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退役したフランス軍高官が考察する戦争と人間の書 軍人の内面に巣くう魔物と葛藤

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
"ENTRE GUERRES"の書影=関口聡撮影

マクロン仏政権の元統合参謀総長で、『Entre Guerres(戦争の狭間)』を著したフランソワ・ルコワントル将軍は、あるインタビューで、驚くような率直さでこう語っている。「自分の命を危険にさらすと言えば聞こえはいいが、戦争をするというのは人を殺すことですよね」

この究極の事実から目をそらすことなく、軍人という職業を考察し、その倫理を模索し、軍人として生涯を貫き、2021年に退役。経験のすべてを濃縮してエッセーにまとめたのが本書である。

今後の戦略への提言とか、個人的な武勲をひけらかすような回想録のたぐいではない。ひとりの人間としての葛藤、恐怖との闘いや弱さも含めて、真摯(しんし)に自分の内面を掘り下げている。軍の最高位に上り詰めた人間にとって、そう簡単なことではないはずだが、若い時からたいへんな読書家であったことがそれを可能にしたのだろう。

代々軍人を輩出する家庭に育ち、子どもの時からわずか23歳で戦死したおじの遺影に「英雄」の姿を見て、ルコワントル青年は陸軍士官学校に進む。

現役時代、直接フランスが巻き込まれるような戦争は起きず、平和な時代だったと言えるが、世界各地で紛争は絶えなかった。

仏軍も人道的な立場から国連平和維持活動に参加する国の一員として、また紛争を最小限に食い止めるために、戦いの現場に送り込まれた。ある意味で、自国を守る戦いより難しい側面もある。祖国からは遠く、国民の支持も実感できず、長い待機時間を耐え、軍人としての自分の存在意義にさまざまな疑問が湧き上がる。湾岸戦争、ソマリア紛争、ルワンダ内戦、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争……。

世論は感情論に流されがちだが、国連活動に参加する軍たるもの、中立の立場を貫かねばならない。しかも、多くの紛争の実態は、「敵」と「味方」の境があいまいだ。善と悪の境界が消滅している場合もある。

たとえばルワンダ内戦。ツチ族とフツ族の虐殺劇の渦中、1994年、若きルコワントル大尉(当時)は自分の中の魔物におののく経験をする。虐殺された子どもたちの遺体を炎天下で処理するという耐え難い作業の翌日のこと。その虐殺の当事者が、村人たちにリンチされているところを救わねばならなかった。その男を前に、一隊は抑えきれない憎悪と復讐(ふくしゅう)の感情に突き動かされる。男が逃げ出せば殺す口実ができるとまで思う。しかし、理性を失う一歩手前で踏みとどまる。どんな人間であれ、状況しだいで人間が人間でなくなる瞬間があることを、若い大尉は痛切に悟った。

1995年のサラエボでは、仏兵を人質に取られ、ルコワントル大尉率いる部隊はブルバニア橋奪還攻撃を決行する。銃剣による最後の戦いと言われる。突撃の陣頭指揮を執りながら、敵の放火を浴びて兵士たちが倒れる中、生存本能に引き倒されるように身動きできなくなった一瞬を、彼は偽らずに描写する。死を前にひるんだ自分を語る勇気とその冷徹な筆致から、著者の人間洞察の深さが浮かび上がる。

死者も出したこの戦いは、ルコワントルの生涯に栄誉と同時に大きな影も落とした。ともに戦い、栄誉を分かち合った当時のマスター伍長は、後年、自ら命を絶った。一見、知性的でエレガントな著者の脳裏を、今もどれほどの残虐な場面がよぎることだろう。

皮肉なことに、退任から半年ほどして、ロシアのウクライナ侵攻が始まり、ヨーロッパは再び戦争の可能性に直面することになる。私たちは、常に戦争と戦争の狭間で生きている。だからこそ、本書の証言がいま、多くの人の心を摑(つか)むのかもしれない。(敬称略)

フランスのベストセラー(エッセー部門)

6月6日付L’Express誌より

  1. Les morts ont la parole

    Philippe Boxho フィリップ・ボクソ

    法医解剖医が特異な仕事の裏側を具体的にのぞかせてくれる。

  2. Entretien avec un cadavre

    Philippe Boxhoフィリップ・ボクソ

    死者が最後に語りたかったことは何か。法医解剖医が出合ったさまざまな事件。

  3. Votre attention est votre superpouvoir

    Fabien Olicardファビアン・オリカール

    現代人の集中力は下降の一途。集中力を強化し人生の手綱を取り戻そうと提案する書。

  4. Le Couteau 

    Salman Rushdieサルマン・ラシュディ

    インド系英国人作家が刺殺されかけたのは2年前のこと。自ら事件を振り返り考察する。

  5. L’Or des rivières 

    Françoise Chandernagor フランソワーズ・シャンデルナゴール

    作家の故郷、仏中部のクルーズ県の魅力を語る珠玉のエッセー。

  6. Entre guerres  

    François Lecointreフランソワ・ルコワントル

    元フランス軍統合参謀総長が自らの人生を振り返りつつ、真摯に戦争と人間を問う。

  7. Messieurs, encore un effort…

    Elisabeth Badinter エリザベート・バダンテール

    出生率が下降しつつあるフランス。女性の肩にかかる重圧を社会学者が分析。

  8. Transmania

    Dora Moutot, Marguerite Sternドラ・ムト、マルグリット・ステルン

    トランスジェンダーに関する運動の危うさを告発して、差別的だと批判された問題の書。

  9. La foudre gouverne le monde  

    Michel Onfray  ミシェル・オンフレ

    利益追求に突っ走る混沌(こんとん)たる現代社会を哲学者が冷徹に分析し批判する。

  10. Comment ça va pas ?

    Delphine Horvilleurデルフィーヌ・オルヴィルール

    昨年秋のハマスによるユダヤ人殺戮(さつりく)に打ちのめされたユダヤ教女性ラビの葛藤と対話の書。