中国共産党は昨年、離婚の成立前に30日間の「クーリングオフ(冷却)」期間を設ける規則を導入した。夫婦は離婚ができるまで不幸な結婚生活の維持を余儀なくされる。この規則導入の背景にあるのは、離婚率の急激な上昇だ。
中国政府が3月下旬に発表した統計によると、この規則はうまくいったようだ。離婚の届け出は2021年に急減した。
地方の当局者は、家族を増やし、中国経済を脅かす人口動態の危機を抑え込む国家の取り組みが成功したとして新規則を歓迎した。ところが、党には考慮すべきもっと大きな課題がある。そもそも、結婚する国民がどんどん減っているのだ。
21年の婚姻届は36年ぶりの低水準に落ち込んだ。結婚の減少は出生率の急落につながっており、それは急速に高齢化する中国社会の憂慮すべき兆候で、日本や韓国といった国々でよく知られた現象である。
多くの若い中国人は、仕事を見つけるのが難しく、競争が激しくなっており、生活費を工面しにくくなっているため、結婚したくないと言っている。
「結婚する気なんて、まるでない」とヤオ・シンは言う。32歳の独身で、北朝鮮との国境に近い丹東市に住んでいる。両親は、結婚して子どもをつくるようプレッシャーをかけるが、台所用品を売買する彼の仕事では、結婚の前提と思っている安定した収入を得るのが難しいと言うのだ。そのうえ、多くの女性はいずれにしろ結婚したくないのだと彼は言い添えた。
「私の周りでは、結婚したくない人が増えている」とヤオは言い、「それに、中国では離婚率も婚姻率も大幅に低下しているが、この流れは逆戻りできないと思う」と話していた。
職場と家庭での男女格差の拡大で、多くの女性は結婚についても考え直すようになっている。若い女性は、母親よりもいい教育を受け、経済的により自立しており、自分たちの経済的な立場が変化しているのに、社会の見方が変わっていないことを見せつけられてきた。
「私たちは、このことをパッケージディール(一括取引)と呼んでいる。女性は男性と結婚するだけではなく、彼の家族全員と結婚することになるのだ」とウェイ=チュン・ジーン・ヨンは言う。シンガポール国立大学(NUS)の首席教授で同大家族・人口研究センターの創設センター長でもある。「このパッケージは、もはや結構なことではないらしい」と指摘する。
中国では、結婚する夫婦は教育費の高騰や小さな子を育てながら高齢の親の世話をする負担を懸念して子どもをもうけようとしないことがよくある。中には、結婚を先延ばしし、その代わりに挙式をせず、しばしば子どももつくらずに一緒に暮らすことを選ぶカップルもいる。
「離婚率の上昇と一体になった比較的低い婚姻率は、結婚が非制度化する兆候かもしれない。つまり、結婚より同棲を選択する人が増えるという意味だ」。英ロンドン大学キングス・カレッジ(KCL)の国際開発学部上級講師イエ・リウは指摘する。
中国政府は、人口が減り始める時代の到来を恐れ、結婚と出産を奨励する政策の導入に何年も費やしてきた。過去10年間に、厳格な家族計画規則を2回改定した。最初は数十年間続けてきた「一人っ子」政策を15年に終わらせたことで、その後、夫婦は子どもを3人までもてるようにしたこと。
当局は、産休の改善と働く母親の保護を約束したが、依然として多くの妊婦が労働市場での差別を報告している。一部の都市では結婚休暇のような奨励策を導入してきた。カップルが結婚し家庭生活を始めるのを後押しするため、新婚夫婦に追加の休暇を与える方策だ。
こうした取り組みにもかかわらず、婚姻率は14年以来、年々低下してきた。中国民政部によると、21年の婚姻件数は約760万組で、公式に婚姻の記録を取り始めた1986年以来最低だった。
関係当局は、カップルが夫婦関係の解消へとあまりにも早く動いてしまうのを懸念して、昨年1月に離婚の「クーリングオフ」期間を設けた。この規則は、夫婦が離婚申請後、離婚手続きを続行する前に30日間を置くことを求めている。
「過去の離婚の一部は、衝動的なものだ」とトン・ユイチョンは3月下旬に中国の国営メディアに語った。彼は人口問題の専門家で、広東省人口開発アカデミーの会長でもある。
「人はしばしば、ささいなことでけんかをする」とトンは言う。「そして、いわゆる意思の疎通を欠くと、お互いが不適切な態度をとるのだ。つまり、自分たちをしかるべき立場に置かず、感情が激して衝動的に離婚したくなる」
中国の当局やトンのような学者たちは、離婚率を減らすのに役立つとしてクーリングオフの効用を認めている。当局によると、2021年に成立した離婚は約210万組で、20年の約370万組から43%低下した。
さらに別の要因が作用している可能性があると指摘する専門家もいる。米インディアナ大学教授のイーサン・マイケルソンは中国の婚姻法と男女格差問題の専門家で、離婚率の低下はパンデミック(感染症の大流行)のために離婚手続きの日取りを決めることの難しさが関係しているかもしれないと指摘する。
政府が報告したデータは、「合意による離婚」として知られるケースに限られている。これは法廷闘争が長びく可能性のある裁判所ではなく、民事局で処理された離婚だ。このケースでは、配偶者は直接、一緒に離婚を申請する必要がある。30日間のクーリングオフ期間後、夫婦は(離婚の手続きをするため)民事局に戻るか、離婚申請を取り下げるかしなければならない。
都市封鎖や対人距離を確保する規則は、離婚手続きの処理をより困難にした。離婚の要望が相変わらず強いことを示す兆候もあった。中国当局が冷却期間を導入する3カ月前、人びとは駆け込み離婚に走った。前年同期比の13%増にあたる100万組以上の離婚申請があった。
中国で人気があるツイッターのようなソーシャルメディア「ウェイボー(微博)」で、3億1千万人を超す人たちが新しいデータをめぐる議論を見た。コメントの多くは、(データを)けなすものだった。あるコメンテーターは、こう問いかけた。「離婚できないから離婚しない人は何人いるのか? それに、婚姻件数はここ36年間で最低じゃないか」。別の人は「なぜ結婚なんてするのか?」と問いかけている。
家庭内暴力の犠牲者がどうなったのかを心配する人もいた。人権活動家は、クーリングオフの規則は虐待的な結婚生活を送る人たちにとって有害であると警告してきた。関係当局は、家庭内暴力の犠牲者だとの主張なら婚姻の解消を裁判所に訴えればいいと反論した。しかし、多くの犠牲者や専業主婦は、法廷費用を払えるだけの収入がない。
インディアナ大学教授で中国の離婚に関する著書を近く刊行するマイケルソンは、中国の女性に対する全体的なメッセージは圧倒的に否定的だと言う。「女性は結婚するとすべてを失うリスクがあることを学んでいる」と指摘し、「結婚生活から抜け出す自由を危険にさらしているのだ」と彼は言っている。(抄訳)
(Alexandra Stevenson)©2022 The New York Times
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