3月上旬、メキシコ市の中心部から西に位置するオフィス街。「詳しい場所は明かさないように」。クリニックを経営するマルティン・アチリカ氏(58)が念を押す。盗難や脅迫のおそれがあるため、ミイラがしまってある倉庫の場所も含めて公にはしないという。
マスクとゴム手袋をつけたアチリカ氏が診察室に案内する。いよいよ「ご開帳」だ。アチリカ氏が診察室のベッドを覆っていた青色のシートをめくると、映画の「E.T.」を小さくしたような姿のミイラが横たわっていた。
体長は60センチ程度。表面は白い粉のようなものに覆われ、手足の指は3本で、右手の1本と足のほとんどの指は欠けている。地上絵で有名なペルーのナスカ周辺の洞窟で他の10~12体とともに発見されたという。2体がメキシコに送られ、調査の結果、脳や臓器は乾燥していて、女性とみられるミイラにはおなかのあたりに卵のような物が3個見つかった――。
アチリカ氏はひとしきり説明した後に言った。「世界中のメディアから依頼が殺到しているが、実物を見せたのはロイター通信と日本のテレビ局だけだから3社目だ」
このミイラはメキシコ議会の公聴会で、ジャーナリストのハイメ・マウサン氏(70)が発表した2体のうちの1体だ。
マウサン氏は自らの会社のオフィスで断言した。「メキシコ、ペルー、カナダの大学や研究機関で、X線やCTスキャン、DNA検査、放射性炭素年代測定などをした結果、1000~1400年前の宇宙人の死体だと確信している」
公聴会はマウサン氏が与党「国家再生運動」の有力議員に働きかけ実現させた。世界中のメディアがミイラのことを報道し、大きな注目を集めた。
選挙もちらつく現実的な話
メキシコの新聞「エル・ソル・デ・メヒコ」の記者で公聴会を取材したフェルナンド・メリーノ氏(27)が背景を解説する。「その有力議員がメキシコ市近くの州の知事選に立候補を計画していて、その前に注目を集めようと公聴会を設定した。しかも、ミイラのことは当日まで隠してサプライズで発表した」
ところが、昨年11月に与党内の候補に選ばれずトーンダウン。「国内外からの批判もあり、その後は口をつぐんでいる」という。現実的な政治の話が透ける。
さらに、メキシコは6年に1度の大統領選、上下両院の議員選、州知事選などを今年6月に控える。「微妙な案件に口を出すのは候補者にとって得策ではない」とメリーノ氏。今回、さまざまな議員に取材を依頼したが軒並み断られたので、議会でぶら下がり取材を試みた。与党で教育・科学技術を担当するマリア・エルナンデス議員(63)が取材に応じてくれたが、「おもしろい話題を提供してくれたが、ミイラが本物かどうかはわからない」と歯切れが悪い。
一方、野党「市民運動」の大統領候補となったホルヘ・マイネス議員は、昨年11月に予定された2回目の公聴会の中止を要請し、「偽エイリアンの疑似科学を肯定することは容認できない」と主張した。
「作り物」「サーカス」相次ぐ批判
ミイラに対して各方面から批判が集まった。
メキシコ国立自治大学(UNAM)天文学研究所は、昨年9月の公聴会前日に声明を発表。「地球外生命体の探索は、科学にとって非常に重要な問題だ。さまざまな分野でその可能性が研究されている。ただ今日まで、地球外生命体の証拠を示す報告はない」と指摘した。
最後に、天文学者カール・セーガン博士の言葉を引用してこう締めくくった。「途方もない主張には、途方もない証拠が必要だ」
同研究所のホセ・フランコ教授(74)は取材に、「地球外生命体はいると思うが、科学に基づいて科学者が発表すべき問題だ」と話した。
同研究所のフリエタ・フィエロ氏(76)も「地球外生命体のサインを科学的に研究している」というが、ミイラについては「あんな作り物がメキシコ国民の代表である議会で発表されたのは恥ずかしいことだ」と切り捨てる。
批判の急先鋒は、ミイラが発見されたとされるペルーの政府だ。
昨年10月、メキシコに空輸されようとしていたミイラ2体を空港で押収。ペルー文化省は今年1月に記者会見を開き、「作り物」と発表した。
調査を主導した法医学考古学者のフラビオ・エストラーダ氏(54)はオンライン取材に対し、「動物や人間の骨を現代の接着剤でつなぎ合わせた物だ。メキシコ議会のミイラは、空港で押収したものと同じではないが、同様に作り物だろう。ペルーでこの手の人形をつくって高額で売っている人物もわかっている」と説明したうえで、こう言い切った。
「まさにサーカス。都合のいい科学者を使って調査した結果を国家の議会を利用して発表したのは残念だ」
アメリカ・ハリウッドで新たなミイラを発表
マウサン側も黙っていない。「ペルー文化省が調査したのは、我々のミイラと似ても似つかぬ民芸品の人形だ」と反論。さらにアメリカ・カリフォルニア州で世界のメディアを集めて、公聴会で発表したものとは別のミイラをぶち上げたのだ。
アカデミー賞授賞式の興奮冷めやらぬハリウッドのホテルで3月12日、なんともシュールな記者会見が開かれた。
臨時の記者会見場となったプールの隣にあるカフェスペースには、新聞社やテレビ局などから約60人が参加した。ミイラの実物やX線・CTスキャンの画像などをモニターに映し、マウサン氏が説明する。ペルーやメキシコの大学などとオンラインでつなぎ、ミイラについての詳しい分析結果をスペイン語でやりとりする。集まったアメリカの記者にも理解できるように、英語の同時通訳をスマホのアプリで流した。
2時間を超える記者会見で、マウサン氏は強調した。「これは本物だ。歴史を変える大発見だ」
このように、問題をややこしくしているのは、宇宙人やUFOの存在をアピールする人たちとそれを否定する学者たちが、双方とも「科学」を主張していることだ。
「科学」vs「科学」の論争
UFO研究者のアナ・ルイサ氏(60)は「宇宙人は古代から地球に来ていると思うが、あのミイラのような形ではない」。UFOの目撃情報が多いメキシコ北東部の海岸沿いの町でUFOを調べる団体の会長を務めるホアン・カルロス氏(59)は「宇宙人のイメージを形にした作り物だろう。科学的に調査している我々の活動を妨害する動きだ」と憤る。
活火山のポポカテペトル山などを24時間監視しているウェブカメラには、UFOらしきものが映り込むことが少なくない。それを見て世界中のUFOマニアたちが日夜、SNSで議論を交わしている。
ウェブカメラを運営するパトリシア・コントレラ氏(32)は「常時カメラを監視し、映像を分析しているが、UFOと話題になっているものは、飛行機や人工衛星、ドローンであることが多い。ただ月に1、2回、どうしても判別できないものが残るので、科学者に分析してもらっている」という。
メキシコのインターネット調査では、「地球外に知的生命体がいる」と回答したのは58%で、「生命体が地球を訪れていると思う」も49%にのぼった。
UFOなどの超常現象を科学的に学ぶオンライン講座「IMIX」を2012年から始めたフェデリコ・マルティネス学長(38)は「UFO研究のハーバード大学といわれている」と笑う。始めたときには15人だった生徒は、現在500人にのぼり、アメリカやアルゼンチン、カナダ、ドイツ、オランダなど90%は外国人だという。
「信じるか信じないかは……」なのだが、信じたい人々はメキシコだけでなく世界中にいる。地球外生命体の存在が確認されるまで、「科学」を使ったせめぎ合いが続きそうだ。