専門家「アルコールは発がん性物質」
「この国でアルコールに関する情報は全く足りていない」。飲酒の弊害について啓発する団体「アルコール・アクション・アイルランド」のシーラ・ギルヒーニーさんはダブリンの事務所で力を込めた。
経済開発協力機構(OECD)のデータを見ると、アイルランドの1人当たりの年間の純アルコール消費量は2000年代に入って減少傾向だが、2022年でも10リットルを超え、依然として高い水準だ。
物理学者でもあるギルヒーニーさんは「アルコールが発がん性物質であることは何十年も前から医学界では分かっていた。でも、一般の人はそれほど知らない。アルコール依存症にならなければ肝臓は大丈夫と誤認している人も多い」と嘆く。
長年、「正しい情報」から消費者を遠ざけていたのは、「ものすごい力を持ち、ロビー活動をするアルコール業界だ」と指摘する。
アイルランドの表示は、2018年に成立した「公衆衛生(アルコール)法」に基づくもので、国内で販売するお酒が対象。2023年に、警告は赤い太字で書くことやラベルの大きさなど細部が決められた。瓶や缶でお酒を提供しないパブやレストランでは、警告を紙で目立つ場所に貼り出さないといけなくなる。
規制強化に反発も
直後から、国内外のアルコール関連団体を中心に激しい反対が巻き起こった。フランスやイタリアのワイン生産団体は「行き過ぎたルールで、自由貿易を妨げる」「中小の醸造業者に負担が大きい」などと訴えた。
欧州連合(EU)の委員会や世界貿易機関(WTO)でも議論されたが、公衆衛生の確保を掲げるアイルランドの方針を揺るがすには至っていないようだ。アイルランド市民は7割強が表示に賛成、との世論調査結果もあるという。
業界が恐れるのは、この表示が波及することかもしれない。アイルランドは20年前にいち早く、あらゆる仕事場での喫煙を禁止。屋内の公共スペースは禁煙となり、実質的に戸外や自宅だけが喫煙場所になった。その後、同じことが世界に広がった。今回のラベルに関しても、カナダなどで同様の動きがあるという。
ギルヒーニーさんはさらに、ノンアルコール飲料の広告が野放しだと批判する。
「アルコール飲料の広告は規制されているのに、ノンアルなら許される。でも実際の広告はこう。大手ビールのブランド名が大きく書いてあって、下に小さく『0.0%』。規制回避です」
市民の多くはラベル表示に賛成とのことだが、生の声も聞きたい。当地の黒ビールを手にした客で盛り上がるパブに立ち寄った。
店員のカレンさん(32)は「時代の流れだし、私は賛成。どれほど影響があるかは分からないけど。飲む人は何があっても飲むし」。常連客のショーンさん(65)は「大人にはあまり関係ないと思う。だけど、孫娘が字が読めるようになって、こう言ったらドキッとするだろうね。『おじいちゃん、それって体に悪いの? だったらやめてね』って」。