1. HOME
  2. Learning
  3. 高齢者はお荷物か 「老いることができる幸せ」を知るフランスの一冊

高齢者はお荷物か 「老いることができる幸せ」を知るフランスの一冊

Bestsellers 世界の書店から
相場郁朗撮影

シモーヌ・ド・ボーヴォワールが『老い』(1970年)を発表してから50年が経つ。平均寿命は延びたが、高齢者をめぐる社会環境はそう変わらないどころか、老いはますます忌避される傾向にある。ロール・アドレールは本書『La voyageuse de nuit(夜の旅人)』の中でそう告発する。

著者は テレビやラジオで活躍するジャーナリストでプロデューサー、伝記『マルグリット・デュラス』で知られ、フェミニズム関連の著作も多い。取材中、「老いなんて、またなんでそんな陰鬱(いんうつ)なテーマを?」と眉をひそめられたと述懐する。アドレールはいわゆるパリ5月革命(68年)世代だ。日本でいえば全共闘世代。若さこそが最高の価値だった。その著者もいま70歳。老いのとば口に立って、鏡の中の「自分」(つまり他者の視線)と、自身が感じている「自分」との間の落差は一体なんなのかと自問しながら、アドレールは老いをめぐる思索と取材の旅に出た。

若さ、効率、生産性ばかりが謳歌(おうか)される社会で、高齢者はお荷物扱い、幼児扱いされ、最悪の場合、高齢者施設という社会から切り離された場所に集められて死を待つだけの存在におとしめられている。40歳にもならず大統領の座に上り詰めたマクロン大統領の存在は、手放しの若さ礼賛の傾向に拍車をかけているかもしれない。

そんな中でも、探せば高齢者に別のアプローチを試みる施設がないわけではない。パリ郊外のある高齢者専門病棟のように、アートを介して認知症の老人たちのいのちに輝きを取り戻す試みをしているところもある。ダンサーとの交流から、少女のようなほほ笑みを取り戻す老婆たちの姿は心を打つ。

「死はまさに生の条件である」と哲学者ジャンケレヴィッチは言った。死を視野に入れて年齢を受け入れれば、老いることができるという幸せをかみしめることは可能なのではないか、と著者は問う。世俗の価値観を脱して本質を見つめ、美しさにいっそう敏感に、自分より他者に向かう時期としての老年期は、決して惨めでも悲しくもない。著者が言うように、老人の中にはすべての年齢が閉じ込められている。時と場によって心の年齢を変えられる。それは老人だけが持つ特権であり豊かさであるかもしれない。

■年を重ねて得る豊穣の世界

ロール・アドレールが老いというテーマを掘り下げたなら、84歳のフィリップ・ラブロの『J'irais nager dans plus de rivières (もっと多くの川で泳ぐだろう)』は、まさに老年期の豊穣(ほうじょう)さをたっぷり味わわせてくれるエッセー集だ。

ラブロはラジオ、次いで新聞や雑誌のジャーナリストとして出発し、作家となり、ジャンポール・ベルモンドやイヴ・モンタンを主演にした作品を手がけた映画監督でもある。セルジュ・ゲンスブールの依頼で、公私ともに彼のパートナーだったジェーン・バーキンの歌を作詞したこともある。ラジオ局やテレビ局の経営に参加し、プロデューサーや司会者としての活躍も中途半端ではない。彼の存在自体が、フランスの文芸界とメディア界の風通しのよさを象徴していると言える。

当然、交流があったアーティストや各界の大物たちは数知れず。その思い出が紡がれる本書は老翁の昔とった杵柄(きねづか)の自慢話なんぞではなく、滋味に富み、縦横な引用の妙で読者を楽しませ、人間と文学(ポピュラーソングも含めて)への深い愛に満ちている。なにより、ラブロの信条とする文章の理想――明快であること、しかも常に高みを目指すこと――がみごとに結実している。多彩な分野で才能を発揮しながら、書くことこそラブロの真骨頂であることを納得させられる。

ゲンスブールが著者の目前で、超人的な集中力をもって次々と歌詞に曲をつけてゆく場面の描写や、名もない美容師だった16歳のファブリス・ルッキーニに何かを感じ、急きょ、撮影中の映画に俳優として加えた逸話や、ゴンクール賞を2度受賞しながら自死した作家ロマン・ガリーに伝授された書く作法の秘話など、どの逸話も、人生という長い川の全体像を晩年という夜空に打ち放った花火の一瞬の輝きで浮かび上がらせ、読者の心を震わせる。フランス好きにはこたえられない一冊かもしれない。

■静かな地方都市で起きた一家殺人 「友」の視点から

『L'ami impossible(あり得ない友)』は、過去をさかのぼるという意味では同じだが、ラブロのエッセーとはまったく毛色を異にする。俳優で作家の著者ブリュノ・ド・スタバンラートは、2011年にフランスを震撼(しんかん)させた一家殺人事件の犯人と目される男の親友の一人だった。

この事件は、仏西部の静かな地方都市ナントの信仰心あついごく普通の家庭で起こった。13歳から20歳の子供たち4人とその母親の遺体が、複数の弾丸を撃ち込まれ、庭に埋められていた。犯人は子供たちの父親のグザヴィエ・ド・リゴネールだと見られているが、犯行から約10日後に遠方で目撃されて以来、消息を絶ち、いまも事件解明のめどは立っていない。一見、模範的な家庭の内部で一体何が起きていたのか。10年近く経った今も、人間の心の闇の深さに背筋がぞくっとする事件として、フランス人の心に引っかかったままだ。

本書は良家が集まるヴェルサイユ市の高校での二人の若者の出会いから始まり、母親の支配力が強いグザヴィエの家庭環境を克明に描き、二人の間に芽生えた友情とそれぞれの人生の浮き沈みを丁寧にたどっている。著者のド・スタバンラートは、10代に俳優としてスタートした後、30代に自動車事故で半身不随となる。その体験から生まれた自伝的小説『Cavalcade』は映画化もされている。

絶望のどん底を知っている著者が、グザヴィエは太陽のように明るい男だったと証言する時、謎を包む霧は晴れるどころかいっそうその濃さを増す。著者は真相を知りたい一心で彼なりに事件を掘り下げ、事実を突き合わせ、自分の知っていたグザヴィエの心に可能な限り寄り添おうと試みる。

本書は、惨劇のおどろおどろしさを超えていまも消えない友情の証しであり、「戻ってこい、そして、わけを話してくれ」 という、消えた「友」への悲痛な呼びかけでもある。

フランスのベストセラー(エッセー・資料部門)

L'Express誌11月5日号より

1 Toujours plus, +=+

Léna Situations レナ・シテュアシオン

若者に大人気のユーチューバーによるポジティブ・ライフ指南書。

2 L'équilibre est un courage

Pierre de Villiers ピエール・ド・ヴィリエ

黄色いベスト運動に象徴される社会の亀裂を、前仏軍統合参謀総長が分析。

3 La Voyageuse de nuit

Laure Adler ロール・アドレール

老人が忌避される社会の中で、本当は豊かなはずの老年期の意味を問う。

4 Devenir rentier immobilier en partant de rien

Christopher Wangen クリストファー・ヴァンゲン

資産なしでも不動産投資で楽々生活を実現した若者による手引書。

5 Ci-gît l'amer. Guérir du ressentiment

Cynthia Fleury シンティア・フルリ

社会に渦巻く怨恨(えんこん)と「正義」の衝突を昇華することは可能なのか。

6 Charlie Hebdo. 50 ans de liberté d'expression

Collectif  共著

シャルリー・エブド紙発行50周年を記念し、代表的な記事と風刺画を特集。

7 Ma vie en rouge et blanc

Arsène Wenger  アルセーヌ・ベンゲル

日本や英国で活躍したサッカー監督ベンゲルが半生を振り返る。

8 J'irais nager dans plus de rivières

Philippe Labro フィリップ・ラブロ

文学者で映画監督、作詞家、メディア界でも活躍したラブロの回想録。

9 Fratelli Tutti. Encyclique du pape François

Pape François  教皇フランシスコ

コロナ禍の時代を生きる信者たちに宛てた現教皇の最新メッセージ。

10 L'Ami impossible

Bruno de Stabenrath ブリュノ・ド・スタバンラート

2011年にフランスを震撼させた一家殺害事件。逃走中の容疑者の親友が語る。