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急増する人工衛星が招く光害(ひかりがい)という脅威 満天の星が視界から消える?

World Now 更新日: 公開日:
巨大望遠鏡が集まる米ハワイ・マウナケア上空を撮影。人工衛星による光の筋が夜空を横切る(4分間露出)
巨大望遠鏡が集まる米ハワイ・マウナケア上空を撮影。人工衛星による光の筋が夜空を横切る(4分間露出)=2024年7月、朝日新聞宇宙部

南西部アリゾナ州ツーソンから80キロ。標高2000メートルを超える山の上に口径4メートルの望遠鏡を備えるキットピーク国立天文台はある。

年間300日は晴れ、市街地からも離れているため夜は暗い。訪れた8月上旬、見上げた夜空は満天の星で、1等星のベガ、アルタイル、デネブを結んだ夏の大三角や、さそり座がくっきりと見えた。

キットピーク国立天文台の位置=Googleマップより

ツーソンは天文台だけでなく、天文学や宇宙科学の研究所が集中する。そんな天文学の聖地で近年、夜空を脅かす「光」が危惧されている。

「最近はここでも、星の中を動く光の列が頻繁に見られるようになってきた」。キットピークで毎晩開かれているガイドツアーで、ガイドの一人は星空を眺めるツアーの参加者に向けてそう話した。

その「光」とは、地球の上空を飛行する人工衛星に反射した太陽の光だ。

標高2000メートルを超える山の上にあるキットピーク国立天文台
標高2000メートルを超える山の上にあるキットピーク国立天文台=2024年8月、米アリゾナ州、小川詩織撮影

人類初の人工衛星「スプートニク」が打ち上げられたのは60年以上前。ほんの5年前までは、衛星の数は数千機ほどだった。

ところが、大量の衛星で全世界をカバーして通信や観測をする「コンステレーション」という衛星群が登場した。すでに、衛星は1万機ほどに増えているが、インターネット通信サービスを提供する米宇宙企業スペースXや英衛星通信会社ワンウェブ、米アマゾンなどが今後、さらにそれぞれ数千~数万機の打ち上げを予定する。

今年8月には中国もインターネットサービス用の衛星を18機打ち上げた。将来的には1万機以上を配備する予定だ。

中でも、最も懸念されているのがスペースXのスターリンク衛星だ。2019年に最初の60機が打ち上げられたが、今や6000機ほどにまで増加。衛星の光が一列に夜空を進む様子は「まるで銀河鉄道のようだ」と言われるまでになっている。

ツーソンに本部を置き、光害への取り組みを進めるNPO、ダークスカイ・インターナショナル(旧・国際ダークスカイ協会)は、2030年末までに地球低軌道上に5万機の人工衛星が飛ぶと予測。その反射光は、夜空の明るさを250%増加させ、星の半数が視界から消える可能性がある。対策を講じないと、夜空の15個の光のうち約1個が人工衛星になるというシミュレーションもある。夜空の見え方が根本的に変わってしまうのだ。

「チリの望遠鏡で撮った写真をお見せしましょう」

ツーソンにある米国立光赤外線天文学研究所(NOIRLab)の科学者、コニー・ウォーカーさんが示した写真は、スターリンク衛星が打ち上げられた直後に撮ったもので、衛星による光の筋が19本写り込んでいる。

米国立光赤外線天文学研究所(NOIRLab)の科学者、子ニー・ウォーカーさん
米国立光赤外線天文学研究所(NOIRLab)の科学者、コニー・ウォーカーさん=2024年8月、米アリゾナ州ツーソン、小川詩織撮影

天体望遠鏡で星を撮るときは、数十秒~数十分ほどシャッターを開けっ放しにして光を取り込むため、衛星が横切ると光跡が直線で写り、しま模様のようになってしまう。

2013年2月、直径17メートルほどの小惑星がロシアのチェリャビンスク州上空で爆発し、衝撃波で建物のガラスが割れて1500人以上がけがをした。小惑星を事前に発見する重要性はさらに増している。

ただ、衛星の光跡が画像に写ると、天体や銀河などの正確な明るさや形、軌道といった観測データがとれなくなる。そのため、小惑星が地球にどのくらい接近するのかも、計算できなくなるという。

日本のすばる望遠鏡でも、画像の10枚に1枚は衛星が写り込むという。日本の国立天文台の平松正顕・周波数資源保護室長は「衛星の数が今の10倍になれば、単純計算ですべての画像に人工衛星が写り込むことになる。観測をやり直す必要がでてくる」と危惧する。

一方で、人工衛星は、気候変動の調査や通信、遠隔地に住む人々の教育などに役立っている。スペースXは対策に取り組んでいて、スターリンク衛星の中には、表面を黒く塗装したり、特殊なフィルムを貼ったりして反射光を減らしているものもあるという。

ウォーカーさんは「打ち上げをやめてとは言っていない。責任を持って行動してほしいということだ。スペースXとは解決策を話し合ったこともある。他の衛星事業者にも働きかけている」という。

「宇宙の植民地化だ」専門家ら懸念

90以上の国・地域の天文学者たちでつくる国際天文学連合(IAU)は2022年、衛星コンステレーションから夜空を守るための新しい組織「衛星コンステレーションの干渉から暗く静かな空を守るためのセンター(CPS)」を立ち上げた。複数の衛星事業者も参加している。

ただ、衛星の光害は国際的な規制や担当する機関がないのが現状だ。国連の宇宙空間平和利用委員会で議論が始まったが、法整備や規制は簡単ではない。

「宇宙の植民地化だ」。2021年に米国で開かれた天文学のワークショップでは、北米の先住民が先進国が打ち上げる人工衛星の影響を、こう訴えた。

衛星通信は、田舎に住む先住民に遠隔医療などの恩恵をもたらす。一方で、先住民は農作物の収穫期や家畜の移動時期などを知るために、星の動きを見てきた。生活や伝統、習慣と結びつく星空が人工衛星によって失われると心配する。

ダークスカイ・インターナショナルのラスキン・ハートリーCEO(53)は言う。「私たち全員が共有する一つの空をどう利用するか。世界レベルの取り組みが必要だ。人工衛星がもたらす素晴らしさを享受しながらも、自然な暗い空を見上げられるように」

ダークスカイ・インターナショナルのラスキン・ハートリーCEO
ダークスカイ・インターナショナルのラスキン・ハートリーCEO=2024年8月、米アリゾナ州ツーソン、小川詩織撮影