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写真家の高砂淳二さん 写し取る生物や地球への賛歌 代表作はウユニ塩湖のフラミンゴ

Breakthrough 突破する力 更新日: 公開日:
鹿児島県・屋久島で撮影する高砂淳二さん
鹿児島県・屋久島で撮影する高砂淳二さん=2024年8月26日、石合力撮影

非常に強い台風10号が日本に近づいた8月下旬、写真家の高砂淳二さん(62)は、樹齢1000~3000年もの屋久杉の森が広がる世界遺産、鹿児島県の屋久島を訪れていた。有名な屋久杉の一つ、仏陀(ぶつだ)杉の前で立ち止まった。幹まわり約8メートル、高さ21.5メートル、推定樹齢が1800年にもなる巨木だ。空洞化が進み、周囲にはこけが生(む)す。

降りしきる雨のなか、三脚を立て、カメラを傘で覆いながら撮影を始めた。時折、ファインダーから目を離し、様々な角度で木を見つめる。撮影は30分にも及んだ。

「幹の表面に精霊、オーラみたいなものを感じた。でもそれはそう簡単には写らない。この木はどこから撮ってほしいのか。木を相手にしているうちに、存在の核心的な部分がだんだん分かってくる」

フラミンゴに近づくすべは?

生き物や自然現象にレンズを向ける行為が単方向ではなく、相手との双方向の対話で成り立つという高砂さんの考え方をにわかには信じられない人もいるだろう。でも、彼の写真を見れば、そのことを実感できるかもしれない。

南米ボリビアのウユニ塩湖でくつろぐフラミンゴの群れを撮影した代表作「Heavenly Flamingos」。標高3700メートルの湖面に、空とフラミンゴの姿が鏡のように映り込み、天空のような幻想的世界が広がる。

南米ボリビアのウユニ塩湖のフラミンゴを撮影した作品「Heavenly Flamingos」
南米ボリビアのウユニ塩湖のフラミンゴを撮影した作品「Heavenly Flamingos」=高砂淳二さん撮影

群れを見つけたとき、自分とは約500メートル離れていた。広大な塩湖で互いに遮るものはない。「向こうからも、こちらの存在は丸わかり。いかに、相手に逃げたいと思わせずに近づくか」

高砂さんは、背をかがめて横を向き、彼らに視線もレンズも向けずに時間をかけて少しずつ寄っていった。100メートルほどまで近づいても、17羽の群れが適度な間隔で直線に並び、思い思いのポーズを取ったままだった。

ハワイの海では、群れを離れた1頭の白イルカが近づいてきた。「僕と遊びたいに違いない……」

自分との間に浮かんでいたヤシの実をイルカの方に放ると、イルカはその実を口先で器用に押し返してきた。キャッチボールは数回、繰り返された。

北極では、200メートル先に赤いキツネを見つけた。警戒心を解き、相手に興味を持たせるにはどうすべきか。高砂さんは氷上に寝転がり、キツネにこうつぶやいた。「オレは高砂っていうんだぞ!」。キツネは少しずつ近づいてきた。数メートル先まで来たところを、寝たままの姿勢で撮影した。

撮ろうと思ってカメラを向ければ、相手に圧迫感が伝わる。高砂さんはそれを「撮気(さっき=殺気)」と呼ぶ。「動物には、警戒心だけでなく、相手に対する好奇心がある。僕に好奇心を持ってくれれば、それを生かした撮り方もできる」

合気道からホオポノポノへ

宮城県石巻市で生まれた高砂さんは、水産工場勤務の父が自宅に暗室を構えるほどの写真好きだった。映像に関わる仕事をしたいと、大学では電子工学を専攻したが研究になじめず、全く勉強しなかった。代わりに熱心に取り組んだのは、合気道や弓道などの武道だった。

心と体の関係とは? 以前から関心があった高砂さんは、師事した合気道家藤平光一の「氣と生活」や、ドイツ人哲学者オイゲン・ヘリゲルの「弓と禅」などを読みあさった。自然と人間が対峙(たいじ)する西欧的な思想ではなく、人間も自然の一部としてともに生きるという日本古来の自然観と、相手と一体になる武道独特の術。それは、木や動物がもつ「気」に自分を合わせる高砂流の撮り方につながっていく。

写真家としての道に進むことを決定づけたのは、大学3年で休学してオーストラリアを放浪したときの体験だった。サンゴ礁が広がり、明るくて透明なグレートバリアリーフは、ウニやホヤの採れる磯の香りがする故郷の海とはまったく違う種類の美しさだった。約半年後に帰国し、独学で写真を学んだ。

「研究室の先生が面白い方で、写真の道に進みますというと、変わってていいな、おまえ。勉強はいいから写真をやれ、と」

鹿児島県・屋久島で撮影する高砂淳二さん
鹿児島県・屋久島で撮影する高砂淳二さん=2024年8月26日、石合力撮影

卒業後にダイビングの雑誌社に就職し、専属の水中カメラマンになった。念願の仕事で世界の海で潜りまくった。ところが、潜ると原因不明の体調不良に悩まされるようになった。3年で雑誌社を離れ、独立。陸の上の生物、自然、天体や虹も撮影対象とするネイチャー・カメラマンに転身した。

取材や家族との旅行でハワイに通うなかで、伝統的な医療ロミロミやヒーリングの専門家と出会い、教わったのが「ホオポノポノ」という考え方。「とても正しい」(ポノポノ)「状態にする」(ホオ)とは何か。自分のまわりのものにアロハ(愛情)で接する、尊重する、許す、感謝することを基本にする。そのことで周りとの関係性をポノポノの状態にもっていく。いつしか体調も治り、再び海にも潜れるようになった。

「アロハとリスペクトを持って大地、生き物と関係を築けば、地球も返してくれる」

高砂さんの写真から伝わってくる温かさ、柔らかさは、合気道の精神とホオポノポノが通じ合ったものなのだろう。

海でおぼれる子アザラシ

その地球も時に牙をむく。2011年の東日本大震災。生まれ故郷の石巻を大津波が襲った。両親は何とか無事だったが、実家は全壊した。自分が大好きだった海が、自分の生まれ育った数々の思い出の場所を廃虚にしてしまった。

世界各地を回るなかで、地球の異変を肌で感じることも多い。

カナダ南東部のセントローレンス湾にいるアザラシは海に浮かぶ氷上で子を産み育てる。外敵から守ってくれるはずの氷が温暖化で解けてしまい、撮影した数日後に子たちがみんな死んでしまった。

太平洋上のミッドウェー島では、コアホウドリの子どもたちが死んでいた。親鳥が魚やイカだと思って与えたプラスチック片が胃にたまり、栄養失調になっていた。

人間、生き物って何なんだろう。地球、宇宙はどうできているんだろう。それを探求しながら、撮りたいものを夢中で撮りためてきた。

環境への関心が高まるなかで、高砂さんが写し取った生き物、地球への賛歌が、それを失うことの危機を伝えるメッセージになりつつある。「やっているときに気づかなかったことが、あとでそういうことだったのかと。見えないレールが初めからあって、その通りに経験させられていただけという気もします」

鹿児島県・屋久島で撮影する高砂淳二さん
鹿児島県・屋久島で撮影する高砂淳二さん=2024年8月26日、石合力撮影

屋久島で撮影した写真をモノクロで仕上げた作品の一つを見せてもらった。コントラストを抑えた画像から、地面にいる様々な生物や木の上で共生している植物とともに、皮膚のような木の感触が伝わってくる。

「氷の結晶や木の葉の葉脈。森には、地球や宇宙の力がいろんなところに宿っている。大きい命、小さい命がいて、たがいに絡み合っている。その多様性、ハーモニーを、見えないものを含めて写していきたい」