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「宝くじ」の起源は?万里の長城やトレビの泉の建設にも「嫌われない財源」として重宝

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中国・万里の長城。建設費の一部を、くじの収益で賄った記録が残る(紀元前206年)=北京市、川村直子撮影

くじ引きは神託とも結びつき、世界各地で紀元前から官職の決定や貴重な品物の配分に使われてきた。

今から2200年以上前、中国・漢王朝を建てた劉邦の軍師張良が、「万里の長城」の建設費の一部をくじの収益で賄った記録が残っており、宝くじの原型とされている。宝くじというと賞金や賞品にばかり目が行きがちだが、収益が公的な目的に使われている点が、商業カジノなどとは大きく違う。

嫌われない財源

大規模で近代的なものでは最初とされる、1441年の宝くじもそうだった。おこなわれたのは現在のベルギー・ブリュージュ。中世の街並みが残り、ユネスコの世界遺産にも選ばれた古都だ。ベルギー国営宝くじによると、豊かな商業都市だったブリュージュは重税に反発した複数の反乱で荒廃。反乱に対する重い罰金も加わったため、市街を囲む壁の補修や病院の建設といった復興のために、新たに税金を徴収することが難しかった。

ベルギー・ブリュージュのマルクト広場。最初の近代的宝くじが催されたとされる(1441年)=2024年6月26日、大牟田透撮影

そこで、各種の役職や様々な額の賞金、賞品を広場で公開抽せんしたところ、多くの市民が参加した。主催した市の金庫はすぐにいっぱいになり、その成功は欧州各地に伝わった。英語の「lottery」(宝くじ)は、オランダ語の「運命・チャンス」から生まれた言葉だという。

イタリア・トレビの泉。古代ローマの水道の終端に教皇クレメンス12世が建設を命じ、完成(1762年)=ローマ、大室一也撮影

為政者や権力者からすれば、税金とは違い、人々に嫌われずにすむ財源だ。ローマの「トレビの泉」も、こうした宝くじの収益で建設された。ルネサンス期のイタリアでローマ教皇が教会のための宝くじを企画した際は、くじを買おうと倹約して、食うや食わずの生活になる庶民が続出したという。

熱狂や不正で禁止も

大英博物館。収集品買い取り、用地買収・運営資金などに宝くじ収益金を充てて開館(1753年)=英ロンドン、河野一隆撮影

英国では17世紀初頭、北米大陸への植民会社「バージニア会社」の初期運転資金が国王勅許の公営宝くじで賄われた。国立博物館として18世紀に設立された大英博物館もそうだ。チョコレートミルクを英国に広めたことで有名なハンス・スローンの収集品の購入や、用地買収・運営資金の確保は、財政難の王室ではなく宝くじが担った。だが、次第に宝くじがらみの犯罪や、人々が宝くじにのめり込む狂乱がひどくなり、1823年には英国内での宝くじ販売を禁ずる法律が可決された。

米国・ワシントン記念塔。初代大統領を記念し首都に建設。宝くじの収益金も使い、40年かけて完成(1888年)=ワシントン、ランハム裕子撮影

日本も同じような経緯をたどっている。日本の宝くじの起源は、箕面山瀧安寺(りゅうあんじ、大阪府箕面市)で約400年前に始まった行事とされる。参詣(さんけい)者の名前を書いた木札を大きな箱に入れ、キリで突いて選ばれた人に、福運のお守りを授けるものだ。江戸幕府は特定の寺社にだけ「富くじ」を許したが、次第にその数が増え、過熱し不正が横行。天保の改革で1842年に全面的に禁止され、明治政府もそれに倣った。

江戸時代の富くじ。天保の改革で禁ずるまで、幕府が一部の寺社にだけ許可していた。これは「讃岐金毘羅(こんぴら)富札」=横関一浩撮影

インフレ抑制も目的に

国公認の「宝くじ」が復活するのは、第2次世界大戦末期の1945年7月。

日本政府が第2次世界大戦の戦費調達目的で発売した「勝札」(1945年)=横関一浩撮影

戦費を調達するために「勝札(かちふだ)」と名付けて発売したが、販売が8月15日までで、25日の抽せん日前に敗戦を迎えたため、「負札(まけふだ)」と呼ばれた。

戦後は1945年10月に激しいインフレ抑制を主目的に「政府第1回宝籤(くじ)」が、1946年12月からは地方宝くじが発売され、復興資金などに充てられるようになった。政府宝くじは1954年に廃止され、以後は地方自治体による自治宝くじだけになった。

日本政府が敗戦後に発売した政府第1回宝籤(1945年)=横関一浩撮影

専門調査機関によると、世界の宝くじ市場は近年、売上金額で年平均2.6%増と着実な成長を見せているという。2022年の売上高上位5カ国は①米国②中国③イタリア④フランス⑤スペインで、日本は11位だ。中国政府は2023年の宝くじ売上高が前年比36.5%も増えたと発表しており、景気低迷や失業増加が影響しているとの見方が出ている。国やくじによってかなり異なるが、日本を含め大半は売り上げの半分程度が賞金に充てられ、3、4割が公益目的に使われている。

米国の45州などで発売され、約2970億円の1等当せんが出たこともあるパワーボールや、欧州のユーロミリオンズ、日本のロトなど数字選択式が最も多く、表面を削ると結果が分かるスクラッチくじなどのインスタントくじが続く。日本の年末ジャンボのような「普通くじ」は少数派だ。

高額賞金とネット販売

賞金の高額化やオンライン販売で堅調な国が多い海外に対し、日本での売り上げは2005年度の1兆1000億円をピークに減少に転じ、2016年度以降は8000億円程度で推移している。この結果、売り上げの4割弱が還元される地方自治体の収益金も3000億円ほどで低迷しており、テコ入れ策が再三、検討されている。

収益金は原則、売り上げに応じて各自治体(現在は47都道府県と20の政令指定市)に分配され、法律に定められた目的の範囲ならば自由に使える。インフラや博物館など「箱物」の整備に加え、近年は子育て支援事業などに使う自治体もある。「復興支援」などと銘打ったものは、収益金の一部を別枠で被災自治体に分配し、復興事業に充ててもらう。

福井県立恐竜博物館。「動く恐竜模型」や骨格標本など収蔵品購入への宝くじ収益金充当が始まる(2013年)=福井県勝山市、中井征勝撮影

長く宝くじを禁止していた英国は、1994年に国営宝くじとして復活させた。当時のジョン・メージャー首相は後に、貧しい人々は宝くじを買ってますます困窮するという反対論を「人々の理性を信じない過保護な見方で、ナンセンスだ」と切り捨てた。そのうえで「政府の支出はどうしても、防衛や保健などの要求が優先される。宝くじこそが、英国の文化的・スポーツ的生活の再生に資金を提供する唯一の方法だと分かっていた」と記し、財源確保が最大の動機だったことを明かしている。

スポーツ振興目的のくじが日本を含め世界で増えているのも同じ動機からだろう。

政党の支援に使う国も

ユニークなのがスウェーデンの「政党宝くじ」だ。公平・透明性の確保などを条件に、政党による宝くじ発売を認める仕組みで、第1党の社会民主労働党では収入の約4割を占める。支持者は賞金を楽しみにしつつ党を支援できる。

政治学者で明治大の学長も務めた故・岡野加穂留氏は、「政治とカネ」の問題が燃えさかっていた1990年、そのスウェーデンを念頭に置いたとみられる「『政党宝くじ法』の提唱」と題する論考を著した。名前を明らかにしての政治献金に抵抗が強いならば、多くの「貧者の一灯」を無記名で集める手段として導入してはどうか、という趣旨だった。