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本棚壊す重さが懐かしい ネット普及で廃刊「ブリタニカ百科事典」の会社が華麗に復活

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
ニューヨーク公共図書館の書棚に置かれたブリタニカ百科事典
米ニューヨーク・マンハッタンの五番街に面したニューヨーク公共図書館の書棚に置かれたブリタニカ百科事典=2013年3月13日、Angel Franco/©The New York Times

「ブリタニカ百科事典」はほぼ250年にわたって、本棚が壊れそうになるほど重い何巻ものシリーズとして発行されてきた。装丁に金文字が使われたこのシリーズは、知識を重んじている姿勢を示そうとして買い求められることもよくあった。

インターネットの時代には、まさに死滅すると思われていた印刷媒体の一種だった。事実、発行元は2012年に印刷物としての刊行をやめると発表していた。さらには、無料の「ウィキペディア」が普及する中で、ブリタニカという会社が生き残れるのかを疑問視する向きもあった。

答えは「時代への適合」だった。

今は「ブリタニカ・グループ」として知られるこの会社は、Britannica.comや辞書大手メリアム・ウェブスターなどいくつかのウェブサイトを運営し、学校や図書館向けに教育ソフトを販売している。顧客応対用のチャットボットやデータ検索などのアプリケーションを支える人工知能(AI)エージェント・ソフトウェア(訳注=ユーザーやほかのソフトウェアとの間を仲介するソフト)も手がけるようになった。

ブリタニカ・グループは単に生き残るすべだけではなく、利益をきちんとあげる方法も生み出した。取材に応じたグループのCEOホルヘ・カウズによると、自社の利益率は予測値で約45%にも上るという。

新規株式公開も検討しており、その際には企業価値が約10億ドル(1ドル=157円換算で約1570億円)の評価額となるだろう、と内情に詳しい人物が非公式に語っている。

その通りなら、ブリタニカ・グループのオーナーでスイス人投資家のジェイコブ・E・サフラにかなりの利益をもたらすことになる。サフラはこの出版社を1995年に取得した。2022年に起こされた訴訟では、グループの価値を5億ドルとした投資銀行の評価が引用されている。

ウェブサイトには年間70億ページビューを超えるアクセスがあり、利用は150カ国以上にまたがっている。「利用者は、これまでのどの時期よりも多い」とカウズは胸を張る。

ブリタニカ・グループCEOのホルヘ・カウズ
ブリタニカ・グループCEOのホルヘ・カウズ=2024年10月10日、ニューヨーク・マンハッタンの事務所、Vincent Tullo/©The New York Times

ブリタニカ・グループは、18世紀の創立から、はるかな道のりを歩んできた。もともとは、英スコットランドの三つの印刷会社が一緒に参考図書を出版したのが始まりだった。

時がたつにつれ、ブリタニカ百科事典は知識産業界では二つの意味で重きをなすようになった。

一つは、文字通りの「重さ」。出版物としては最後となった2010年版は、全32巻で計129ポンド(60キロ弱)もあった。もう一つは、何千人もの専門家の知識を集約した、比喩的な意味での「重み」だ。価格は1400ドル近くもし、だれもがあこがれるステータスシンボルにもなった。

そんな古いビジネスモデルを破壊したのが、ウィキペディアだった。何万人もが編集に参加し、無料で利用することができる。2005年に、この二つの百科事典は正確さという点でさして違わないとの調査結果が出ると、その流れに拍車がかかった。

この調査についてブリタニカ・グループ側は異議を唱えたが、結局は2世紀余にわたって会社を象徴してきた主力商品を廃止することになった。その際に経営陣は、デジタル時代に即した製品開発により多くの人的・物的資源を投入できると述べていた。

ブリタニカ百科事典の最終版が印刷されたころには、すでに一連のウェブサイトと教育ソフトが稼働していた。今では、生成AIツールの発展で、より大きなビジネスチャンスが生じていると経営陣は見ている。学ぶことがより活性化され、結果としてより魅力的になるからだ。

CEOのカウズによると、ブリタニカ・グループはここ数十年、さまざまに生成AIを試してきた。2000年には、AIのエージェント・ソフトウェアを作っているメリンゴ社を買収した。人が話す言語の処理や、機械学習(訳注=蓄積されたデータから機械が自主的に学習し分析や予測をする)に強かったからだ。加えて、米シカゴとイスラエルのテルアビブに二つの技術チームを置くようになった。

さらに、ChatGPTのような自動応答プログラムの爆発的な人気を見て、経営陣はこの分野への投資をもっと増やす必要があるという確信を深めた。ブリタニカ・グループは、現在ではオンラインのブリタニカ百科事典を含む自社製品の作成や事実確認、翻訳にAIを活用している。

オンライン百科事典という情報の宝庫を利用するブリタニカ・チャットボットも開発された。これは、専門用語で「hallucination」(訳注=生成AIが、まるで幻影でも見ているかのように事実に基づかない情報をでっちあげること)を起こしやすい一般的なチャットボットと比べて、より正確である可能性が高いとカウズは指摘する(とはいえ、ブリタニカ百科事典のサイトでは「すべての重要な情報は確認してほしい」とユーザーに警告している)。

生成AIを活用した進行中の企画はまだある。英語学習ソフトでは、AIで学習者のアバター(分身)を作り、一人一人にあわせた授業を組み立てるようになる。教員向けには、授業計画作りを助けるプログラムも作っている。ウェブ版メリアム・ウェブスターの類語辞典は改訂して、単語だけではなく成句も扱えるようにする。

ブリタニカ・グループは、教育ソフトへの関心が高まったことに恩恵を受けている。コロナ禍でのロックダウンで、より多くの教員や生徒がオンラインで学ぶことに慣れたから、なおさらだ。

その需要の高まりは、会社の業績にも反映されている。ブリタニカ・グループの2年前の収益は約1億ドルだったが、それがほぼ倍増すると会社側は予想している。

インドやブラジル、タイを含めて世界的に事業を拡大することも計画されている。

ただし、米国の金融街ウォールストリートの大きな関心は、ブリタニカ・グループがこの事業成果をもとにいつ大きな取引、つまり新規株式公開に打って出るかということだ。

会社側は株式公開のために、社外秘の文書を作成したことを2024年1月に公表している。しかし、いつ実施するかの期限は設けていなかった。株を公開して上場企業になることは依然として検討されているが、その時期についてはいまだにはっきりしないと内情に詳しい人物は明かす。

米通信社のブルームバーグニュースは2024年夏、ブリタニカ・グループが数億ドルの借り入れや新株発行による資金調達を検討していると報じた。その一部はオーナーであるサフラの負債を返済するために充てられるとのことだったが、そうした取り組みは今も続いているとこの人物は語る。

新規株式公開の可能性について尋ねられると、カウズはコメントを控えた。そして、ブリタニカ・グループには資金調達の必要性がない、とだけ述べた。(抄訳、敬称略)

(Michael J. de la Merced)©2025 The New York Times

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