恐竜の卵の化石がいくつか、アルゼンチンから米国に20年ほど前に密輸された。うち一つには、当時は知るよしもなかっただろうことが秘められていた。
孵化(ふか)までもう少しの胎児がいたのだ。しかも、その頭部は、これまで発掘された中で最も保存状態がよかった。
そして今回、ハイテクを駆使した分析で、顔の構造に予想外の特徴があることが判明した。かつてこの地球を支配していた生き物の一つの系統に限られているとはいえ、未知の世界に光をあてる驚くべき発見となった。
「この頭部を一目見て、ユニークさがすぐに分かった」とスロバキア第2の都市コシツェにあるパボル・ヨセフ・シャファジーク大学の古生物学者マーティン・クンドラートは語る。その研究成果を2020年8月、米学術誌カレントバイオロジーで発表し、論文の筆頭著者となった。「このような化石が実際に保存され、3次元の構造を維持していたことを確認できたということは、本当に素晴らしい」
頭部の大きさは、テーブル・グレープ(訳注=米カリフォルニアを主な産地とする生食用ブドウ)の一粒ほど。右側の部分は泥岩と、それより粒の粗いシルト岩に埋没し、口は閉じている。しかし、何千万年も岩に埋もれた骨によく見られるような変形はなかった。それが、恐竜の一生の始まりを垣間見る、類のない視点の確保につながった。
胎児は、竜脚類恐竜の分類群であるティタノサウルス類に属している。成長すれば、長い首を持ち、体重70トン、全長122フィート(37メートル強)にもなった(訳注=草食で4足歩行。同じ分類群には地球史上最重量級の陸上動物とされる恐竜も含まれる)。
そして、この胎児には、予期せぬ特徴があった。鼻には、突然変異が起きたかのような角が生えていた。それに、眼窩(がんか)は、人間と同じように前を向いていた。
「まるで、打ちのめされたように感じた。すごい発見だと思った」
米ニューヨーク州にあるアデルファイ大学の古脊椎(こせきつい)動物学者マイケル・デミック(今回の論文には関わっていない)は、それほどの衝撃を受けた。竜脚類恐竜の専門家で、アルゼンチンとチリにまたがるパタゴニア地方で発掘された他の竜脚類の胎児を調べたことがある。しかし、頭部の多くはゆがんだり、平らに押しつぶされたりして、原形の復元は困難だった。
それだけに、「これほど詳細な立体映像を確保できたことは、驚異としかいいようがない」と話す。
クンドラートが初めて、この胎児の頭蓋骨(ずがいこつ)を見たのは2011年だった。細部にまで3Dスキャンをかけ、実物を傷めることなく頭蓋骨全体を見ることができるようにした。
すると、通常とは違う特徴が目にあることに気づいた。眼窩の方向が、頭の前の方を向いていた。成長した竜脚類だと、横を向いているはずだった。
人間のように目が前を向いていると、奥行きをより正確に知覚できるとデミックは説明する。そのおかげで、孵化後の生存率が高まったことが考えられる。というのは、この胎児が属するティタノサウルス類では、親が孵化した子の面倒を見たということがこれまで一度も確認されていないからだ。
しかし、大きな疑問が残る。見る対象との距離をきちんと把握できる能力が、なぜ若いころに必要で、大きくなるといらなかったのか。見当のつけようがなく、「推測してみる気にもならない」とデミックは肩をすくめる。「まったくの謎としかいいようがない」
孵化したティタノサウルス類の赤ちゃんが、前方を見ることができたとしたら、今回の研究チームが見つけたもう一つの頭部の特徴を視野の一角にとらえていたのかもしれない。鼻の上の角だ。
「この小さな胎児は、私がこれまで見た中で最もかわいい恐竜の一つだ。同時に、最も神秘的な一つでもある」。英エディンバラ大学の古脊椎動物学者スティーブン・ブルサット(今回の論文には関わっていない)は、こう印象を語る。
「頭に角が一つあるので、『ユニコーン赤ちゃん恐竜』とも呼べるだろう。もっとも、伝説のユニコーンは額にとがった角があるのに対して、こちらは小さな凸部が鼻にあるだけ。大人の竜脚類恐竜にはこんな構造はないので、なぜこの角があるのか戸惑ってしまう」
外敵に対して身を守る。あるいは、エサを見つけるのに使う――この角の使途について、クンドラートは漠然とこう考えている。
しかし、ティタノサウルス類がそもそも何を食べていたのか、どうやって外敵に対応していたのかということは、何も分かっていない。この角の機能も、眼窩が顔の前を向いていたことと同じように、今後の研究課題になる。
胎児の頭部は今、米ロサンゼルス郡自然史博物館の古脊椎動物学者で、論文執筆者の一人でもあるルイス・チャッペの手元に保管されている。そして、コロナ禍が収まりしだい、クンドラートらの研究チームはこの化石を発掘されたアルゼンチンに返却する予定だ。
「これはその国にとって、古生動物学上の貴重な遺産となるべきものだ」とクンドラートは指摘する。「だから、もとのところに返すのが正しいと私は思っている」(抄訳)
(Lucas Joel)©2020 The New York Times
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