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NVIDIA(エヌビディア)も出資、Sakana AIをつくった「まったく逆」の発想とは?

World Now 更新日: 公開日:
伊藤錬さん=2024年11月19日、東京都文京区、関口聡撮影

生成AI(人工知能)開発のスタートアップ企業「Sakana AI」(本社・東京都港区)は、創業1年ほどで企業評価額10億ドル超のユニコーン企業になるなど、注目を集めています。Sakana AIの共同創業者で最高執行責任者の伊藤錬(れん)氏による講演会「AIの作り方、AI企業の作り方」(主催:東京大学未来ビジョン研究センター・同センター安全保障研究ユニット、共催:朝日新聞GLOBE)が11月19日、東京大学で開かれました。講演の内容を2回にわたってお伝えします。

Sakana AIは、2003年に作ったばかりの会社です。香港系カナダ人のデイビッド・ハ(最高経営責任者)、イギリス・ウェールズ出身のライオン・ジョーンズ(最高技術責任者)と私でつくりました。

デイビッドは、米金融大手ゴールドマン・サックスでデリバティブ(金融派生商品)のトレーダーだったのですが、「AIの研究者になる」と一念発起して、東京大学でPhD(博士号)を取り、グーグル本社に採用されて、「グーグルブレーン」というグーグルのAI開発部門を統括しました。デイビッドは、普通とは違う方法でAIをつくりたがる人です。例えば橋で言うと、堅牢なコンクリートの橋をつくるというよりは、ちっちゃいものを組み合わせてアリが通れるくらいの橋をつくるというような発想の持ち主です。

ライオンは、AI業界の超有名人です。2017年に今の生成AIの元になった論文(Attention Is All You Need)を書いたグーグル社員8人組の1人です。その後、AIを爆発的に進化させるためにはアルファベットに基づく認識ではなくて、文字自体に意味がある象形文字を研究することによってブレークスルー(突破口)があるんじゃないかという仮説を立て、日本に来て漢字も勉強しています。

私はもともと外務省で日米関係を専門にしていましたが、その後メルカリでスタートアップを経験しました。AIの門外漢だったのですが、2018年ごろからロンドンをベースにAI企業に対する投資をする仕事を始めました。そこで面白い企業を色々見つけて、AIが好きになり、最終的にこの会社をつくりました。

会社をつくったときにやろうと思ったことはもう一つしかないです。「既存のAIの会社のつくり方、あるいはAIのつくり方のまったく逆をやろう」。そう3人で誓い合いました。

有名なAIの会社というと、アメリカのオープンAIやアンソロピックがあって、フランスのミストラルAIも聞いたことがあるかもしれませんが、共通しているのは大きいということです。

AI業界では、2017年に大きなブレークスルーがありました。ライオンをはじめとした8人組が見つけた「トランスフォーマー」(深層学習の基本的な技術の一つ)です。ChatGPTもこの技術が元になっています。アメリカの半導体大手エヌビディアのGPU(画像処理装置)を買ってきて、ぐるぐる回して計算するのですが、規模を大きくすれば、それだけパフォーマンスが上がるという世界なのです。

突拍子もない方法で突拍子もない成果を

我々はそれを続けたくないと思いました。第一に、環境的にもサステイナブル(持続可能)じゃない。さらに言えばオープンAIとアンソロピック、ミストラルAIぐらいはそのやり方で逃げ切れるかもしれない。でも、新しい企業が良い技術を持っているからと言って何百億円を集めても、1年で使い切るのではとても追いつけない。オープンAIとかのやり方は大きくて、誰も追いつけないくらい先を行っているということです。

突拍子もない方法を使わないと突拍子もない成果は出ない。そこで我々は、当時ひとつ型落ちのGPT3.5に目をつけました。何百億円、もしかしたら1兆円かけて作っていたのを、24ドル(約3700円)でゼロから再現しようと決めました。

シリコンバレーの投資家に会いに行って、「最新モデルを作るとは言いませんが、十分に素晴らしいGPT3.5というモデルを100万分の1の値段でつくると言ったら、その技術を面白いと思いますか?」と口説いたのです。

伊藤錬さん=2024年11月19日、東京都文京区、関口聡撮影

もちろん信用してくれない人もいますし、信用してくれる人でも「じゃあ、どうやってやるんだ」という質問が当然あるわけです。

我々は「10個の仮説を用意していますが、どれか1個当たれば実現できるので、いったん資金を援助して下さい」と言ったのです。

3カ月挑戦した結果、ありがたいことにホームランが生まれて、我々はいわゆる「ユニコーン」(評価額10億ドル超の未上場企業)になりました。エヌビディアに出資してもらうまでになりましたが、出発点は「まったく逆をやろう」ということでした。

「AIサイエンティスト」の誕生

ここまではモデルが大きいか小さいか、どうやって勝っていくかという話ですが、次は「think different(発想を変えよう)」です。「AIを使っていて、フラストレーションを感じないですか」という話です。

もっと具体的に言うと、ChatGPTはすごい発明で、私も毎日使っています。メールを英語で書くのはちょっと上手になりますし、いろんな要約も出来ます。もしかしたら論文も書けるかもしれない。

でも、「AIがあなたの生活を劇的に変えた経験ってありますか」と言われると、私はなかったんです。

実はこれが今のAIの限界、AIの問題点だと思っていて、これを我々の業界や投資家の言葉では「プロダクト・マーケット・フィット(技術や製品が市場に適切に受け入れられている状態)がない」と言います。

自分の人生を変えてくれるか、自分の仕事を今すぐ意味のある方法で変えてくれるかというと、まだそこに至っていないと思います。

そこで我々は、論文をゼロから自動的に書いてみたらどうだろうという仮説を立てました。学者をリプレースして(置き換えて)みたらどうだろうと。例えば、先生が学生に「機械学習のこの分野で論文を書いてみたら面白いよ」とささやくと、学生は証明できたら面白いだろうというアイデアを100個も200個も考えます。

でも、図書館に行って先行研究の論文を見ると、だいたいは誰かがもう書いているから没になるわけです。残ったアイデアを深掘りして証明して、成果を論文に書き、脚注や図表を付けてピアレビュー(査読)もするわけです。

様々な手戻りがあるプロセスなのですが、それをAIで自動化できないかと思ったのです。

AIが、与えられたテーマについて1万個も2万個もアイデアを出して、先行事例のないアイデアを選別して証明し、論文にして脚注を付けて、別のAIに査読させて発表まで持っていく。これを1日1000円でやるという「AIサイエンティスト」を作りました。

8月12日に発表したのですが、GPT3.5を24ドルで作った以上に大きな反響をいただきました。

「やっとAIが本当に目に見える形でスーパーなことをしてくれたね」と思われたわけです。

次の週になると、学者さんだけじゃなくて、様々な企業さんからも問い合わせがくるようになりました。例えば銀行だったら「住宅ローンのプロセスを全部自動化できないか」、保険会社だったら「自動車事故の保険請求のプロセスを全部自動化できないか」などです。

AIが大きなモデルを作っておしまい、ではなくて、「AIを使うと、どんなとんでもないことが実装できるのか」を、ようやく考えられるステージに今年ぐらいから入ってきました。それが面白いところだと思います。

*後半の記事はこちら

伊藤錬さんの講演会には学生をはじめ、多くの人が参加した=2024年11月19日、東京都文京区、関口聡撮影