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重さ20キロ超のデンドラの甲冑は実戦用だったのか 現代のギリシャ軍兵士が実験に挑戦

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
よろいとかぶとから成る「デンドラの甲冑」一式の複製品を着て剣を構えるギリシャ軍兵士
よろいとかぶとから成る「デンドラの甲冑(かっちゅう)」一式の複製品を着て剣を構えるギリシャ軍兵士。古代ギリシャのミケーネ文明の甲冑が実戦で使われていたのかを調べるための模擬戦闘に、ボランティアとして参加した=Andreas D. Flouris/University of Thessaly via The New York Times/©The New York Times

ギリシャの兵士たちは、戦に備えて朝食の乾燥パンを赤ワインでたらふく胃袋に流し込んだ。続いて1人ずつが甲虫類のようなかたい甲冑(かっちゅう)一式を身に着け、武具を手にした。

兵士たちは、やりで木製の標的を突いた。1人乗りの戦闘用二輪馬車(訳注=以下、戦車)も駆使した。しかし、その戦車にはランニングマシンのモーターがつながっていた――11時間にもわたって、現代のギリシャ軍の精鋭たちは紀元前15世紀の戦場を模した状況で戦い続けた。

これは、今から3500年前につくられた「デンドラの甲冑」(訳注=出土したギリシャ・ペレポネソス半島の村名から付けられた。有名なミケーネ遺跡に近い)が、果たして実戦で使用されたのか、あるいは一部の学者が唱えたように儀式用のものだったのかを見極める実験だった。

この甲冑は、欧州の青銅器時代のものとしては最古級の一つと考えられており、無償のボランティアとしてギリシャ軍の精鋭が参加することになった。

兵士たちが着用したのは、デンドラの甲冑の複製品だった。血糖値や心拍数などの生理的な数値の変化は、研究陣によって記録された。そして、甲冑を着ける負担は、体力的に十分に耐えられることが実証された。その結果を記した論文が2024年5月、米オンライン科学誌「プロス・ワン」で発表された。

甲冑をまとい、やりを構えるギリシャ軍兵士
甲冑(かっちゅう)をまとい、やりを構えるギリシャ軍兵士=Andreas D. Flouris/University of Thessaly via The New York Times/©The New York Times

この甲冑は、当時の水準としては「極めて進んだ軍事技術の一部だっただろう。それは、この模擬戦闘の結果と関連の研究データが示している」とアンドレアス・フローリスは語る。論文の筆頭著者で、今回の戦闘が実施されたギリシャのボロス市にあるテッサリア大学の環境生理学研究室長だ。

「木や石でできていたり、やりのように一部に青銅を使ったりした武器を持って最前線で戦うとしよう。その中でこの甲冑をまとった兵士は、巨大なロボットが目の前にいるように見えたに違いない」と生理学の教授でもあるフローリスは続ける。

古代詩を戦の手引に

この論文によると、デンドラの甲冑がどう使われたかを裏付ける歴史的な記録は存在しない。そこで、今回の模擬戦闘のスケジュールは、古代ギリシャの詩人ホメロスの叙事詩「イリアス」に描かれている「トロイ戦争」(訳注=ミケーネなどの古代ギリシャの遠征軍が、小アジアのトロイを10年がかりで陥落させたとされる)の分析をもとに組み立てられた。

イリアスが、当時の後期青銅器時代の戦闘方法について正確に描写していないことは、この論文の著者たちも認める。トロイ戦争は、ホメロスが叙事詩を書いた約500年も前のできごととされているが、それでも今回の検証で使うのは「それなりに合理的な出発点だった」と研究陣は位置づけている。

模擬戦闘では歩兵戦が展開され、戦車も登場した。武器は、穂先がとがったやりなどの複製品を使った。多くの時間が、徒歩と戦車で費やされた。

食事の内容や時間も、研究陣の指示に従った。朝食のメニューは、主に乾燥パンとヤギ乳のチーズ、グリーンオリーブ、赤ワインから成っていた。

紀元前1450年ごろのものとされる本物のデンドラの甲冑は、着用できなかった。代わりに兵士たちが着用した複製品は銅を主成分とする合金でできており、手に入る金属の中で本物の甲冑の青銅に最も近い材質だった、とこの論文は述べている。こちらは、英バーミンガムにあったボーンビル美術学校(訳注=合併などでこの校名は消滅)の金属加工部門の学生と教職員が1984年に作製していた。

求む:古代ギリシャ人と同じ体格の兵

研究陣は、当時の精鋭戦士と同じような体格の海軍兵を探し出すことに努めた。その上で、2019年にこの模擬戦闘を実施した。

選抜されたボランティア兵士は計13人。20代から30代で、平均の身長は約5フィート7インチ(約170センチ)、体重は163ポンド(74キロ弱)だった。

模擬戦闘の前に、2日間の訓練を受けた。そして、本番。起床は午前5時半だった。一日を通じて、それぞれの生理的なデータが測定された。その結果、23.3キロもある甲冑を着て戦い続けることができると分かった。

甲冑を着てやりで標的を突くギリシャ軍兵士
甲冑(かっちゅう)を着てやりで標的を突くギリシャ軍兵士=Andreas D. Flouris/University of Thessaly via The New York Times/©The New York Times

もちろん、体に影響は残った。兵士たちの体力的な消耗は激しかった。金属の重みで上半身に痛みが生じた。歩き、走り、戦車に乗り、素足で戦ったことで足に痛みを感じた、と論文には記されている。

先のフローリスによると、今回判明したことは、当時のミケーネ文明(訳注=ペレポネソス半島のミケーネを中心に栄えた青銅器文明。紀元前1600年ごろから同1200年ごろまでとされる)がいかにして東地中海のかなり広い範囲を支配できたかということについて手がかりを与えてくれる。

この文明は、青銅器時代の終わりに崩壊するが、それまで支配を続けられたのは「軍事力によるところが大きかった」とフローリスは指摘する。「それはこれまでも多くの学者が示してきた仮説であり、私たちの研究もこれを支える重要な要素になる」

21世紀に青銅器時代の戦闘を再現する限界

この研究では、測定結果については手堅い数値を選んだとフローリスは強調する。何千年も前の戦闘を再現する限界があるからだ。例えば、実験に参加した兵士たちは、古代の精鋭戦士がこなしていただろう戦闘と同じレベルのことができるような訓練は受けていなかった。しかも、科学的な研究のために戦をしたのであり、生死をかけてはいなかった。

こうした限界のいくつかに対応するため、研究陣は数理シミュレーションをし、補正を加えた。一例をあげれば、デンドラの甲冑をまとった兵士の心拍数が毎分140回でも、もしそれが200回に上がったらどうなっていたかについても検討した。

デンドラの甲冑について教えてきた米イリノイ州マコームのウェスタン・イリノイ大学の歴史学教授リー・L・ブライス(この論文にはかかわっていない)は、戦車戦でこの甲冑が使われたかもしれないと考えてきた。しかし、戦うにはあまりに柔軟性に欠けるとも思っていた。ところが、「そんな古い考えが間違っていることが、これで実証された」。

甲冑を着たまま、血糖値などの生理的データを測ってもらうギリシャ軍兵士
甲冑(かっちゅう)を着たまま、血糖値などの生理的データを測ってもらうギリシャ軍兵士=Andreas D. Flouris/University of Thessaly via The New York Times/©The New York Times

ただし、デンドラの甲冑はミケーネの最高位の戦士たちが用いたにすぎない。今回の論文は、古代の兵士について幅広く新事実を明かしたわけではない、とブライスはいう。

「この研究で分かるのは、せいぜいこの甲冑を着た一人の非常に高位な人物が、かなりうまく戦えただろうというところまでだ」と英バーミンガムにあるバーミンガム・ニューマン大学の応用人文科学の講師オーウェン・リース(この論文にはかかわっていない)は指摘する。

一方で、こうも評価する。ミケーネ文明の戦争について理解しようとするとき、歴史家は「イリアス」に準拠することを避けてきた。にもかかわらず、この論文はその慣例を破ってデンドラの甲冑についての謎を解くことに成功したというのだ。

「目先の新奇性を狙っただけ、と切り捨てるのは簡単だ。でも、この種の研究には、やるだけの価値がある」とリースはいい添えた。(抄訳、敬称略)

(Amanda Holpuch)©2024 The New York Times

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