オーストラリアに拠点を置き123年の歴史を持つ高級マットレスメーカーのA・H・ビアードは2010年ごろ、中国に目を向け始めた。
家族経営の同社は当時、オーストラリア国内の市場で、低価格の外国製マットレスとの競争に直面していたのだ。
中国は14億人の消費者がいて、高級ブランドを好む中産階級が成長しており、事業を拡大するのに適した場所と思われた。その選択は報われた。
A・H・ビアードは2013年、中国1号店をオープンした。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)が発生する前、中国での売り上げは年に30%以上伸びていた。
現在、A・H・ビアードは中国の各地に50店舗を構え、さらに50店舗をオープンする予定だ。しかし、中国に展開する大半の外資系企業と同様、同社はその戦略を慎重に検討し始めた。
中国政府の厳格な新型コロナ対策はビジネスに大打撃を与えた。A・H・ビアードの対中国輸出はもはや増加の一途にはない。
中国当局は7月、経済成長がパンデミックの初期以来最も遅いペースになったことを明らかにした。
失業率は高く、住宅市場は危機にあり、都市封鎖と(感染症の)大規模検査の脅威に常にさらされて神経質になった消費者は支出を控えている。
かつて回復力があった中国経済は今や、不安定に見え、ブームに乗ろうとこの国に群がった企業は厳しい現実に直面している。以前は確実な経済的チャンスとみられていたが、成長は横ばい状態だ。
「中国は以前のような成長基調には戻らないだろう」とA・H・ビアードの最高経営責任者トニー・ピアソンは言っている。
これまでのところ、ほとんどの企業は現状路線を維持しているものの、ほんの数年前にはなかった警戒感を明らかに抱くようになっている。
地政学的な緊張や米中貿易戦争で、一部の産業に懲罰的な関税がかけられるようになった。
新型コロナは商品の流れを混乱させ、ほとんどすべての価格を引き上げ、出荷を何カ月も遅らせた。
検疫や封鎖に依拠する中国のパンデミック対応は、消費者を家庭に閉じ込め、買い物に出られないようにした。
A・H・ビアードは約10年前、上海に現地パートナーと旗艦店をオープンした。そして、他の高級ブランドと同様、信じられないような価格で販売を展開した。中国は7万5千ドルという同社の最高級マットレスが最も売れる市場になった。
以来、コンテナの輸送コストは6倍に跳ね上がった。ラテックスや天然繊維といったマットレスの素材や部品のコストも大幅に値上がりした。
住宅市場の不振など、それ以外の懸念の兆候も浮上した(新しい住宅には新しいマットレスの需要がある)。
ピアソンは、今年後半に開催予定の中国共産党大会が「中国の軌道」を明確にして消費者にもっと自信を抱かせてほしいと思っている。
「経済はまだ成長の可能性がある」と彼は指摘し、「でも、一定程度のリスクは常にある」とも付け加えた。
世界の他の地域が緊縮を図った2008年の金融危機の後、中国は例外的に台頭し、国際的な企業が押し寄せた。
ヨーロッパの高級ブランドが中国の大都市に派手な店舗を建て、食品などの一般消費者向け米国メーカーは、スーパーマーケットの棚のスペース確保にしのぎを削った。
ドイツの自動車メーカーは販売代理店をオープンし、韓国や日本の半導体企業は中国の電子機器メーカーに色目を使った。ブームに沸く建設市場はオーストラリア産、ブラジル産鉄鉱石の需要に火をつけた。
中国の消費者は、財布を開けてそうした投資に応えてみせた。ところが、パンデミックは先行きの不透明さを目の当たりにした多くの消費者の自信を揺るがせた。
34歳のファン・ウェイは、20年に仕事を辞めて以来、支出を減らしたと言っている。
かつては買い物旅行に頻繁に出かけ、Michael Kors(マイケル・コース)、Coach(コーチ)、Valentino(ヴァレンティノ)といったブランドに給料の大半をつぎ込んでいた。
彼女は再就職し、北京の広告会社で働いているが、今は給料の4分の1を食費や交通費その他の生活費に充てて、残りは母親に渡し、銀行に預けてもらっている。
「解雇されるのが心配なので、毎月、何でも母親に渡している」とファンは言う。「楽しい暮らしから、カツカツの暮らしに移るのはすごく気がめいる」
より倹約的になった中国の消費者は、外資系企業にとって悩みのタネだ。そうした企業の多くは低コストの商品ではなく高価な製品を売り物にしているからである。
韓国の高麗人参製品の製造元「Ginseng by Pharm」の最高経営責任者アン・ジュンミンもまた、中国人の「財布のヒモが固くなった」ことに気づいたと言う。
アンによると、同社の主力製品である18米ドル相当の2オンス(約60ミリリットル)入り高麗人参飲料の売り上げがピークに達したのはパンデミック前のことだった。2019年には、同社は中国と香港に60万本のボトルを出荷した。
売り上げは20年に急落する。新型コロナによる封鎖で製品を中国に搬入するのが難しかったからだ。ピーク時と比べて(売り上げが)10%から20%減少しているが、ビジネス自体はほぼ元に戻った。
アンは景気の減速を心配しているものの、中国の健康製品市場と、芳香な根に健康効果があるとされる高麗人参の知名度が引き続き売り上げに貢献すると楽観している。リスク回避のため、ヨーロッパで販売できるよう規制当局の認可も求めている。
ただし、かつてのたがが外れたような楽観主義とはかけ離れている。
中国が最も急速に成長し、最も収益性の高い市場だった2016年、アディダスの最高経営責任者カスパー・ローステッドは、中国を「会社の星」と宣言した。
同社は拠点拡大に積極的な投資を展開した。2015年時点で中国には9千店あったが、現在、直営店はわずかに500店ながら全部で1万2千店に増えている。しかし、心地よい調べはやんでしまった。
アディダスは当初、中国での売り上げが今年は加速すると見込んでいたが、新型コロナによる封鎖が広がり続けたため、5月に予測を下方修正した。同社は、中国での収益が「大幅に減少する」と予測しており、急速な回復は見込めないとみている。
目下のところ、アディダスは、たじろいではいない。ローステッドはアナリストからの連絡を受け、同社がコストの削減を図ったり、中国から撤退したりする予定はないと言っている。
そうではなく、「成長を倍加、加速させるためにできることは何でもやる」というのだ。
多くの外国企業は、中国経済の成長が見込める要因として中産階級の台頭に期待を寄せてきた。
コンサルティング会社の「Bain &Co.」は、中国は2025年までに世界最大の高級品市場になると予想している。
この予想は、(中国では)中産階級台頭の「大きな波」がまだ来るとみるシニアパートナーのフェデリカ・レバトの見解にも支えられている。
しかし、この種の予測はかつて中国市場に大きく依存していた外資系企業の一部にはあまり魅力的ではないようにみえる。
住宅や家具に使う人工乾燥処理材メーカーで米ミシガン州に拠点を置く「Kamps Hardwoods(カンプス・ハードウッズ)」は当初、中国で事業拡大の機会をつかんでいた。
同社の総支配人ロブ・クコウスキーは2015年の中国での見本市で、中国のバイヤーから99個の輸送用コンテナを満たすに十分な量を購入したいという大型の申し出があり、仰天した。
200万ドルの木材の注文は同社にとって4カ月分のビジネスに相当する額だった。
中国人のバイヤーは木材の入手を切望しており、カンプスのブースを訪れ、クコウスキーがその場で100万ドルの取引を承諾するまで立ち去ろうとしなかった。2016年までに、中国は同社の売り上げの80%を占めるまでになっていた。
カンプスは、中国の大量注文から利益を得るのが難しいことにすぐに気づいた。多くのバイヤーは品質に関心がなく、できるだけ安い価格を望んでいたからだ。
同社は、よりよい製品にもっとカネを払ってもいいと思っている米国やその他の海外マーケットで顧客を見つけることに注力し始めた。
それは偶然のタイミングだった。中国は2018年に対米貿易戦争の一環として米国材の関税を引き上げた際、カンプスは不況を乗り切りやすい立場にあった。
今日、中国はカンプスの売り上げの10%を占めるだけだが、依然として同社にとって中国は間接的に大きな影響力をもつ。
クコウスキーによると、中国は米国材の大量バイヤーだから、買い入れが止まると業界全体で値下げ競争が確実に起きる。
「中国の購買力は非常に強力であり、我が社の製品はその多くが中国市場に投入されている」とクコウスキーは言う。「中国経済が減速すると、我々の産業は重大な問題に直面することになる」とみているのだ。(抄訳)
(Daisuke Wakabayashi and Patricia Cohen)©2022 The New York Times
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