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スピノサウルス、泳げたのか論争中 恐竜研究の難しさ、ティラノサウルスで誤った例も

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
スピノサウルスが水中に立ち、魚を捕食している想像図
スピノサウルスが水中に立ち、魚を捕食している想像図。新しい研究論文は、この大型肉食恐竜が水中に潜って獲物を追いかけていたとする説に挑戦状を突き付ける=Daniel Navarro via The New York Times/©The New York Times

スピノサウルスは最大の肉食恐竜の一つで、魚をエサにしていた。この点については、古生物学者たちも認めている。

しかし、ハイイログマのように川に入って獲物をさらったのだろうか? それとも、ペンギンやアシカのように水中に潜って獲物を追ったのだろうか?

この問題は恐竜の専門家の間で大いなる論争になっている。

あるグループは、スピノサウルスは恐竜のなかでも珍しく、水中に頭を突っ込んで泳いだとの確信を強めている。一方に、そんなことはあり得ないという見方がある。

数年前に発表されたスピノサウルス水泳説派の論文に対し、2024年3月6日に科学誌「PLOS One(プロスワン)」に掲載された論文は、金づち派からの最新の一撃だ。

科学誌「Nature(ネイチャー)」に載った水泳説派の研究は、ペンギンなど水中で多くの時間を過ごす動物は一般的に骨密度が高く、それがバラスト(重し)となり、潜水しやすくしていると主張した。スピノサウルスもまた骨の成分の密集具合が高く、泳げた可能性が高いとネイチャー誌の論文は結論付けている。

しかし、骨密度分析は「統計学的にばかげている」とネイサン・ミアボルドは言う。マイクロソフト社の元最高技術責任者(CTO)で、米シカゴ大学の古生物学者ポール・セレーノとともに今回の研究を率いたアマチュアの古生物学者だ。

ミアボルドとセレーノは、スピノサウルスが泳げたとしても、その不格好な体格では泳ぎは下手だったとも論じている。この恐竜の重心配置は、上部が重くて不安定だったろうとミアボルドは言う。

「なぜ泳げないのかは明らかだ」と彼は指摘した。

スピノサウルスには背中に巨大な帆のような突起があるため、水中で直立姿勢になることが難しいだろうとミアボルドはみている。「少しでも体が傾くと、ずっと傾き続けてしまうだろう」と言うのだ。

つまり、スピノサウルスが転覆すれば、帆を水から引き上げるのに苦労することになっただろう。

この論争には一致点がある。スピノサウルスはおそらくティラノサウルス・レックスよりも体が長く、重かった。約9500万年前に現在の(アフリカの)西サハラに生息していたが、当時そこは深い川が流れる緑豊かな環境だった。細長い脊椎(せきつい)骨が背中に巨大な帆を形成する奇妙な見た目の恐竜だった。

ネイチャー誌の骨密度研究論文の筆者で、英ポーツマス大学で上級講師をしているニザール・イブラヒムが、モロッコで新しい化石を発見してからこの10年、スピノサウルスへの関心がいっきに高まった。もう一つだけあった化石は、1915年にドイツ人の古生物学者エルンスト・シュトローマーによって発見されたが、1944年のミュンヘン空襲で破壊されてしまった。

今回の研究でミアボルドらは、骨密度説をとった古生物学者らは高度な統計学的手法を、その限界を理解せずに使ったと論じている。

「ここでは、完全に間違って使われている」とミアボルドは指摘。「残念なことに、多くの密度統計が絡んでくると、ほとんどの古生物学者の目は曇ってしまう」と彼は言う。

ミアボルドは従来型の学者ではない。1999年にマイクロソフト社を退いて以来、彼は百科事典的な料理本「モダニスト・キュイジーヌ 現代料理のすべて」の開発を主導したことでおそらく最もよく知られている。

しかし、以前は難解な統計学上の論争を巻き起こし、恐竜の成長率に関する研究を批判したり、NASA(米航空宇宙局)の小惑星データコレクションには欠陥があり、信頼性に欠けると主張したりしたことがある。

他の研究者らによる以前の研究で、水に潜る哺乳類は陸上にいる哺乳類より密度の高い骨を持つ傾向が判明していた。しかし、他の哺乳類にも別の理由で高密度の骨を持つものがある。たとえば、ゾウはその体重を支えるために強力な骨が必要だ。

現在、シカゴ大学のポストドクター(博士研究員)マッテオ・ファッブリが率いた研究者らは2022年、骨密度は絶滅種を含めて、より広範な生物群が水中に生息していたか陸上にすんでいたかを見きわめるための信頼できる予測因子だと論文で主張した。

「私たちは、ああ、これは哺乳類だけなのか、爬虫(はちゅう)類もそうなのかと考えた」とファッブリは取材に答え、「それに、もしこれが本当なら、スピノサウルスのような見た目が奇妙な恐竜も含め、絶滅した動物の生態を推測できるのだろうか?」と問うた。

ファッブリは、この分析は「非常に高い骨密度は、水中に潜る可能性と相関している」ことを示していると言うのだ。

スピノサウルスと、その近縁種バリオニクスは水に潜ったが、別の近縁恐竜のスコミムスは潜水しなかったと科学者チームは結論付けた。

しかし、ミアボルドの主張によると、骨密度では二つのグループに明確に分類できない。骨密度が陸生動物より低い水生動物も多くいるし、その逆もある。「仮に二つの分類が相互に近接していれば有効な結論は得られないし、少なくとも統計的に有意な結論は得られない」と彼は言っている。

彼は、一つの例を挙げる。人間の場合、男性は一般的に女性よりも体重が重いが、すべての男性の体重がすべての女性より重いわけではない。したがって、ある人が体重は135ポンド(約61キロ)だと言ったとしても、その人が男性なのか女性なのかを確実に判定できるわけではないのだ。

ミアボルドとセレーノは目下のところファッブリやイブラヒムと対立しているが、かつてはモロッコで見つかったスピノサウルスに関する2014年の論文の共同筆者として同じ見解に立っていた。

「私たちは知的な面で分裂したのだ」とセレーノは言う。

ファッブリは大学でセレーノと同じ学部に属しているが、今年の夏には米ジョンズ・ホプキンス大学の教授に就任する。

「廊下で会えばハーイとあいさつをする」とファッブリ。「問題ない。もちろん、私たちは殺し合いをしているわけではないんだから」

モロッコで追加の研究をしているイブラヒムは、さらなる発見があれば、スピノサウルスが水生動物だったことの説得力が増すだろうと言っている。

イブラヒムはまた、スピノサウルスが金づちだった証拠としてミアボルドがあげた生体力学的な論拠を否定し、まだ不明な点が多いと指摘した。

彼はミアボルドの発見を、ティラノサウルスは小さくて素早い獲物を捕まえられるほど速く走れないため、スカベンジャー(死骸をエサにする動物)だったに違いないと主張した古生物学者らになぞらえた。

しかし、ティラノサウルスは、体が大きくて動きが鈍いトリケラトプスを倒すのに速く走る必要はなかった。

同様に、先史時代のアフリカの川には巨大で動きが遅い魚がたくさんいたとイブラヒムは言う。スピノサウルスはそうした魚を捕らえるのに、泳ぎが得意である必要はなかった。

「あまり多くを明かすことはできないが」とイブラヒムは断りながら、「でも、新たな材料がある。私たちは、現在進行中の非常にわくわくするプロジェクトをいくつか抱えている」と話した。(抄訳、敬称略)

(Kenneth Chang)©2024 The New York Times

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