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戦時に防空壕、のち諜報拠点、通信施設…ロンドンの歴史刻む地下トンネルが娯楽施設へ

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
ロンドン中心部の地下深くにあるキングスウェー・エクスチェンジ・トンネルの内部
ロンドン中心部の地下深くにあるキングスウェー・エクスチェンジ・トンネルの内部。上を地下鉄が走っている=London Tunnels via The New York Times/©The New York Times

ロンドン地下鉄のセントラル線チャンセリーレーン駅(訳注=周りには弁護士事務所が多く、金融街からも近い)。その東行きプラットホームには、鍵がかかった白いドアがある。目立たないが、頑丈にできている。

このドアの後ろには幅の広い階段があり、迷路のように入り組んだ全長1マイル(約1.6キロ)ほどのトンネルにつながっている。

できたのは、1940年代。最初は、第2次世界大戦中の防空壕(ごう)として造られた。その後は諜報(ちょうほう)活動の施設や400トンもの政府文書の保管場所、通信施設として使われた。

ようこそ、ここ「キングスウェー・エクスチェンジ・トンネル(Kingsway Exchange tunnels)」へ。ロンドン中心部の路面から地下約100フィート(30メートル強)のところにあり、セントラル線の下に広がっている。

そのトンネルが生まれ変わろうとしている。2023年夏、実業家アンガス・マレー(「The London Tunnels」社のCEO)が買い取り、娯楽・観光施設に造り変える事業計画の認可を地元当局に申請した。

建築設計事務所ウィルキンソン・エア(訳注=ロンドンを拠点とする国際的な事務所で、シンガポールにある植物園の設計などで知られる)との合同事業となり、年間で数百万人の集客を見込んでいる。

マレーの会社は、この事業に総額2億2千万ポンド(1ポンド=199円で換算すると437億8千万円)を投じる予定だ。トンネルの修理・維持に加えて、内部に芸術展やほかのアトラクションにも使える装置を新設し、複合施設として2027年に開業することをマレーは目指している。具体的には、期間限定の美術展やファッションショーなどを開くつもりだ。

生まれ変わるロンドンのキングスウェー・エクスチェンジ・トンネルの完成予想図
生まれ変わるロンドンのキングスウェー・エクスチェンジ・トンネルの完成予想図=London Tunnels via The New York Times/©The New York Times

このトンネルに入るには、現時点では都心の大通りからはずれた路地に行かねばならない。通用口のような入り口があり、その後ろにある小さなエレベーターで降りていく(マレーによると、開業後にアトラクションを訪れる人たちは、もっと大きな入り口を使えるようになる)。

地下でエレベーターのドアが開くと、第2次世界大戦時代のトンネルに足を踏み入れる。

1940年9月、ナチス・ドイツが大規模なロンドン空襲を始めた。「the Blitz(ザ・ブリッツ)」(訳注=Blitzはドイツ語で「稲妻」の意味)と呼ばれ、8カ月間続いた(訳注=英空軍の反撃があり、ドイツが攻撃の軸足を東部戦線に移したため大規模な空襲は終了した。その後も、より小規模なロンドン空爆は戦争終結まで続いた)。

これに対して当時の英政府は、10カ所の民間用防空壕の建設を提案。このトンネルはその一つだった。ただし、1942年の完成時にはザ・ブリッツが終わっていたため、防空壕として使われたことは一度もなかった。

冷戦時代に入ると、英政府はその電話部門(後の通信大手ブリティッシュ・テレコム〈訳注=現在の名称はBTグループ〉)に命じて、核攻撃にも耐えうる秘密の通信設備をここに設けた。

今回の開発事業のサイトによると、あの有名な米ソ首脳間のホットラインも、この設備を介して結ばれていた。トンネル内にあった電話交換機は、少なくとも1980年代以降は使われていないものの、一部はまだ残っている。

「ここなら、ある程度防御できるという発想だった」とマーティン・ディクソンは語る。地下空間について記録し、保存に努めている慈善団体「サブテラネア・ブリタニカ(Subterranea Britannica)」の理事だ。

「もし冷戦がもっと深刻な状況になっていたとしても、通信機能は一定水準で保たれていただろう」とディクソンは見る。この団体に加わってから、40年ほどにもなる。

親しみを込めて「チューブ」と呼ばれるロンドン地下鉄のチャンセリーレーン駅の下に広がるトンネルは、総延長が1マイル以上もあり、直径25フィート(約7.6メートル)にもなる空間が何カ所かある。この規模は、住民の避難用として大都市に造られたトンネルとしては、世界最大級のものだとマレーは指摘する。「それに、歩んだ歴史がとても面白い」

キングスウェー・エクスチェンジ・トンネルは、トンネル同士が交差し、迷路のようにロンドン中心部の地下に広がっている
キングスウェー・エクスチェンジ・トンネルは、トンネル同士が交差し、迷路のようにロンドン中心部の地下に広がっている=London Tunnels via The New York Times/©The New York Times

第2次世界大戦後の数十年間、このトンネル施設は郵便・電信局職員の一部が働く職場となった。当時の面影は今も健在だ。ある部屋では、古いカーペットのムッとする臭いがいやでも鼻を突く。別のところには、朽ち果てた食堂が残る。さらには、自然の風景を描いた「窓」もある。事務所だけでなく、宿直室も残っている。

トンネルの一部には、背後に何もない見せかけの壁とドアが並んでいる。まるで、AppleTV+のSFサイコスリラー「セヴェランス」の一場面を見ているようだ。

かつて郵便職員が酒を飲んだバーもある。これを復活させて、「ロンドン最深のバー」にしたいとマレーは話す。

トンネルの通信機能は、1980年代になると時代遅れになった。当時の所有者のブリティッシュ・テレコムが2008年、トンネルを売りに出した。1990年代までは、その職員が防火設備などを見るためにトンネル内を点検していたが、あとは無人だった。

新しいアトラクションの詳細を詰めるにはまだ、検討すべきことが多い。ただし、入場料についてはロンドンのほかの観光名所と同じような価格帯になるだろうとマレーはいう。ちなみに、ロンドン塔の入場料は約40ドル(1ドル=156円で換算すると6240円)、ウェストミンスター寺院は約36ドルとなっている。

キングスウェー・エクスチェンジ・トンネルの展示コーナーの完成予想図
キングスウェー・エクスチェンジ・トンネルの展示コーナーの完成予想図。「ザ・ブリッツ」と呼ばれた第2次世界大戦中のロンドン大空襲の様子を描いている=London Tunnels via The New York Times/©The New York Times

安全が確保され、歴史がしっかりと保存されるのであれば、このトンネルがアトラクションの場となることをとても楽しみにしている、と先の慈善団体の理事ディクソンはいう。

「何千もの地下空間を見てきた。ありふれたものもあれば、ものすごいところもあった」と話しながら、キングスウェー・エクスチェンジについては、このトンネルが担った機能の多様性がとくに興味深いと強調する。

「なにしろ、第2次世界大戦で務めを果たし、冷戦でもそうする準備を十分に整えていたのだから」(抄訳、敬称略)

(Claire Moses)©2024 The New York Times

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