に一度見てもらい、フィードバックをもらうなどして、納得いくまで何度も作り直しました。アンケートが完成してからは9カ月をかけて、県内各地の漁協を巡ってアンケートを配布。関係を作りながら回答への協力を呼びかけ、回収していきました。
アンケートでは、漁師と気象変動の関係性をつかむほか、漁業者の高齢化や後継者不足、黒潮の流路の変化、海水温の上昇による不作、外交問題などについても悩みも知ることができました。
ロドリゲス博士はこれらのデータを基に、沖縄県などの行政に対し政策策定の際に参照してもらえるような報告書の作成を目指しています。また、漁業者同士が課題を語り合って共有する場や、子どもたちなどより多くの人たちに漁業の現状を伝えるドキュメンタリー制作などといった、研究の成果を地域に還元する中長期的な計画も立てています。
ロドリゲス博士には大きな夢があります。それは、漁業者が自由に悩みを相談できる「海人(うみんちゅ、沖縄の言葉で漁師のこと)のクリニック」を設立することです。博士は言います。
「研究成果が漁業者の生活に役立つものでなければ意味がありません。私の目指すのは、彼らがより良い選択をできるようにエンパワーすることです」
この取り組みを初めて1年半、ロドリゲス博士は自らの研究活動を「私のレガシー」と呼びます。「この活動をここでやめてはいけない、できる限り残していきたいのです」。博士の情熱は揺るぎないものとなっています。
(執筆:大久保知美=OIST広報部メディア連携セクションマネジャー)
ジャミラ・ロドリゲス博士の話は、OISTのポッドキャスト「沖縄の漁師たちが見る未来」でお聞きいただけます。