約9千年前の遺跡から酒の痕跡
ひとくちにお酒といっても、ビールにワイン、ウイスキーに焼酎、日本酒と多種多様だが、その定義は「アルコール(エタノール)を含む飲料」と至ってシンプル。しかし歴史は古く、複雑だ。
アルコールは、微生物(酵母)が、糖分に働きかけることでできる。最古の酒と言われているのは蜂蜜酒(ミード)で、蜂蜜を原料とする醸造酒。蜂蜜と水が自然に混ざり合って発酵が始まり、偶然できあがった「不思議な水」を誰かが飲んだと考えられている。
お酒を人間がつくり始めた時期については特定は困難だが、『酒の起源』を書いたアメリカの研究者パトリック・マクガヴァンさんは約9000年前の中国の遺跡からアルコール飲料の痕跡を発見し、ジョージアで出土した約8000年前の遺物からワインの痕跡を見つけている。
ビールは古代メソポタミアで盛んにつくられていたという。醸造酒を加熱する工程を経る、ウイスキーや焼酎などの蒸留酒が登場するのは、もっと後のことだ。
今日と異なり、水をそのまま飲むのは不衛生な時代、ワインやビールは安心して摂取できる水分だった。カロリーも高く、質素な食事を補った。まさに「命の水」。
酒と宗教の関係
ただ、お酒が持つ重要で、魅力的な側面はほかにある。「酔い」だ。
口から入ったアルコールは胃と小腸で吸収され、血液中に入って全身をめぐる。「酔い」はアルコールが脳に到達して生じる。理性をつかさどるとされる大脳新皮質の働きが鈍くなる一方、感情、食欲などの本能をつかさどる部分の働きが活発になる。
こうした効果は、古くから宗教や祭事と深く結びついた。キリスト教文化圏ではワインが重視され、特に赤ワインはキリストの血として聖餐(せいさん)に用いられるように。修道院ではブドウを栽培し、ワインをつくった。
高級シャンパンの代名詞、ドンペリはフランスの修道士ドン・ピエール・ペリニョンにちなむ。日本でも古くから豊かな収穫を祈るため、酒を神に供え、飲むことで厄払いをしてきた。同じさかずきで飲み、共同体の絆を強めてもきただろう。
酒のリスクも重視される時代に
しかし、「酔い」がもたらす危険性もまた、酒と人類の出合いとともに始まった。
血中アルコール濃度が0.1%程度までなら、陽気さ、活発さが促進されるが、これを超えると大声で騒いだりふらつき始めたりし、さらに0.2%辺りからは千鳥足や吐き気が見られるように。0.3%を超えると、立てなくなったり意識が混濁したりし、さらに進めば死も迫る。
ほかにも、個人の心身や社会的な問題として依存症や自殺、飲酒運転や暴力などが挙げられる。
このため、お酒の歴史は規制の歴史でもある。有名なのはアメリカの禁酒法(1920~1933年)。ピューリタン(清教徒)の道徳思想から禁酒運動が広がり、全土で酒の販売などが禁止された。
背景には女性の権利拡張運動や、賭博の舞台になりやすい酒場をなくす狙いなどもあったとされるが、密造が横行する結果に終わった。
現在は「百薬の長」といった手放しの称賛は許容されなくなった。世界保健機関(WHO)は2010年、「アルコールの有害な使用」が健康障害のリスク要因で、個人とその家族に壊滅的な影響を及ぼし、社会にもダメージを与える、と説明。その後、医学雑誌に「アルコールは少量でもリスクがある」との研究結果が掲載され、議論は再び活発になった。
厚生労働省は2月、「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を公表。生活習慣病リスクを高める純アルコール摂取量の1日の参考値を、男性40グラム以上、女性20グラム以上と定めた。20グラムはビールなら500ミリリットル、日本酒なら1合弱だ。
多くの先進国では消費が減っている。世界銀行や経済協力開発機構(OECD)のデータで、お酒に含まれる純アルコール量の1人あたり(15歳以上)の消費を見ると、2000年から2019年に、世界全体で5.1リットルから5.4リットルへ微増した。押し上げたのは中所得国の旺盛な消費だ。
一方、もともと消費が多かった高所得国では減った。フランスは13.9リットルから11.4リットル、ドイツも12.9リットルから10.6リットル、日本は8.6リットルから7.1リットルに減少した。米国は緩やかに上昇した。
こうしたトレンドを受け、ノンアルコール市場は盛況だ。英国の大手調査会社IWSRによると、独仏日米など10カ国のノンアルコールや低アルコール飲料市場は2023年で約2兆円。2027年まで年平均6%の成長率が見込まれるという。